二つの仮面ー①
翌朝、アリスは机の上にあるノートパソコンからの通知音で目を覚ました。
最初は睡魔から無視するが、しつこく鳴り続ける通知音に根負けしたアリスは体を引きずりゾンビのようにベッドから這い出ると通知を開く。
「やあ、良い朝だねアリス君。おっと、年頃のレディには見ない酷い顔に寝ぐせだね。これは笑える」
突然始まったビデオ通話に驚きながらもアリスはラッセル軽口に軽い怒りを覚える。
「ほっといてくれない。どうせ誰にも会わないんだし」
怒りと暴行で受けた傷が痛むのも相まってよりいっそう酷い顔になるアリスに、ラッセルは笑いが止まらないのか、腹を抱えて笑い出す。
流石にラッセルが鬱陶しくなったアリスはパソコンを閉じようとするが、ラッセルが慌てて止めに入る。
「フフフ、すまない、少々揶揄いすぎたね。実はこれからのことについて話し合いたくて連絡したんだが、まずは窓を開けて日光を浴びなさい。気分がスッキリするよ。私は今まさに外でたっぷりと浴びているが実に良い気分だ」
ラッセルの後ろに目を凝らすと確かに室内ではなく外にいるらしい。
ふと、後ろに移る風景に見覚えがある気がしたアリスだったが、確かめる前に一方的に連絡してきたラッセルが一方的に通話を切ってしまう。
いつも朝から気分が良いことなど無いが、今日はいつもとは違う意味で気分が悪いアリスは、一応は精神科医が進めるのだしと思い、窓に向かうと日光を全くと言って良い程通さない分厚いカーテンを開ける。
久しく開けていなかったせいか埃が舞い、思い切り吸い込んでしまったアリスは堰込みながら外を見る。
窓の外には幼い頃、両親とよく遊んだ庭が見えた。
父が生きていた頃のことを思い出したアリスの目から涙が一粒零れる。
芝生でフリスビーをしたり、部屋の真下辺りにあるガーデンテーブルでつまらない悩みを聞いてもらいながらお茶もしたなと、懐かしさに誘われ視線を下に向けたアリスは驚く。
昨日、自分を助けてくれた父の宿敵がティーカップ片手にこちらに向かって手を振っていたからだ。
思わず部屋を飛び出したアリスは途中すれ違ったメイドたちに「お嬢様が外に!」などと驚かれたり泣かれたりしながら庭に出た。
「改めておはようアリス君。ウォルターさんの淹れてくれた紅茶、絶品だね」
「何でここにいるのよ」
寝起きに激しく動いたせいか、はたまた予想外の来客のせいか、痛む頭を押さえながらアリスはラッセルに詰め寄る。
「おっと、折角のお茶がこぼれてしまうじゃないか、危ないなあ。君を迎えに来たんだよ、例の病院の件で色々話をしたいからね」
病院、という単語でアリスはラッセルが何故自分を迎えに来たのかを悟り、項垂れる。
やはりヒーローになると言ったのは、夢や幻覚ではなかったという事実が付きつけられた気がしたからだ。
「さて、眠り姫が起きてくれたし行くとしようか。御母上には了承を得ているから安心してくれたまえ」
ラッセルはアリスの手を取ると、待たせている車に連れて行こうとする。
散歩に行くのを嫌がる犬のように抵抗するアリスであったが、衰えた筋力では騒ぎを聞き付け飛んできたウォルターもラッセルに協力したせいで男二人相手になってしまっては勝ち目は無く、車に押し込められるのだった。
車内でいじけたフリをしながらも、アリスは内心改めて覚悟を決める。
自分は母の凶行を止め、父の後を継ぐのだと。
病院に着くと、作業服を着た人間が大勢荷物を運び入れたり外装を綺麗にしたりと大工事が行われていた。
ただでさえ人と接するのがすっかり苦手になっているというのに、寝巻のままなアリスは恥ずかしさの余り顔が真っ赤になりながら病院に入る。
「さてアリス君、今日来てもらったのは君に見せてたいものがあるからなんだ」
エレベーターに乗りながらラッセルはそう言うと、監視カメラに向かって手を振り出す。
すると、エレベーターは下に向かって動き始めた。
ボタンには地下を示すものはないのに下がり始めたことに驚きながらアリスは、もしや自分は誰にも見つからない場所でとんでもないことをされるのではと冷や汗をかく。
程なくして止まったエレベーターの扉が開くと、そこには広大な空間が広がっており、シートを掛けられてはいるが、コンピュータや工作機器といった機材が所狭しと置かれていた。
「ようこそ、新生ブラックベースへ。今日から君にはここを拠点にブラックガーディアンとして活動してもらう」
ブラックベース、それはブラックガーディアンの秘密基地だと言われている場所であり、ごく一部のヒーロー以外誰も見たことが無いのをいいことに、色々な玩具メーカーが好き勝手にフィギュア付きジオラマを製品化して売っていたのでも有名だ。
埃塗れのシートを次に次に捲っていくラッセルに、何があるのか興味をそそられたアリスも一緒になってシートを捲る。
中でも一際大きい物を覆うシート捲ると、極彩色な、一言で言えば趣味の悪いオープンカーが出てきた。
「おや、懐かしいな。昔はよくソイツに乗って君の御父上と街中でカーチェイスしたもんだ。ほら、このドアの傷はグラップルシューターでぶち抜かれた跡さ。修理代を請求すれば良かった」
懐かしそうに傷を撫でるラッセルの顔は笑顔だが、どこか寂しそうに見える。
「ここってそもそも何なんですか? しばらく誰も入っていなかったみたいですけど」
「病院を隠れ家として買い取ったのは昨日言ったね。実はここ、世間一般には知られていないがマフィアたちが立てた病院なのさ」
この病院はマフィアたちが行政だけではなく、警察ですら殆ど手を出すことの無いスラム街に目を付け、病院を隠れ蓑にした非合法ビジネス用の拠点とするのを目的で建てたらしい。
病院ならばドラッグ用の材料を運び込んでも疑いの目が向けられにくい為、ドラッグ製造の工場にはうってつけなのだ。
更にホームレスや貧困家庭には無償で医療を提供すると謳い人を集め、薬と偽りドラッグを売りつけ依存させて金をむしり取ったり、金が無ければドラッグ製造や販売用の労働力や臓器売買用のドナー、果ては国外へ売り飛ばしたりとやりたい放題して莫大な利益を上げた。
そんな病院が何故閉院したのか。
もちろん警察が秘密を暴いた訳ではなく、Dr.スマイルによって病院を陰から経営していたマフィアたちがファミリー諸共潰されたからだ。
「ドラッグを売ること自体は私もやっていたことだから否定する気は無いし手を出す気も無かった。だが、子供にまで売ったり、彼らの臓器を取り出して後はその辺に放りだす、というのは流石に笑えなかったのでね。潰したのさ」
一切目が笑っていない笑顔を浮かべるラッセルに狂気を感じつつもアリスは話を聞き流すことにした。
下手なことを言えば自分が何をされるか分かったものでは無い、というのもあるが、彼には自分の共犯者になって貰うのだから、多少のことには目を瞑ろうと決めたからだ。
「それで、私はこれからどうすれば良いの?」
「焦らなくてもキチンと説明してあげるさ。とりあえずそこに座るといい。立ちっぱなしは私も足が辛いのでね」
言われるがままにアリスが椅子に座った途端、シートベルトのようなものが椅子から飛び出し、体を拘束されてしまう。
「あ、貴方やっぱり私を騙していたの! 一体何する気!」
一瞬でも狂気に侵された犯罪者を信じてしまったアリスは自分のマヌケ具合に腹を立てながらも椅子から逃れようとする。
「おっと、暴れると怪我をするよ。大人しくしていなさい。直ぐに済むから」
ラッセルはいつの間にかいた、車の運転をしていた部下らしき男に大きな鏡と鈍く光るハサミや髭剃りが乗る台を持ってこさせると楽しそうに笑いながらハサミを手に取る。
自分はこれから拷問されるのだと思い込んだアリスは恐怖のあまり泡を吹いて気絶してしまうのだった。
「アリス君、いつまで寝ているんだ。終わったからいい加減起きなさい」
ラッセルの声に目を覚ましたアリスは、どこも痛まず出血もしていないことに安堵する。
「ほら、見たまえ。私の腕はその辺のヘアサロンより余程良いだろう」
自慢げなラッセルに促され、アリスは鏡を見る。
そこにはボサボサで伸び放題だった髪を持つ見るに堪えない状態だった引き籠りの姿ではなく、代わりにキューティクルを取り戻し輝いてすら見える金髪のウルフカットになったアリスが映っていた。
鏡を食い入るように見ながらアリスは自分の髪を触る。
いつの間にか拘束は解かれていたようだ。
「乙女の髪を勝手に切るのは後ろめたかったんだが満足してもらえたようで何よりだ」
「あの、何で私の髪を切ったんですか?」
「ああ、それはね、君に社会復帰してもらってヒーローと慈善家の二重生活を送ってもらう為さ」
マイペース投稿ですがお付き合い頂けると幸いです!
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