父と母の秘密-④
「わ、私がブラックガーディアンになるなんて無理ですよ!」
足が悪いというのにわざわざ取りに行ってくれたスマイルから渡されたタオルで、ハーブティーで濡れた服を拭きながらアリスは悲鳴にも似た声を上げる。
確かにブラックガーディアンのようなヒーローになりたいと夢見たこともあるが、それは幼い頃の話であって今は微塵も思っていない。
「そうかい? 身体能力は新体操の代表選手に選ばれるくらい素晴らしいものを持っているし、頭脳の方も理工学の天才少女と謡われた君なら十分に素質はあるさ」
それに、と続けながらスマイルはアリスの逃げ道を潰しにかかる。
「君ならばバレずに御母上の計画を盗み見て事前に防ぐことが出来るだろう」
そう、母の凶行を誰にも知られずに止められるのはアリスだけなのだ。
逃げ道を奪われ、追い詰められたアリスは震え、ベッドの上で膝を抱えだす。
引き籠るようになって以来、何かに追い詰められるような感覚に捕らわれた時はこうする癖がついてしまっているからだ。
「大丈夫だよアリス君。もちろん私がサポートするし、必要なことは全て教えてあげよう。だから君は一歩だけ、踏み出す勇気を出してくれればいい。簡単なことだろう? あの偉大なヒーロー、ブラックガーディアンの娘なのならば」
漆黒のマントを翻し颯爽と現れ、どんなピンチにも毅然と立ち向かい、必ず切り抜け街を守り続けたヒーロー、ブラックガーディアン。
自分はその娘だという事実はアリスにほんの僅かな勇気を与え、頑なに閉ざしていた心の扉を自らこじ開ける力を与えた。
アリスは震えが収まらない体を無理やり動かし、ベッドから立ち上がる。
一歩踏み出しスマイルに近づくと、彼の顔を真っすぐに見据えながら泣きそうな声で叫ぶ。
「ほ、本当に私に出来るかは分かりません。だけど、私、ママを止めたい! パパが命を掛けて守った街の平和を壊させたりしない!」
スマイルは笑う。
新たなヒーローの誕生を祝って。
そして、もう二度と見ることはないと思っていた男の面影をアリスに重ねて。
「それで私、何をすればいいんですか?」
「そうだね、まずは家に帰りなさい。君、半日以上眠っていたから今頃あの大きな御屋敷は上を下への大騒ぎになってるだろうからね」
三年間、一歩も外へ出なかったアリスが部屋から出ただけでも大騒ぎになるだろうに、半日失踪したともなれば、大騒ぎどころか警察沙汰にすらなりかねない。
「今迎えを呼んだから私が送っていくよ。私が上手く場を収めてあげるから君は余計なことを言わないようにしてくれたまえ」
程なく迎えが来たと言うスマイルに連れられ、外に出たアリスは久しぶりに真面に浴びる日光にめまいを覚え、手で庇を作る。
ふらつきながらも辺りを見回すと、スマイルの言う通り自分は廃病院に担ぎ込まれたのだと分かった。
以前新聞だかネットニュースだかで見た、スラム街唯一の病院が閉院したという記事で見た建物と同じだったからだ。
「ここ、貴方が経営していたんですか?」
「いや、潰れてから隠れ家にするのに買い取ったんだよ。今後君も使うことになるだろうから場所は覚えておきなさい」
どういうことか首を傾げながらもアリスは迎えの車に乗り込む。
黒スーツにサングラスと如何にもな格好の運転手に少し怯えながらもアリスは窓の外を見て道を覚える。
「さて、道だけじゃなく今から言う設定をしっかり覚えて欲しい。今日のところはそれで切り抜けられるはずだからね」
久しくきちんと使わず錆びついた脳をフル稼働させてアリスは懸命に道と設定を覚える。
そうこうする内に屋敷に到着したアリスは、玄関でウォルターと共に待っていた赤く目を腫らしたセシリアに抱きしめられた。
「貴女どこに行っていたの! 体中傷だらけだし何があったの?」
矢継ぎ早に攻め立てるように質問を浴びせてくる母に困惑してアリスが答えに詰まっているとスマイルが助け舟を出す。
「どうも、お初にお目にかかります。私はお電話でもお話しした通り、精神科医のラッセル・コールマンと言います。お嬢さんは御父上のお墓参りに行こうとされたのです」
アリスとスマイル改めラッセルが打ち合わせた内容はこうだ。
このまま引き籠っていてはいけないと考えたアリスが偶然ネットで見つけたラッセルのオンラインカウンセリングを受け、少しずつだが立ち直り始めた。
そして、立ち直り始めたことで外へ出たいとも思えるようになったアリスは、父の命日に墓参りをしようと計画し、実行した。
ただ、流石にまだ誰かに直に顔を合わせて会話する勇気は無かったので、ラッセル以外には計画を伝えずに屋敷を出た。
しかしそれが仇となり、道中、街の不良グループに絡まれたアリスは暴行を受け怪我を負ってしまう。
動けなくなったアリスを不良たちが攫おうとした寸での所で、アリスが無事に墓地まで行けるか気になって、自らも影から見守る為に墓地へと向かっていたラッセルが偶然にも現場に出くわし、ボディガードに命じて不良たちからアリスを救った。
ほとんど嘘ではあるが、ほんの少し真実が混じっていることで信憑性が上がっているのか、セシリアとウォルターはあっさりとこの話を信じた。
「コールマン先生、貴方にはなんとお礼を言えばいいか。娘を助けて下さって本当にありがとうございました」
「いえ、お気になさらないでください。主治医として当然のことをしたまでですから。それよりも今日は彼女をよく休ませてあげて下さい。アリス君、また明日いつもの時間にカウンセリングするから寝坊してはいけないよ」
それだけ言うとラッセルは車に乗り込み帰っていった。
セシリアとウォルターもラッセルが帰った後は質問攻めを止め、アリスを部屋へと送るとそれ以上は追及しようとはしなかった。
「勢いであんなこと言っちゃったけど、本当に私にヒーローなんて務まるのかな……」
半日以上眠っていたというのに、睡魔に襲われたアリスはベッドに横になりなが、今になって自分の選択を後悔し始めるのだった。
「奥様、お茶をお持ち致しました」
「ありがとうウォルター。……計画は失敗のようね」
深夜、アリスが久しぶりに悪夢に悩まされず眠る頃、セシリアは夫の残した隠し部屋で深いため息をついてた。
「残念ながらそのようです。如何致しますか?」
カップに紅茶を注ぎながらウォルターはセシリアの判断を待つ。
セシリアの立てた計画はもちろん彼女一人で実行できるはずがなく、彼女の生家からついて来た信頼の置ける人間であるウォルターが手助けしている。
元々セシリアの家は先祖代々の大富豪であり、いくつものビジネスを手掛けているが、その内容は合法、非合法を問わない。
ウォルターも元々はセシリアの父が非合法なビジネスをする際の秘書のようなことをしていたので、そちら方面に伝手を持っている。
今回の計画に必要な人間を手配したのもウォルターであり、計画を続行するのなら直ぐに新たな人間を用意するつもりでいた。
「いえ、彼は諦めましょう。恋人を何度も襲われたとなるとおかしな疑いを持ちかねないわ。あくまで偶然の悲劇見せかけないと意味がないのだから。候補はまだいるのだし、次の計画に移るわ」
「畏まりました奥様」
ウォルターから紅茶を受け取ったセシリアは視線をモニターに戻す。
そこには彼女の新たなターゲットの情報と、彼を襲う悲劇の計画が記されていた。
マイペース投稿ですがお付き合い頂けると幸いです!
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