楽しいパーティー−①
「……もう会食なんて嫌なんですけど」
ジャックの運転する車の中で、げっそりとした顔のアリスはぼやく。
「安心したまえ、次は年寄りとの会食ではなく老若男女入り乱れる楽しい楽しいパーティーさ」
「もっと嫌ですよ! こんな胸元が馬鹿みたいに空いたドレス姿を大勢に見られるなんて最悪!」
「落ち着きなさいアリス君。次に行くパーティーはそういうのじゃないさ。少しばかり入り口にパパラッチやら記者やらが集まっていて、会場に入れば欲望に溺れた輩が鼻の舌を伸ばして君を見る程度。ほら、全然大したことないだろう」
「そういうパーティーじゃないですか! ヤダ! 帰る! オックで崩れる一歩手前までクリームとシロップ盛ったフローズンシェイク買っておうちでゴロゴロする!」
「おやおや、すっかり砂糖中毒が進行しているみたいだね。糖尿にだけは気を付けたまえよ」
この日、午前中のジャックによる訓練を終えたアリスは胸元が空いた派手なドレスを着せられ、ラッセルに会食へと連行された。
そしてどうにか会食を切り抜けこれで解放される思い安堵したアリスだったが、ラッセルにもう一仕事あるからと車に押し込まれ今に至る。
ブラックガーディアン総合記念病院がオープンしてからはや一ヶ月、病院自体は盛況で評判も上々ではあるのだが、如何せん立地やクレバスファミリーとの抗争の影響が未だに尾を引き、慈善家からの支援や各種業者との取引が上手く行っているとは言えない状況なのだ。
最低限のものは襲撃事件直後のラッセルとアリスの奔走により確保出来ているとはいえ、盛況故に人員の確保や各種機材と薬の維持、調達の為の予算や取引先がいくらあっても足りず、病院の管理経営をしているラッセルの笑えない悩みの種となっている。
予算だけならばマルクスインダストリーズからいくらでも引っ張って来れるといえ、出資の大多数が母親の会社からでは世間から自分のやりたいことの為に母親から多額の小遣いを貰っているのと変わらないと考える輩が現れ、それを声高らかにSNSで叫ばれてしまえばアリスの慈善家としての仮面に致命的なひびが入る可能性がある。
各種業者との取引もセシリアのコネを使えば簡単に済む問題だが、それすらも世間に知られれば同様の事態を引き起こしかねない。
だからアリスは積極的に活動し、あまり良い言い方でないが慈善家兼病院の顔として名を売る必要に迫られているのだ。
しかし当の本人にそれを説明したところで、しなければいけないことと理解はしていても人前に出ることを本能レベルで嫌がる為、毎度ラッセルはアリスを連れ出すのに手間を掛けさせられている。
最初の頃は行く行かないの論争後に逃げ出すアリスを捕まえるのが楽しかったとはいえ、高頻度でこのやり取りをしている最近は些かマンネリ化していてラッセルは飽き始めていた。
そもそもそんな時間すらも惜しい程にラッセルは忙しく、出来ればこのやり取りを省略したいとすら思い始めている。
「アリス君にはそろそろ完璧に自分を偽る仮面の使い方を習得して欲しいものだね。元々対人能力は高い筈だろう? それこそパーティーなんか昔は自分が開く側だったことなんてしょっちゅうだったろうに」
「……昔の私はあの日父さんと一緒に死んだんですよ」
俯き、そう呟いたアリスの顔を見れば誰もが同情するだろう。
しかし、ラッセルは同情どころか容赦なく説教を続ける。
「だったら墓を掘り起こしてでも生き返らせたまえ。それが無理ならゾンビでもキョンシーでもなんだっていい。この先もヒーローを続けるというならば、そろそろイヤイヤ期を卒業することだ」
冗談交じりとは言え、自分でも分かっていることを言語化されたアリスは何も言い返せずに黙り込む。
「さて、つまらないお説教はここまでだ。君がどういう態度でパーティーに臨むかは好きにすると良い。何かあっても私は尻拭いしないがね」
「……分かりましたよ。もう我儘は言いません。だけど、衣装選び位は私にさせてください」
「構わないとも。但し、自分の羞恥心よりも目的や場所にあっているかを優先して選ぶように。だるだるのスウェットでパーティーに君が現れたら私は躊躇なく見捨てるからね。ちゃんと自分の見た目も武器として活かすように」
未だイヤイヤ期から脱げだし切れてはいないアリスは嫌な顔をしつつも首を縦に振った。
その様子に笑いを堪えながらラッセルは一先ず面倒ごとが一つ減ったと確信するのであった。
「お二人共、着きました。お帰りの際は連絡を」
「なんだいジャック、君も一緒に来れば良いのに。上等なタダ酒にありつけるよ。帰りはタクシーでも呼べば良い」
「遠慮しておきます。こういう場は苦手ですので」
「それは残念だが仕方ないな。じゃあアリス君、行くとしようか」
当然ながら、ジャックが行かないことが許され何故自分は許されないのかと見当違いな不満を抱きつつ、アリスは車を降りた。




