オープン―④
「一番足が付きやすい連中ではやはり大した情報を持ってはいないか……」
「あれだけ頑張ったのに骨折り損は辛いですよ。……端から情報が無いって思ってるなら行かせないで下さい」
先程襲ったばかりの自動車工場に警察官たちが大勢で突入していく様子をビルの屋上から見つめながらアリスはぼやく。
このアジトで情報を得られれば今日は家に帰ることが出来たのだが、殆ど情報を得られなかった為に命懸けの残業が決まったからだ。
報復、もとい、再度の襲撃を防ぐ為にクレバスの勢力を削ぎ、あわよくば壊滅させてしまおうとラッセルが発案したアジト襲撃作戦の最初の標的としてこの自動車整備工場が選ばれたのには理由がある。
ラッセルとジェシカの調べで分かったアジトの場所と、防犯カメラの映像に残っていた襲撃犯が使用した車両の情報を使い街中にあるカメラの類を片っ端からハッキングして割り出した移動経路を照らし合わせ調べたところ、スタート地点がここだったからだ。
襲撃犯たちもばっちりカメラに移ってはいたのだが、使っている武器や服装はバラバラではあったが顔だけは揃ってきちんと隠していたのでそこから追うのは難しかった為、車両から追うしかなかったという裏事情もある。
だが、慎重なクレバスがそんな安易に情報を掴ませてくれる訳も無く、今回の襲撃はアリスの言う通り骨折り損のくたびれ儲けになってしまった。
「じゃあアリス君、次のアジトに行こうか。ここからは虱潰しに行くしかないから今夜中に後二か所はやってもらうよ」
アリスは大きな溜息をつきながらも次の目標へと向かうのであった。
しかし、残りの二か所もハズレもハズレ、大ハズレで真面に情報を得られず、徒労に終わってしまう。
明け方、日が昇る前にアリスは死んだ目をしながらブラックベースへと戻った。
ジェシカは母の様子を見に帰っており、ジャックも所用で出かけているらしくブラックベースにはラッセルしかいなかった。
流石にアリスが疲れているのを理解しているラッセルは揶揄うことをせずに、そのまま彼女に仮眠を取らせる。
まだまだアリスを働かさなければならないからだ。
「おはようございます。今何時ですか?」
「おはようじゃなくこんにちわの時間さ。そうだ、君に良い物を見せてあげよう」
昼前、ブラックベースの片隅に設置された仮設の仮眠スペースのベッドから起き出した寝ぼけ眼のアリスに、濃い色のコーヒーを飲みながらラッセルはフロイテッドシティではそれなりに名の知れたゴシップだらけのタブロイド紙を渡した。
見出しには「お騒がせブラックガーディアンコスプレイヤー再び! スラムに潜むマフィアのアジトを襲撃、逮捕者続出!」と書かれていた。
「良かったじゃないかアリス君。見出しはともかくとして、今回は迷惑な変人ではなくヒーローとして書かれているよ」
記事には小規模で表社会には殆ど知られていないマフィアであるクレバスのアジトが一晩のうちに三か所襲撃され、匿名の通報により向かった警察が倒れている構成員と、分かりやすく置かれていた犯罪行為の証拠を発見した為に大量検挙となり警察署はお祭り騒ぎになったと書かれていた。
更に証拠と共に置かれていたブラックガーディアンのエンブレムが書かれたカードと、近隣住人からの僅かな目撃証言から、今回のクレバス構成員大量逮捕劇の立役者は先日宝飾店の事件に関わっていたブラックガーディアンのコスプレイヤーの可能性が高いと書かれていた。
記事の最後はこう締めくくられてる。
「フロイテッドシティの守護者であるブラックガーディアンの名を騙るのは許せないと思う読者も多いだろう。しかし、今までに現れた彼の名を利用しようとした図々しい輩とは違い、ヒーローとしての責務を果たしているのには好感を覚える読者もいるのではないだろうか? そこで今後本誌は彼女を名前については脇に置くとして、ヒーローとして扱うと決めた」
「それは嬉しいですけど、ラッセルさんよくアジトのどこに犯罪の証拠があるかわかりましたね」
「アハハハハ、私は元ヴィランなんだよ。どこに見られたら不味い物を隠すかなんて手に取るように分かるさ」
自慢げに笑うラッセルを余所にタブロイド紙で顔を隠したアリスは頬を緩ませる。
怪しいスキャンダルやオカルト話なども平然と載せる信頼性がページ数と同じくらい薄い大衆紙のお手本のようなタブロイド紙とはいえ、ヒーローとして扱ってくれるのは嬉しかったからだ。
そんな喜びが隠しきれていないアリスにラッセルは現実を突きつける。
「ぬか喜びしているところ悪いがアリス君、この後直ぐに医療関係やリフォーム関係の業者との打ち合わせに出席してもらうよ。夜は夜でまたクレバスのアジトを潰しに行ってもらうから気を引き締めてくれよ」
聞いた途端に素早く逃げ出そうとしたアリスであったが、逃げ道をタイミング良く紙袋を抱えてエレベーターから降りてきた大男に塞がれてしまう。
「ジャックさん、今日こそは抜かしてもらいます」
バスケ選手のようにフェイントを織り交ぜたステップでジャックを出し抜こうとするアリスであったが、あっさりと首根っこを子猫のように掴まれ捕まってしまった。
「まだまだ甘いですね。訓練が足りていないようですから次からはもっと厳しく指導した方が良さそうだ」
余計なことをして藪の蛇を突いてしまったことに気づいたアリスは事態の悪化を防ぐ為にそのまま大人しくお縄に着き、身支度を整え始めるのだった。




