父と母の秘密-②
訳が分からず、とりあえずフォルダを開くと、中にはフロイテッドシティの住民の個人情報やヴィラン達の勢力図についての報告書、そしてprojectHEROplanningと名付けられた別のフォルダがあった。
中には誰かの名前が付いたいくつかのファイルと一本の動画が収められていた。
恐る恐る動画を開いたアリスの目に、今度は父ではなく母の姿が映った。
「私の名前はセシリア・マルクス。この動画は万が一私が逮捕されたり、死んだ場合に備えたものです。まず、私が行ったことには一切亡くなった夫も娘のアリスも関わっていません。この計画は私が一人で発案し、実行したものです」
母は一体何をしようとしているのか、知るのが恐ろしくなりながらもアリスは動画を見続ける。
「私の夫は長年ヒーローとして街を守ってきました。ですが彼の死後、街に次々と現れたヒーローたちを見て私は絶望しました。彼らは誰一人として、とてもヒーローと呼べる存在ではないからです。このままでは夫が全てを賭けて守った平和が失われると考えた私は真のヒーローを生み出すことにしました。彼らに足りないもの、それは夫が背負っていたもの、悲劇から生まれる強い思いです。だから私はヒーローの素質があると判断した者に悲劇を与え、真のヒーローとしての覚醒を促す為にprojectHEROplanningを計画したのです」
動画を見終わったアリスは急いで一番更新が最新のファイルを開いた。
「ママ、こんなのいくら何でも酷過ぎるよ」
ファイルの中には、とある青年の恋人を暴漢たちに殺害させることで彼をヒーローへと覚醒させる計画が記されていた。
しかも計画実行までに後一時間も無かった。
アリスはパニックになりながらもどうするべきか考える。
警察に連絡してもこんなこと信じて貰えないだろうし、仮に信じて貰えたとしてもそれでは母が捕まってしまう。
もう三年も顔すら合わせていないとはいえ、唯一残された肉親が刑務所に入り離ればなれになるなど考えただけでアリスには耐えられなかった。
時間があれば母を説得して計画を中断させることも出来ただろうが、もうそんな時間も無い。
追い詰められたアリスは、走り出した。
隠し部屋を、書斎を飛び出し、三年間一度も出なかった屋敷からも飛び出し、雨降る街へと出たのだ。
引き籠り生活で真面に運動していないせいか、直ぐに苦しくなりながらもアリスは走る。
途中何度も足が縺れて転び、泥だらけになりながらも走り続けた。
自分でも何故こんなに走っているのか、酸素が頭に回っていないせいかアリスには分からない。
母に犯罪を犯させたくないからか、父が守った平和が乱されるのが嫌だからなのか、それとも別に何か理由があるのか。
「キャーーー! 誰か助けて!」
もう体力も底を付き、倒れかけたアリスの耳に悲鳴が聞こえる。
フラフラと千鳥足で悲鳴が聞こえた路地裏に向かうと、如何にも柄が悪そうな男たちが買い物帰りの女性を取り囲んでいた。
ここまで衝動のままに走って来たアリスはどうすればいいか分からず、物陰で様子を窺いながら固まってしまうが、一人の男がナイフを取り出した瞬間、何をすべきかを悟った。
理由などどうでもいい、今は目の前で助けを求める彼女を救おうと、近くに転がっていた鉄パイプを拾ったアリスはパーカーのフードを目深に被ると男達に殴り掛かった。
「痛え! なにしやがんだこの野郎!」
不意打ちで思い切り鉄パイプで殴ったのだが、引き籠り生活で筋肉が相当衰えているらしく、せいぜいたん瘤が出来る程度のダメージしか与えることは出来なかった。
それでも思わぬ乱入者に気を取られたのか、男たちの意識が襲っていた女性か外れた。
「今のうちに逃げて!」
久しぶりに出したせいで裏返ったアリスの叫びに女性は荷物を投げ捨て逃げていく。
男たちは急いで追いかけようとするが、震える手で鉄パイプ構えたアリスが立ちはだかる。
「おいおい、嬢ちゃん。こっちはオメーに用は無いんだからさっさとどけよ」
ただでさえ長い引き籠り生活で人と喋るのも怖くなっているというのに、相手が相手なだけにアリスは怖くて仕方がなく、今にも逃げ出したくなる。
それでも、懸命に逃げている彼女を救う為に逃げ出す訳にはいかないとアリスは歯を食いしばってその場に踏み止まった。
「しゃーない。オメーら、まずこいつからやっちまえ。依頼外だから好きに遊んでいいぞ」
男たちのリーダー格であろう巨漢の命令に子分たちは我先にとアリスに飛び掛かる。
必死に鉄パイプを振り回して抵抗するアリスだったが、簡単に鉄パイプを掴まれ取り上げられると抵抗の手段が無くなってしまい、後は男たちにされるがままだった。
「嫌! 止めて! お願いだから止めて!」
殴られたはずみで地面に転がったアリスは体を小さく丸めると必死に男たちにこれ以上のことをしないように懇願する。
だが、男たちはそんなアリスを面白がり、サッカーボールのように皆で蹴り始めた。
「さっきまでの威勢はどしたよ嬢ちゃん。オラ、ここはもういいからお前らは逃げた女を始末してこい」
リーダーは指示を飛ばすと自分は目の前のおもちゃをどうやって楽しんでやろうかと考えだす。
甚振りながらじっくり観察し、だぼだぼのパーカーの上からでも中々良い体をしているのが分かると、アリスにリーダーは邪な欲望を抱き始める。
「こいつ、薬漬けにして俺の女にするか」
下卑た顔でリーダーがアリスをどうするか決めた瞬間、何かが地面に倒れる音がした。
リーダーが顔を上げて音の方を見ると、逃げた女を追いかけたはずの部下たちが地面に倒れこみ、側に傘を差した男が立っていた。
「テメー、俺の子分たちに何しやがった」
「オイオイ、私は何もしていないさ。ほら、この通り足が悪くてね」
わざとらしく杖を突きながら歩いてくる男に、いら立ちを覚えたリーダーはアリスを放置して子分たちと共に男の方へと向かう。
「じゃあ何でそいつらは倒れてんだよ。テメーら、このいけ好かない野郎を二度と歩けねえ体にしてやれ!」
リーダーの指示通りに子分たちは傘の男に殴り掛かった。
「全く血の気が多いね。それじゃあモテないよ」
傘の男は片足を庇いつつも踊るように軽やかに子分たちの攻撃を躱しながら的確に急所を杖で打ち付け、次々と倒していく。
傘の男を舐めていたリーダーは倒されて行く子分たちを見て、慌ててナイフを取り出すと無理やり立ち上がらせたアリスの首元に充てる。
「おい、動くな! 動いたらこいつの喉を掻っ切るぞ!」
言われた通り傘の男は動きを止めたが時すでに遅し、子分たちは全員倒された後だった。
「やれやれ、典型的な小物がやることで何も面白くない。それじゃあ私は笑えないから代わりに君が笑うと良い」
そう言いながら傘の男が杖をリーダーに向けた瞬間、杖の先からダーツが飛び出した。
猛スピードで飛ぶダーツはアリスが喉を掻っ切られるよりも先にリーダーの手に刺さった。
「な、なんだこりゃ……アハハハアハハハハハハハハ!」
ダーツが刺さった手を見ながら戸惑うリーダーは突然笑い出すと、笑い過ぎて力が抜けたのかその場にへたり込み、息も絶え絶えに笑い続ける。
「ふむ、まだ腕は落ちていないようだね。お嬢さん、大丈夫かい?」
訳が分からず戸惑い、リーダーの隣で腰を抜かしていたアリスは杖を小脇抱えた傘の男に助け起こされた。
「あ、貴方は誰なんですか」
アリスの問いに苦笑いしながら傘の男は答える。
「そうだね、通りすがりの精神科医、とでも名乗ろうか」
答えを聞きながら、アリスの意識は遠ざかり始める。
助かった安堵感で脳内麻薬が切れたのか、一気に疲労と甚振られたダメージが襲ってきたせいだろう。
「おや、これは参った。せめて名前だけでも教えて貰いたかったんだがね」
気を失ったアリスを受け止めながら、困り顔で傘の男はどこかへ電話をかけ始めるのだった。
マイペース投稿ですがお付き合い頂けると幸いです!
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