オープン―③
深夜、あまり掃除がされていないことが見て取れる薄汚い自動車修理工場の一角で、如何にもな人相の悪い男たちが水滴の付いた瓶ビール片手にポーカーに興じていた。
彼らは病院を襲撃したマフィア、クレバスの構成員だ。
表では自動車整備業を営んでいるが、裏では盗難車の解体や改造などの車両関係の仕事を組織から任されている。
普段は律儀にシフト制で仕事をしており、このアジトに所属する構成員が全員揃っていることはない。
だが今夜、週に一度のお楽しみである賭けポーカー大会の日だけは別であり、アジトに一同が集い、増えては減って、減っては増えてを繰り返す財布の中身に一喜一憂している。
「またアニキの一人勝ちかよ。やっぱりイカサマしてんじゃねーのか」
「日頃の行いだよ。それより早く金を寄越せ運無しマヌケ」
アニキと呼ばれるこのアジトのまとめ役、表では工場長ということになっている彼は今日は幸運の女神に好かれているらしく連戦連勝、かつてないほどに丸々と財布が太り、冷静を装いながらも内心笑いが止まらなかった。
ただ、彼が女神に好かれていたのはここまでだった。
次のゲームを始めようとした瞬間、明かりがすべて消えた。
「なんだ、またブレーカーが落ちたのか。上の連中に言っていい加減修理の金を出させないと駄目だな。おい、誰か見てこい」
建物自体が古くあちこちにガタが来ている為、ブレーカーが落ちるなんてことは珍しくもなく、いつものことだ。
大方腹を空かせた誰かが冷凍庫の肥やしになっている美味くもないブリトーでも温めようとしたのが原因だろうと思ったまとめ役は、手下に配電盤を見に行くよう指示する。
だが、返事の代わりに聞こえて来たのは呻き声だった。
飲み過ぎでこけたのかと思ったまとめ役は、気にもせず手に持っている残り少なくなってしまった瓶ビールに口を付けるが直ぐに異変に気付く。
次々に手下たちがおかしな声と共に倒れる音がしたからだ。
「お前ら何遊んでんだ、さっさとブレーカー上げに行かねーか!」
直感で何か不味いことが起きているとまとめ役は悟っていはいたものの、状況が理解しきれずに手下がアルコールのせいでふざけていると思い、いや、思い込もうとした。
それでもマフィアという実力至上主義の世界でそれなりに出世して来た彼はこのまま何もしないのは不味いと思い直したのか、瓶ビールをグイッと飲み干し空き瓶をその辺に放り投げるとベルトにねじ込んでいた拳銃を抜き、恐る恐る配電盤の元へと歩いて行こうとする。
ゆっくりと壁に手を当てながら記憶を頼りにまとめ役は配電盤に辿り着いた。
軽くパニックになっていたせいで、忘れていた常にポケットに入っているライターの存在を思い出したまとめ役はライターの火を明かり代わりに配電盤を確かめると、案の定ブレーカーが落ちていた。
まとめ役は拳銃を持った手でブレーカーを上げようとしたが、突然手に走った衝撃に阻まれてしまい、ブレーカーを上げるどころか拳銃を落としてしまう。
更に運悪く、手に走った衝撃に驚いたまとめ役はライターも落としてしまい再び視界が闇に染まってしまった。
直ぐにまとめ役は拳銃とライターを拾おうとするも、屈んだところで首筋に固い物を押し当てられる。
「動くな。両手を上げてそのまま立ち上がるんだ」
嫌な予感を信じなかったうえに簡単にパニックに陥ったマヌケな自分に舌打ちをしながら、まとめ役は言われた通りに両手を上げてゆっくりと立ち上がった。
押し付けられた物に銃口が無いのは感触で分かったが、どんな武器が出回っているか分からないフロイテッドシティでは何か固い物が押し付けられれば素直に従うのが身の為、というのがこの街での常識だ。
「俺に何の用だ。金なら机の上に幾らかあるだけだ、欲しけりゃ勝手に持っていけ」
「そんな物に興味はない。一つ聞きたいことがあるだけだ。何故私の名前が付いた病院を襲ったんだ」
まとめ役は正体不明の襲撃者が何を言っているのか分からなかったが、病院、という単語に引っ掛かり、思い出した。
数日前、仲間からの依頼で何台か防弾仕様の車両を用意し、取りに来た彼らに何に使うのか聞いた時、病院のオープンセレモニーを襲いに行くと言っていたことを。
まとめ役はアルコールのせいで些か動きの鈍い頭で考える。
襲撃者の正体は恐らく、以前タブロイド紙か何かで見たブラックガーディアンのコスプレ女だろう。
ファミリー内の情報は例え拷問されても吐くのはご法度ではあるが、襲撃してきている時点で事件を起こしたのが自分たちの組織だというのはバレている。
それならば、下手に誤魔化して拷問を受けたり殺されるよりは、素直に吐いてしまった方が良いのではまとめ役は考え始めた。
どうせ自分が知っている情報は仲間がやったという既に相手も分かっている事実だけなのだから吐いたところで左程問題はないはずだ。
手下たちは漏れなくやられているようだから、自分が吐いたことも上にバレはしないだろう。
そこまで考えたまとめ役はゆっくりと口を開く。
「確かに襲ったのはうちのファミリーだが俺は直接関わっていない。移動用の足を用意しただけだ」
すんなりと情報を吐いたことを相手は驚いたのか、しばらく小声でブツブツ呟いた後、もう一度質問して来た。
「実行犯の居場所は分かるか」
ボイスチェンジャーで変えてはいるが女と分かる声で聴いてくる襲撃者にまとめ役は正直に答える。
知らないと。
これは嘘ではなく実際に知らないのだ。
自分たちの仕事は車両関係だけであり、他の仲間がやっている仕事には一切関わってはいない為、仲間内で車両や金の受け渡しをする際に会った数名の顔は知っていはいるが、アジトや住処の場所までは知らない。
襲撃者はまたしばらくブツブツ呟いた後、一言だけまとめ役に言葉を発した。
「技術はあるんだ。罪を償い、今度は真面目に働け」
言葉の意図が分からず、不思議に思ったまとめ役が思わず振り向こうとした瞬間、全身に電流が走った彼の意識は途切れた。




