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HERO Planner  作者: 武海 進
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サイキックー⑦

 スラム街にある廃工場や使われていない倉庫が立ち並ぶような区域には、一般人が近づくことは殆ど無い。


 何故ならそういった場所は大体マフィアや不良集団、ヴィランが勝手に自分たちの物にしており、近づこうものならどんな悲惨な目に合うか分からないからだ。


 そんな危険地帯を明るい月明かりの元、ジェシカはコドクが指定して来た廃工場へと歩いて行く。


 普段ならこんな場所を若い女性が深夜に歩いていれば怪しげな男たちが集まってくるものなのだが、今は集まるどころか近くに誰かいる気配もすらもない。


 こういった場所にいる輩は以外と危機管理能力が高い者が多いらしく、何が起こっているのか分かってはいなくても、危険なヴィランであるコドクがいることに何かしらの危機を感じてどこかに行ってしまったようだ。


 余計な面倒ごとに巻き込まれないように移動しなくて済むのは不幸中の幸いとばかりにジェシカは足早に移動する。


 目的の廃工場へと入ったジェシカは、直ぐに自分を呼び出した憎い相手を見つけた。


「貴方の言う通り、一人で来たわよ。母さんを返して」


 工作機械などが所狭しに並べられていたのだろう工場内は潰れた時にそういった物を全て売り払ったらしく、がらんと広いスペースが広がっている。


 電気は通っていないのか、明かりの類は無いものの、天井に幾つかある日光を取り込むための窓から差し込む月明かりのお陰で、足元までよく見えた。


 コドクはそんな幾つかある窓の下、そこで縛ったジェシカの母と共に待ち構えていた。


 何も言わずに青龍刀をジェシカの母の首元に突きつけるコドクに向けて、ジェシカは銃を抜くが撃てない。


 銃を向けられた瞬間に、気を失っているジェシカの母を縛り付けている大きなドラム缶の陰にコドクが体の大部分を隠してしまったからだ。


 これでは下手に撃てばジェシカの母に銃弾が当たり兼ねない。


 ヴィランらしい卑怯で陰湿な手にジェシカは歯嚙みしながら、どうにかコドクの隙を付いて撃てないかと目を凝らす。 


「無駄なことはよせ小娘、ことが済めばもちろん返してやるとも。但し、骸としてな」


 コドクは例え銃口が自分を狙っているとしても自分の方が圧倒的に有利なことを理解しており、その優位性を活かしながら青龍刀を少しずつジェシカの母の首筋に沈みこませていく。


 刃に触れ、切れた薄皮から徐々に血が滲むのを見てジェシカは引き金を引いた。


 銃弾はジェシカの母にも、コドクにも当たることは無かった。


 何故なら銃弾は二人のいる場所から大きく離れた壁に命中したからだ。


「クククク、どこを狙ったんだ小娘。そんな腕では母親を助けるなど夢のまた夢だな」


 コドクがジェシカの的外れな射撃に思わず笑ったその時、ガラスが割れる音と共に空から何か黒いものが降って来た。


 突然のことに驚いたコドクが青龍刀をジェシカの母から離してドラム缶の陰からほんの少し体をはみ出させながら黒い塊の正体を見極めようとした瞬間、発砲音と共に彼の右肩に衝撃が走った


 咄嗟に発砲音がした方を見たコドクは、ジェシカの足元に鈍く輝く薬莢が落ちるのを見た。


 事態が一向に呑み込めないコドクは混乱しながらも落とした青龍刀を拾おうとするが、黒い塊に、いや、アリスに蹴り飛ばされてしまい、青龍刀は手の届かない所へ行ってしまう。


 そのままブラックスタッフで殴り掛かってくるアリス相手に、コドクは徒手空拳で果敢に立ち向かう。


 中国拳法をベースにした技を矢継ぎ早に繰り出すコドクの攻撃はアリスに確実に当たっているものの、スーツの堅牢な防御性能のお陰でアリスに決定的なダメージを与えられない。


 それでも武器と鎧と言うアドバンテージがありながらもアリスでは役不足らしく、倒すどころか片腕が使えない状態のコドクに徐々に押され始め、防御一辺倒になってしまう。


 だが、実力が足りていないのはアリスも重々承知であり、本当の狙いであるコドクを出来る限り足止めするという目的さえ果たせているのならば、倒されさえしなければ倒せなくても問題は無かった。


 アリスが戦っている隙にジェシカが母を助け出せさえすればアリスたちの勝ちなのだから。


 ラッセルが立てた作戦とは、二重の陽動作戦だった。


 一つ目の陽動で、まずはジェシカが一人で廃工場に来たと思わせたうえでワザと銃を外しコドクの油断を誘う。


 二つ目の陽動は天井の窓から派手にアリスが登場することで今度はジェシカから注意を逸らさせ、そのまま引きつける。


 そしてその間にジェシカは母を救出するというのが作戦の全容だ。


「チィ! 折角の獲物だというのに邪魔をするな!」


 戦いの中で混乱から立ち直り、工場から母を担いで出て行こうとするジェシカを見つけたコドクは、全力でアリスを突き飛ばすと追おうとする。


 しかし、アリスはジャックの特訓の成果なのか体勢を崩しながらも倒れず踏み止まり、コドクのがら空きの背中にブラックスタッフの電流を叩き込んだ。


 一般人ならばおかしな悲鳴と共に倒れてしまうはずなのだが、コドクはマスクの中で口の端から泡を噴き出しながらも倒れるどころか歩みを止めない。


「これ以上は死んじゃうんだから早く気絶して!」


 コドクを逃がさないように電流を流しっぱなしのブラックスタッフを押し当てるアリスは叫ぶ。


 アリスの叫びを聞いてなのか、それとも偶然タイミングが一致したのかは分からない。


 遂にコドクは膝を折り、ゆっくりと地面に倒れこんだ。


 周囲を漂う焦げ臭い香りに流石に殺してしまったかと焦るアリスであったが、胸が上下しているのを確認して安堵する。


 相手が例えサイコパスな殺人鬼だとしても、彼女にはまだ誰かを殺す覚悟などある訳が無いのだから。


「よくやったアリス君。ジェシカ君を手伝ってあげなさい。まだ何が起こるか分からないのだから撤収は早い方がいい」


「でも、コドクはどうするんですか?」


「問題ない、既に警察には連絡済みさ。スラム街と言えど通報されれば彼らだって動かざるを得ないからね。その様子じゃあ彼、当分真面に動けないだろうから後は警察で十分さ」


 納得したアリスはジェシカの元へと走っていく。


 その様子を何者かに見られていることに気づかないままに。



 改装を終えた廃病院、もとい、ブラックガーディアン総合記念病院の一室にジェシカの母は寝かされていた。


「母さんの容体はどうなの?」


「大丈夫だよ。頭に殴られて出来た裂傷があるが縫う必要も無い程度の軽いものだし、各種検査でも異常はない。少し休めば直に目覚めるだろう」


 心配そうに母の手を握るジェシカに、聴診器を首から掛けたラッセルは笑顔でそう言うと病室から出ていった。


 病室の外で待っていたアリスにも同じことを伝えたラッセルは彼女を伴い、ブラックベースへと移動する。


「今回はご苦労だったねアリス君。見事に御母上の計画を潰した訳だが感想は?」


 インタビュアーの真似をしながら訪ねて来るラッセルに少し苛立ちを覚えながらもアリスは不安を吐露し始めた。


「今回は上手く行きましたけど、何か対策を考えないとまたジェシカさんたちが狙われるんじゃ……」


「ふむ、それは無いだろう。君の御母上はあくまで偶然に見せかけて悲劇を起こそうとしている。つまり、同じターゲットを狙って複数回犯行を行えばその分偶然では無く理由があって事件に巻き込まれていると余程の馬鹿でない限り気づくのだから再び何かしてくる可能性は低い」


 ラッセルの意見は正しそうにも思えるが納得した顔をしないアリスに、しばらく監視を続けていた、二人が出会った時に襲われていた女性がそれ以降何も事件に巻き込まれていないことを伝えると、アリスはようやく納得したのか、強張っていた肩の力を抜いた。


 それどころか緊張の糸が切れて全身の力が抜けてしまったらしく、その場でへたり込んでしまった。


「アハハハ、厳ついスーツを着た女性がへたり込む姿を見ると昔を思い出すねえ。あれはガストハンターに笑気ガスを吸わせた時だったかな」


 懐かしそうに笑うラッセルにツッコむ気力も湧かないアリスは、何とか立ち上がるとスーツを脱ぎに行くのだった。


 そんなアリスを見送りながらラッセルは携帯をチェックすると、確保、とだけ書かれたメッセージが届いていた。




「ふむ、もっと情報は無いのかい?」


 薄暗い倉庫の中で、椅子に縛り付けられたコドクは思わず舌打ちをする。


 不意打ちのうえにハンデがあったとはいえ新米のヒーローに負けただけでも苛立たしいというのに、目の前のピエロに同じことを何度も言わされているせいで更に苛立ちが募ってしまったからだ。


「聞かれたことには全て答えた。俺に情報を流してきた奴には直接会っては無い。隠れ家にある日手紙が置かれていて、それにあの女の情報と自分が指定する通りに殺せば追加で難病患者の情報を渡すと書いていたんだ」


 コドクの言葉には一切の嘘は無かった。


 別段隠すほどのことでは無いし、狂った正義感で動くヒーロー相手ならまだしも損得勘定で動くヴィランならば交渉の余地があるからだ。


 相手もそれが分かってるらしく、全てを話せば解放すると言っているからこそ彼は全てを話した。


「これ以上は何も情報は無い。さっさと解放しろ」


「どうしますかボス? もう解放しますか?」


 隣にいる防弾のフルフェイスマスクに似た物を付けた大男の言葉に、ようやく解放されると思ったコドクであったがピエロは首を横に振った。


「こいつは病人なら大人も子供も関係なく殺す。そんな奴が野放しだと私は笑えないねえ。適当に処理しておいてくれないか、サイレンス」


「ちょっと待て! 話が違……」


 最後の言葉を言い切る前に、眉間を撃ち抜かれたコドクの気味の悪い仮面は鮮血に染まった。

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