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HERO Planner  作者: 武海 進
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サイキックー⑥

「お前のせいだヒーロー、いや、ブラックガーディアンのコスプレ女!」


 立ち上がったジェシカは、血が滲む程強く握りしめた拳でアリスの顔を殴る。


 呆然と立ち尽くしていたアリスは真面に受けてしまい、運悪く全身で唯一出ている口に当たり、切れた唇から血を流す。


「……なるほど、そういうことなのね。通りでブラックガーディアンのコスプレしてる訳だ」


 突然殴り掛かってきておきながら一人納得するジェシカに、呆然としていたアリスは思い出す。


 彼女の能力が直接触れた相手の心と記憶を読み取ることだと。


「あ、あの、私は、その……」


 立ち上がったアリスは、またもどうしたらいいか分からなくなり、スーツに似合わぬ動きでわたわたとする。


「ふん、貴女の境遇には同情するしそんな馬鹿みたいな格好をしてる理由も分からないでは無いわ。でもね、貴女の母親は許せない。母親を止めたいってのなら手伝って。今から貴女の母親使ってコドクの隠れ家を探すハニャ……」


 苛ついた様子でアリスの手を取り部屋から出ようとしたジェシカは、おかしな声を上げて倒れてしまう。


「え、だ、大丈夫ですか? しっかりして下さい」


 もう少しで床に頭をぶつけるというところで受け止めたアリスが慌てて呼吸や脈を確かめると、ただ眠っているだけであり、よく見ると首元に小さな針が刺さっていた。


「アリス君、彼女をブラックベースまでエスコートして欲しい。正体も計画も知られてしまってそのまま自由にさせる訳にはいかないからね」


「もしかしてジェシカさんが眠ったのってラッセルさんの仕業ですか」


「その通り。ほら、さっさとしないと警察が着てしまう。誘拐と器物破損の現行犯は嫌だろう」


 明日の新聞の見出しが「再び現れたブラックガーディアンコス女、誘拐未遂で逮捕」となるのは御免被りたいアリスは急いでジェシカを連れてアパートを離れた。


「おい! ここから出せ!」


 猛獣用の檻に入れられたジェシカは鉄格子を掴んで声を張り上げる。


 どんな猛獣でも壊せないはずの檻を壊しそうな勢いで暴れるジェシカを見ながらラッセルは笑う。


「アハハハハ、昔密輸したゴリラでもそこまで暴れなかったぞ」


「笑って場合じゃないですよ。どうするんですか、私ヒーローどころか誘拐犯なんですけど」


 正体がバレているからとスーツはそのままに、マスクを脱いだアリスは大笑いするラッセルを落ち込みながら揺する。


「良いねえ、二代目ブラックガーディアンがヴィランと言うのも悪くない。私としてはヒーローを育てるよりそっちの方が楽だ。元本職だからね」


 この状況を楽しんでいるラッセルに呆れたアリスはジェシカを宥めようと檻に近づくが、ジェシカの迫力に気おされ後ずさってしまう。


 それを受け止めたラッセルはアリスを下がらせると、今度は自分が檻に近づいた。


「さて、おふざけはこのくらいにジェシカ君、私と取引しないかい?」


 脈絡も何もない突然の提案に、ジェシカは疑問符で頭がいっぱいになり暴れるのを辞めた。


 ラッセルは懐から一枚の紙を取り出し、檻に押し付けるようにしてジェシカに見せる。


 何が書かれているのかとジェシカが読もうとした瞬間、ラッセルは紙を背後に隠してしまう。


「子供のイタズラみたいなことして、貴方何がしたいの」


 多少冷静さを取り戻したようだが、ラッセルの行動にジェシカは苛立ちを隠せない。


「この紙はアリス君が君を誘拐した後、警察が来るまで何かコドクの居場所に繋がる手がかりでも無いかと部屋を調べた私の部下が見つけた物でね。コドクからのメッセージが掛かれているのさ」


 途端にジェシカは再び凶暴化し、鉄格子の隙間から手を伸ばしてラッセルから紙を必死に奪い取ろうとする。


 必死なジェシカを見て、この仕打ちはあまりにも酷いと感じたアリスも紙を奪いにかかるが、初めて会った時に暴漢たちの攻撃を躱したのと同じようにひらりひらりと交わされてしまい、奪うどころか足を掛けられ転ばされてしまう。


「アリス君、これは君の為にやっているんだから落ち着きたまえよ」


 息も服装も乱さずアリスを躱し切ったラッセルは再びジェシカに向き直る。


「さてジェシカ君、話の続きだ。君がアリス君の正体を誰にも漏らさない、それと彼女の母親に一切手を出さないとを約束してくれるならこの紙を君に渡そう」


 取引とは名ばかり、ジェシカの母親の命を人質にした恫喝にアリスはラッセルが改めてヴィランであった片鱗を見た。


 ジェシカは躊躇う。


 この取引に乗ってしまえば、諸悪の根源たるアリスの母親に裁きを受けさせることが出来なくなるからだ。


 だが、結局のところジェシカに選べる選択肢は一つしかない。


 最も優先すべきは無事に母を助けることなのだから。


 「……分かった、貴方の条件を飲むわ」


 悪魔の手を取ってしまったことに一抹の不安を覚えながらも取引に応じたジェシカは檻から出された。


 紙を指先で摘まんでひらひらさせるラッセルから奪い取ったジェシカは下手、というよりは達筆過ぎて読みにくい字で書かれた文章を苦労しながら読む。


 紙にはスラム街の工場が多く立ち並ぶ場所の住所と共に一人で来いとだけ書かれいた。


「誰が見たってこれ、罠じゃないですか」


 ジェシカの肩越しに読んだアリスは思わず考えを口にしてしまう。


 言われなくとも分かっていることをつい口に出してしまったアリスはジロリとジェシカに睨まれ、思わず手で押さえて口を噤む。


「出口を教えなさい。ここを出たら契約通りこの娘と母親には手を出さないし関わらないから」


 ブラックベースを出ていこうとするジェシカを、アリスはそのまま帰すべきではないと感じた。


 今彼女を帰せばきっと一人で母親を助けに行くだろう。


 それはジェシカの母親が計画通りにコドクに殺されることを意味する。


 だが、引き籠り生活ですっかり衰えたアリスのコミュニケーション能力ではジェシカを説得して止めることが出来ないのは自分が一番理解している。


 だから、ラッセルに案内されてエレベーターに乗ろうとしているジェシカの手を取り自分の顔に触れさせた。


 彼女の能力を利用して自分の思いを伝える為に。


 アリスは必死に伝える。


 自分の母とジェシカの母、二人を救う為に力を貸したいと、そして、力を借りたいと。


 嘘偽りの無い思いが手から流れ込んでくるのを感じたジェシカは足を止める。


「……子供をここまで追い詰める母親なんて最低、ぶん殴ってやりたいわ。でも取引でそれは出来ないから代わりに貴女を手伝ってあげる。二代目ブラックガーディアンさん」


 そっとアリスの手を握り、顔から離させたジェシカは優しく微笑む。


「ありがとう、ありがとうございます!」


 喜びで感情が爆発したアリスはジェシカに抱き着く。


 本当は人を気遣う余裕などないはずなのに、精神がまだ成長しきっておらず、それなのに頼れるのが元ヴィラン、それもとびきりの変人しかいないアリスを放っては置けないくらいには自分が腐っていないことがジェシカは少し嬉しかった。


 それは金目当てで警察官を辞めたあの日に捨てたはずのものがまだ残っている証明だからだ。


 それはともかくとして、固いアーマーが当たって痛いのでジェシカはアリスを自分から引きはがすのだった。


「うんうん、これは感動的だ。思わず涙が出てしまいそうだよ」


 仰々しく拍手するラッセルに、心を読まなくてもアリスの考えが分かったジェシカは顔を見合わせタイミングを合わせると、同時に殴り掛かりかかった。


「それで作戦はあるんでしょうね、Dr.スマイル」


 アリスとジェシカのストレートがクリーンヒットしたせいで止めどなく血が溢れる鼻にティッシュを詰めながらラッセルは頷く。


「当然だとも。これを見て欲しい」


 ラッセルはコンピュータを操作すると、モニターにどこかの建物の見取り図が表示された。


 古い紙媒体の物を無理やり読み込んだのか、所々に虫食いの後や染みが付いている。


「これはコドクが指定してきた今は廃墟になっている車の整備工場の見取り図だ。世界中から金と技術が集まる最先端都市のフロイテッドシティでも、建設当初に作られた物の資料は紙媒体が多くて手に入れるのは案外面倒だったよ」


 ラッセルは懐からレーザーポインターを取り出すと、作戦を説明し始めた。


「私、また無茶しないといけないんですね」


 作戦を聞き終えたアリスは肩を落とす。


 ラッセルの立てた作戦なのだ。


 当然自分がまた怖い思いをする羽目になるのは分かっていたとはいえ、実際その通りだと分かるとやはり気落ちしてしまう。


「素人同然の娘にこんな無茶させるなんて貴方やっぱりヴィランね」


「おいおい、素敵なレディに褒められると照れてしまうじゃないか。おっと、ちゃんと元を付けるのを忘れないでくれよ、私は元、ヴィランだ」


 ジェシカの嫌味にいつも通り少し芝居がかった飄々とした態度を取るラッセルだが、鼻の詰め物のせいでフガフガしており、格好がつかずアリスはいい気味だと心の中でほくそ笑んだ。


「アリス君、笑っているのはバレているからね。コドクの指定時刻まであまり時間が無いことだし、急いで準備しなさい」


 心を見透かされてドキリとしたアリスは急いで装備を整えに走る。


「で、どこまでが貴方の計画なの? 私とあの娘に殴られたのはワザとでしょ」


 急ぎ過ぎて足を引っかけ転びそうになったアリスの背中を見ながらジェシカはラッセルに問う。


「流石探偵、鋭い。君と御母上には悪いが彼女を一人前にするにはまだまだ足りない物が多くてね、少々強引ではあるが協力してもらった訳だ。まあ、依頼とでも思って欲しい。もちろん後で報酬は後で必ず支払うからね」


 ジェシカはラッセルのあまりに身勝手な言い草に怒りを覚えるが、報酬と言う言葉に反応してしまった自分に嫌気が差す。


「私は安くないわよ。とりあえず前金代わりに何か武器を頂戴。元、ヴィランでも拳銃くらいはあるでしょ」


「もちろんあるとも。ほら、昔潰したマフィアの倉庫から失敬した軍使用の上物だ」


 ジェシカの要求を端から予期していたラッセルは懐から取り出した拳銃を渡す。


 受け取り、流石に細工はしていないだろうと思いながらもジェシカは念の為に拳銃を調べ始めるのだった。


「さて、駒と盤面は揃った。後はアリス君次第か」


 ラッセルは声を殺して笑いながら、二人にバレぬよう携帯を見る。


 携帯には、最も信頼している部下からの配置に着いたというメッセージが一件入っていた。

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