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HERO Planner  作者: 武海 進
13/26

サイキックー④

「母さん、薬の時間よ。起きれる?」


 寝室のベッドで微睡む母をジェシカは悪いと思いながらも起こす。


「あら、もうそんな時間なの」


 全部飲むとそれだけで腹が膨れそうなほど何種類もある薬をジェシカが一つずつ渡すと、母は手慣れた様子で次々に飲んでいく。

 

 最後の一つを飲んで一息ついた母がベッドに横になるのを手伝いながらジェシカはこの先のことを考え憂鬱になる。


 今日、病院を追い出され母を引き取ったが、ただでさえ入院費や薬代でどれだけ働いても金が無いというのにこれからは介護をしながら働かなければならない。


 本当なら追い出されると決まった時にもっと病院に抵抗するべきだったのかも知れない。


 だが、数か月間分の支払いを待ってくれているうえに、自分の長期に渡たった今回の仕事の間だけは特別に追い出すのを猶予してくれただけでも御の字だと思い、ジェシカは抵抗しなかった、いや、出来なかった。


 しかし、これからは今までのように家を留守にしがちな探偵業で稼ぐのは無理だろう。


 当然、いずれはこうなることは暫く前から分かってはいたので、安定した職に就く為に元警察官の経歴を活かして幾つか警備会社の面接を受けたが今のところ結果は芳しくない。


 母の病気は決して治らないものでは無いのだがそれには目玉が飛び出るほどの手術費用が必要なので、とてもではないが今の経済状況では払うことが出来ない。


 せめて、あの実験の報酬が本当に支払われていたら、どうにかなったのかも知れないと思うと、ジェシカの心の奥底から怒りが沸き上がる。


「ジェシカ、そんな怖い顔してどうしたの? ……いえ、聞かなくても分かることね。ごめんなさい」


「違うわ、母さんに怒ってるんじゃないの。こないだ受けた依頼のことを思い出しちゃったのよ」


 母親に要らぬ罪悪感を抱かせぬ為に、ジェシカは数か国を回って証拠を集める羽目になった女の敵とも言うべき十股男の話をし始めるのだった。


 そんな親子を見張るように黒い影が向かいのアパートの屋上にいた。


「こちらアリ……ガーディアン、今のところ異常なし」


 正体は試作品では無く、ようやく完成した二代目ブラックガーディアンのスーツを身に纏ったアリスだ。


「了解ガーディアン。スーツの着心地はどうだい」


「良いですよ。暑くないし、良く見えるし」


 正式なスーツは防弾防刃に優れた素材にも関わらず通気性にも優れており、夜でも暑いフロイテッドシティで着ていても問題なく、試作品で熱中症になりかけたアリスも満足いく物になっている。


 更に初代ブラックガーディアンのスーツ同様に各部アーマーも一体化しており脱ぎ着もしやすい。


 マスクの方もナイトビジョンやコンピュータが内蔵されたハイテク品に変更されたにも関わらず軽量であり、長時間付けていても負担が少ない逸品だ。


 病院からアパートまで尾行してきたジャックから引き継ぎ、数時間アリスは監視し続けているが左程辛さを覚えていないのがその証明だ。


 とは言え、コドクが襲ってこないか警戒しながらの監視は、こういったことにまだ成れていないアリスには些か応えるようで無意識のうちに集中力が切れて欠伸をしてしまう。


「おや、おねむの時間かいアリス君。ジャックに交代してもらってベッドに入るといい。私が絵本を読んであげよう。それとも子守歌の方がいいかな?」


 ラッセルはアリスの集中力が切れた瞬間を見逃さずに茶々を入れてくるが、監視を初めて以降五回目ともなると流石にアリスは反論する気も起きなくなってしまい受け流す。


 深呼吸して眠気を追い出したアリスは集中力を取り戻すと、改めてアパートの監視に戻ろうとするが、背後に気配を感じて振り返る。


 そこにはスカーフで顔を隠した男が立っていた。


 慌ててアリスはブラックスタッフを構えるが、相手は攻撃を仕掛けてくるどころかコーヒーと紙袋を差し出してきた。


「落ち着いて下さい。ラッセルさんに言われて差し入れをお持ちしました」


 聞き覚えのある声にアリスはブラックスタッフを収めるとコーヒーを受け取る。


「ジャックさん、脅かさないで下さいよ。何で顔を隠してるんですか?」


「無いとは思いますが、ヒーローと素顔で話しているのを見られると色々厄介事に繋がるかもしれませんから」


 マスクの口元は露出しているので、アリスは紙袋に入っていたホットドッグにそのまま齧り付きながらそういうものかと納得する。


 アリスとしてはもう少しいて欲しかったところだが、用が済んだジャックは足早に帰って行ってしまった。


 実はジャックはラッセルから今回の件で不測の事態が起こった場合に備えるよう指示されており、帰ったフリをして本当は下の階の部屋で待機している。


 しかしプロの技術で消した気配にアリスが気付くはずもなく、喉に詰めかけたホットドッグをコーヒーで無理やり流し込んだ彼女は、再び監視に戻る。


 それから数時間、コドクどころか来客一人来ず、ただただ退屈な時間が過ぎて行った。


 日付も変わりそうな深夜、今晩は何も起きないのではと油断し、アリスが本日六度目の欠伸をしようとしたその時、爆発音と共にジェシカの部屋の窓が吹き飛んだ。


「な、何! 何が起きたの!」


 驚きで目が覚めたアリスはパニックになり、その場でオロオロとする。


「驚いてる場合かアリス君。さっさと突入するんだ」


 ラッセルの指示で多少冷静さを取り戻したアリスは急いで腰のホルスターから前後両方にアンカーが付いたグラップルガンを引き抜くとジェシカの部屋の窓の少し上を狙ってアンカーを撃ち出す。


 少し狙いとズレはしたが誤差の範囲の所にアンカーが刺さったことを確認したアリスは、撃ったのとは反対のアンカーを自分の後ろにあった貯水槽に撃ち込む。


 自動でワイヤーがピンと張るように調整されると、アリスは手元の銃部分を引っ張りアンカーがきちんと刺さっているかを確認する。


 自分の体重をかけても問題ないと判断したアリスは、腰に巻いているベルトのバックル部分を横にスライドさせて外す。


 するとバックルはカラビナのような形に変形し、よく見るとベルトと細いワイヤーで繋がっている。


 アリスはそれをグラップルガンのワイヤーに引っかけ改めて全体重をかけてアンカーが抜けないか確認し、後は滑るだけという状態になった。


 だが、そこで動きが止まってしまう。


「アリス君、何をしているんだい? まさか怖くて動けないとは言わないだろうね」


 図星なのかアリスはギクリと体を震わせる。


「こんなの一回もやったことないんですよ。怖いに決まってます」


 あり合わせを使ったブラックスタッフとは違い、グラップルガンは正式なスーツと共に今日渡されたばかりのピカピカの新品だ。


 訓練どころかラッセルからの説明もなく、自分で説明書を読んで辛うじて使い方を覚えたくらいだ。


 それなのに失敗すればアパートとアパートの間の路地に落下というシチュエーションでいきなり実戦となれば怯んでしまうのも致し方ない。


「大丈夫だアリス君。落ちたとしてもスーツが守ってくれるから全身骨折程度で済むさ」


「それって十分致命傷じゃないですか!」


 アリスは悲鳴に近い叫びを上げる。


「冗談はさておき、さっさと突入しないと取り返しのつかないことになるんだからさっさと腹を括りなさい」


 ラッセルに言われ、アリスは大きく深呼吸すると覚悟を決めた。


 母の凶行を、ただワイヤーでアパートからアパートへ命懸けで渡る程度のことに尻すぼみになって止められませんでした、では、ブラックガーディアンのスーツを着た意味がないからだ。


 アリスは大げさに助走の距離を取ると、半ばやけっぱちになりながらも全力で走り、そのままアパートの屋上の淵を蹴って空中へと飛び出した。

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