第8話 神様からの提案
地下一階は屋外の様だった。
転送魔法陣は台座のような場所に設置されており、そこから続く階段を降りる。
等間隔に意匠の施された柱のような石像のようなものが配置されている。
だが、どれも摩耗して蔦などが絡んでいる。
道路は石畳で舗装されているが、所々ひび割れていたり、土が露出している。
全体としては荒廃した遺跡のような雰囲気だった。
『ここも広そうだな』
ルーコは辺りを見回す。
遺跡の周囲は木々が茂っているが、その向こうには荒野が広がっている様に見えた。
「いえ、ここはそこまで広くないんですよ。
木々の向こうには見えない壁があって進めないので。
ここは台座から門にある転送魔法陣までの一本道以外は特に何も無いんです」
『えっ。じゃあ、あの景色は何なんだ?』
「幻影というか、現実と見分けがつかない絵が描かれているような感じですね」
『そうなのか……』
俄かには信じられず、ルーコは木々を抜けて荒野の方へ行こうとしてみた。
すると、ごつんと頭をぶつけた。
幽霊でも通れない壁のようなものが、確かにあった。
『ダンジョンってのは不思議な所だな』
「そうですね……。
それはそうと、ルーコさん、あと少しですよ」
ウィルポンとグラッシーがスライムを倒しながら進んでいく。ここにはスライムしか出現しない様だった。
まっすぐ進んで崩れた門のような場所まで辿り着き、そこにある転送魔法陣に入った。
魔法陣に入ると、洞窟のような場所に出た。
『ん? ここもダンジョンじゃないのか?』
「違いますよ。ダンジョンじゃなくて、現実の洞窟です。この洞窟にダンジョンへの入口があったんですよ」
魔法陣から少し離れた場所に兵士のような男が二人いた。
フィーラは小声で言った。
「見張り番の兵士がいるのでルーコさんは隠れた方がいいかもしれません」
『そうか。気配隠蔽ってスキルがあるが……これで問題無いか?』
ルーコがスキルを使用するとルーコの気配が殆ど消えた。
「多分、大丈夫だよー。 気配隠蔽を使えば、魔力の強い人以外には殆ど察知されないはずだよ。」
チルリーも小声で言った。フェアリーは普通の人にも見えるようなのでチルリーはフィーラの服の中に隠れた。
フィーラは何食わぬ顔で通路を進み、兵士に会釈して洞窟の出口を抜けた。
兵士たちも特に何かに気が付いた様子は無かった。
洞窟から出ると、辺りは木に囲まれているが、人為的に作られた道があった。
暫くすると木々を抜け、平原に出た。平原から続く道の先にはうっすらと街の外壁のようなものが見えた。
赤い夕陽の中、ルーコたちは街へと向かっていった。
街は壁に囲まれていて、大きな門があり門番の兵士がいた。
「あ、冒険者の方ですね。お帰りなさい。一応、身分証の提示をお願いします」
門番が言うと、フィーラが胸元からぶら下げたギルドカードを取り出して見せる。
門番は確認すると、「どうぞ」と手を広げた。
フィーラたちは門の中へ入っていった。
フィーラの説明によると、この一帯はヴァルザーク王国の領土で、この街は王都ビルグレイスだという。
ルーコの目的地は教会だ。まずは教会で祈り、神様に会わないといけないのだ。
ルーコはきょろきょろと辺りを見回す。石畳で舗装された道なりに、家や店らしき建物が並んでいる。窓からは灯りが漏れ、煙突から煙が上がっているのも散見された。
『教会はどこだ?』
「ああ、教会は街の西側にあります。ほら、あそこの屋根の十字架が見えるでしょう?
そこが教会です。
私はギルドに報告があるので、ここで失礼しますね」
『おう、サンキュー』
「いえ。私の方こそ、本当に助かりました。ありがとうございました」
フィーラは頭を下げた。
ルーコはフィーラが大通りを行くのをを見送ると、チルリーと共に教会へと向かった。
おそらく徒歩なら五、六分掛かると思われたが、幽霊の飛行能力であっという間に着いた。
教会の敷地に入ると、シスターと子供が数人いた。子供は遊んでいる様だった。
「皆さん、そろそろ日が暮れてきましたから遊びは終わりにしましょうね」
シスターが言うと子供たちは返事をして宿舎のような建物に向かっていった。
ルーコは教会の礼拝堂へと入っていく。席が両端に並び、中央の通路が神と思われる像へ続いている。
神の像は杖を掲げ、ローブのようなものを纏った青年のように見えた。
『あれが神様なのか?』
「うん。そーだよー! 見た目もあんな感じ。よく出来てるよー」
嬉しそうにチルリーが言った。
ルーコは像に向かって手を握り、目を閉じて祈った。
すると――。
光に吸い込まれたような感覚だった。
眩しかった。何事かと目を開くと、白い空間の中にいた。
そして、神像にそっくりの男性がいた。
神様――?
「はじめまして。俺の名はラグリオス。この世界の創造神だ」
ルーコが呆気に取られていると、ラグリオスは微笑した。
「異世界に迷い込んで、色々と戸惑っているだろう?」
「ああ、多少は。自分の事も思い出せなくてね」
「記憶が無くなったのは、次元の狭間のエネルギーによるものだろう。
次元の狭間は混沌とした渦のようなもの。本来なら、肉体という器のない精神体は直にそのエネルギーにぶつかって掻き消されるのだ。ただし、あなたの精神体は強かったようだな。なので、次元の狭間を越えてこちらの世界へ辿り着いた。
だが、エネルギーの渦に記憶を掻き消されてしまったのかもしれん。記憶が戻るか戻らないのか、それは俺にも分からん」
「私はどうしたらいいんだ? 元の世界に戻るとか……」
「元の世界に戻るのは難しいな。次元の狭間を越えるには膨大なエネルギーが必要だからね。それに、君には肉体がないからな。
君がこちらに来れたのは奇跡と言っても過言ではないだろう」
「じゃあ、ずっとこの世界にいることになるのか……。それも幽霊として?」
「それなのだが……君には二つの道がある」
「二つの道?」
「うむ。一つは転生だ。全てを忘れて、どこかの世界で生まれ変わることになる」
転生か……。私は既に死んでいる。それなら、どこかで生まれ変わるのが自然なのでは……。
「そして、もう一つの道は、この世界で精霊となり、いずれは神としてこの世界を俺と、他の神々や精霊と一緒に運営していくという道だ」
「えっ。私が精霊や神に……?」
チルリーから悪霊呼ばわりされていたのでルーコにとっては意外な提案だった。
「ああ。あなたは今、この世界ではダークスピリットという存在だ。ダークスピリットはアンデッドモンスターと精霊の中間のようなものだな。
しかし、ダークスピリットは闇属性……。どちらかと言うと、モンスターに近い。
とは言え、あなたの行動や志次第で良い精霊や神にもなれる可能性を秘めている。逆に、モンスターとして堕ちる事も悪魔となる可能性もあるが……。
そして、精霊を目指すなら相応の試練が待っているが、どうだ?」
転生出来るのなら転生してしまった方がいいのではないだろうか。
精霊や神となって、この世界を運営していくなんて、そんな大層な事が務まるとはルーコには思えなかった。
「まあ、無理にとは言わない。だが、この世界には今、脅威が迫っているのだ。だから、一人でも多くの味方が欲しいのだ。
どうか、精霊となり俺に力を貸してくれ」
ルーコは迷っていた。けど、こうして今、身体も無く、記憶も失い、元の世界の居場所も失ったまま転生するのも嫌だなと思った。今さっき生まれたばかりのような自分が、このまま何もせず、来世に期待するというのは、ちょっとつまらないと思ったのだ。
「わかったよ。精霊を目指すことにするよ」
ルーコはラグリオスの目をまっすぐ見て宣言した。