第2話 襲われた精霊使い
雲行きが変わったのはダンジョンの地下五階層の魔獣の森に入ってからだった。
精霊使いのフィーラは、今朝、冒険者ギルドで知り合った〈野獣の牙〉のメンバーに誘われた。
フィーラはまだ冒険者としては駆け出しで、仲間もおらず心細かった為、Cランクパーティに誘われたのが嬉しかった。
しかし、今、フィーラは〈野獣の牙〉の三人の男に囲まれていた。背後には大木が立ち塞がっており、逃げ場はない。
彼らはフィーラに身体を要求していた。
〈野獣の牙〉は若い女冒険者を食い物にしている最低野郎集団だったのだ。
パーティの中で一番大柄の重戦士ゴルドンがフィーラの肩を掴んだ。
「ギヒヒ、いいじゃねーか。仲良くやろうぜ」
「やめてください!」
フィーラが肩に乗ったごつごつした手をどけようとしたが、びくともしない。
皮の胸当てから伸びるゴルドンの腕は太く、精霊魔導士であるフィーラの細腕では払うことなど出来るはずもない。
「俺たちはモンスターからお前を守ってやってるんだ。その見返りとして俺たちを楽しませてくれるくらい安いもんだろう?」
「そうそう。Fランクの小娘を俺たちCランクパーティに入れてやったんだ。その位はしてもらわねーとなぁ」
ゴルドンに続いて剣士のゲデロも下卑た笑いを浮かべながら言う。
ゲデロはゴルドン程ではないが、筋肉質な身体をしており、総合的なパワーではゴルドンの方が上だが、剣術の腕前で言えばゲデロの方が格上だ。
「は、話が違います! 私はパーティのサポート役として入ったはずですよ!」
「ああ、そうだな。けど戦闘のサポートってのは建前だ。
俺たちを性的にサポートするのがお前の役割なんだよん!」
黒魔導士のベイルがにやついた顔を近付けながら言った。
攻撃魔法と支援魔法を得意とする男だ。肉体的な力は一般レベルだが、魔法レベルが高いので侮れない。人間一人を丸焼きにする位は出来るだろう。
ベイルが吐く生臭い息が鼻を突き、フィーラは顔を背けた。
「なるべく穏便に済ませてやろうと思ったけど、言う事聞かないなら殴っちゃうぞー?」
ゴルドンがフィーラの肩から手を放し、凄みながら拳を鳴らした見せる。
フィーラは背筋が寒くなった。力では絶対勝てない。まずレベルが違い過ぎる。そして職業の差がある。
同レベル同職業であれば女であっても男に対抗し得る。だが、魔導士系の職業と戦闘タイプの職業では純粋な肉体の力では天と地ほどの差があるのだ。
フィーラでは戦っても勝てない。だが、フィーラも冒険者を志した女だ。あらゆる危険は覚悟している。
恐怖で震えそうになるが、フィーラはぐっと堪え、そして考えた。
逃げるだけなら可能かもしれない。
フィーラは杖を構えた。
「ウィルポーくん、召喚!」
フィーラの目の前に、光の玉状の小精霊が出現した。
「ポー! フィーラ、どうしたポー?」
「こいつらに襲われそうなの! 助けて!」
「わかったポー! フラッシュ!」
ウィルポーは体中から閃光を放った。辺りが光に包まれる。
「うっ、眩しい!」
「クソッ! 前が見えねぇ!」
「ちっ!」
男たちの眼が眩んでいる隙に、フィーラは横をすり抜けて駆けた。
とりあえず、上の階層を目指す。フィーラでは、5階層はおろか2階層のモンスターですら倒せるか微妙なレベルだ。まだ小精霊2体しか使役出来ないが、逃げに徹すれば何とかなるかもしれない。
息が上がりながらも、必死に走った。振り向くのが怖いが、三人が追ってきてるのを感じる。そして、足音と罵声は確実に近付いてきていた。
「グラッシーちゃん、召喚!」
フィーラは駆けながらも草の小精霊を召喚した。
「どうしたのラー?」
「悪い奴に追われてるの! 足止めをお願い!」
「りょうかいなのラー!」
グラッシーは緑色の小さな体に雑草のような髪の毛が生えており、その中に小さな花が髪飾りの如く咲いている。
グラッシーは手をかざす。すると、足元の草が伸びて男達の足に絡みついた。
男たちは走っていた勢いで前につんのめって転んだ。
呻きながらも男たちは草をちぎって立ち上がった。
グラッシーは草を舞わせて男達に浴びせた。それらの草には魔力が込められており、鋭利な刃となっていた。
男達の顔や腕、足などに切り傷が出来ていく。しかし、威力は高くない。男達にとっては掠り傷程度のダメージだ。
「小賢しい草精霊め! くらえ、ファイアーボール!」
ベイルが炎魔法を放った。舞う草を燃やしながらグラッシーに炎の玉が命中した。
グラッシーは吹き飛ばされた。
「キャアッ! あちゅいー! あちゅいーーー!」
グラッシーは地面を跳ねるように落下した。更に腰の部分に生えた腰蓑風の草に火が付いてのたうち回った。そこでぽんと消えた。死んだり消滅したのではなく、召喚前の場所に帰ったのだ。
フィーラは男達を大分引き離したが、体力が無いので随分と息が上がり、スピードは著しく落ちていた。
一方、男達はグラッシーを撃退し、特に息が上がることもなく走り続けた。
そして、あっという間にフィーラは追い詰められてしまったのだった。
「ふっ。Cランク冒険者を舐めるなってね。こんな雑魚精霊を出したくらいで逃げられると思うなよ?」
「こんなおいたしちゃって、フィーラちゃんにはきっつーいお仕置きが必要だねー?」
「グフフ……もう観念しちゃいなよ」
ゴルドンが唐突に飛び掛かった。その勢いでフィーラは押し倒される。
「いやあああああぁぁぁぁっ!」
フィーラは悲鳴を上げながら抵抗した。しかし、筋肉隆々の男に馬乗りにされて腕を押さえつけられ、全く振りほどける気がしない。
更に他の二人に足を押さえられてしまった。完全に動きを封じられた形だ。
これは、もう、無理だ――。
フィーラの眼から涙が零れた。