第1話 フェアリーとの出会い
目覚めると森の中にいた。辺りは木々で囲まれている。
遠くからは何かの鳴き声も聞こえている。
しかし、何故こんな所にいるのか。思い出せない。そして、私は一体誰だ?
自分の事すら思い出せない。
とりあえず森を進むことにした。
少しして、違和感を感じた。地面から足が浮いているような不思議な感覚だった。
進んでいるのに歩いている感じがしない。
ふと、足や手を見てみると、透けて向こうが見えた。なんと、身体が半透明だった!
どういうことだ?
混乱しながらも、思い出そうとした。そういえば……。
よく思い出せないが、自分が既に死んでいたような感覚があった。
そうだ。私は幽霊だ――と幽霊は思いだした。
まだ頭がぼんやりしている。記憶は無いのだが、何かに怒りを感じている。
よく思い出せないが、以前はもっと激しい炎のような怒りを持っていたような気がする。今は、灯のような小さな苛立ちがあるだけだ。
だが、誰に対する怒りだったのか、何に対する怒りだったのかは思い出せない。
誰へともなく苛々しながらも、しばらく森の中を彷徨う。
すると、蝶のようなものが飛んでくるのが見えた。
光の欠片を散らしながら近付いてくるそれは、羽の生えた小さな人のようだった。
身長は缶コーヒーくらいのサイズだ。
羽の生えた小さな人は、幽霊の目の前まで来ると空中で止まった。
「дΦΣσЪЩ! ΣσЪдΦδσφ!」
羽の生えた小さな人が何か声を発したが、何を言ってるのかさっぱり分からない。
ここは外国だろうか? いや、そもそも、ここは自分の知っている世界なのか?
ぼんやりとした記憶しかないが、世界にこのような生物はいなかった気がするのだ。
物語の中ではいたような気がしないでもない。確か、フェアリーとかそんな名前のものだ。
幽霊が怪訝な顔をしているのを察したのだろう。
フェアリーが手を私の頭にかざした。光の欠片が小さな手からシャラシャランと降り注ぐ。
幽霊は少し眩しかったのか目を細めた。
光が幽霊の頭部に染み込むように入っていった。
すると、フェアリーが言った。
「言語翻訳スキルを付与したよー。
どう? 言葉は分かる?」
知っている言語だった。言葉が理解できる。
幽霊は頷いた。
「はー、まさか幽霊が転移してくるなんてねー! 滅多にないよ! 異世界霊なんて!」
フェアリーは鼻息を荒くしながら話している。どことなく楽しそうだ。
「ここは何処なんだ?」
「ここはフェルマイア国にあるダンジョンの地下五階層の森林エリアだね。って言っても異世界人……いや異世界霊のあなたには分からないかー」
「ああ、分からないな。それに、記憶も曖昧で自分の事も分からない有様だ」
幽霊は溜息混じりに言った。
「えーっ! 名前も?」
フェアリーが大げさに驚いて見せる。幽霊は苦笑いをしながら頷いた。
「記憶喪失かー。どうしよー」
フェアリーは唸りながらくるくると飛びながら悩んでいる。
「そうだ! とりあえず、あなたのステータスを見てみるね!」
フェアリーの小さな眼が黄色く光った。
フェアリーは幽霊の方を何やら真剣に見ている。正確には幽霊の周辺を何やらぶつぶつ言いながら視線を走らせている。
「なるほどねー! 確かに、名前が無いね。記憶喪失が原因なのかちょっと分からないけど……」
まあ、名前が無くても困ることは無いが、これからどうすればいいのだろうかと幽霊は思った。
「そうそう。自分のステータスを見る方法も教えるね! ステータスオープンって言ってみてー!」
テンション高めのフェアリーがウインクした。
よく分からないが言われた通りに言ってみることにする。
すると、空中に透明な板が表示された。板には文字や数値が沢山書いてあった。
先程、フェアリーが眼を光らせて見ていたものはこれだったのだろう。
[ステータス]
名前:不明 状態:通常
種族:ダークスピリット 魔法属性:闇・炎
LV:24 HP:274/274 MP:337/337
力:54 体力:278 賢さ:310 速さ:187
攻撃力:78 防御力:121 魔力:389
特殊スキル:言語翻訳(元の世界の言葉・文字をこの世界の言葉・文字に自動で翻訳する)
通常スキル:念話LV4、怨念動力LV3、怨念縛りLV5、死の呪いLV2(十四日後に死ぬ)、白昼悪夢LV5、標的背後移動LV5、怨念発火LV2、気配察知LV3、気配隠蔽LV3
称号:異世界霊
『これは何だ?』
「今、表示されているのはあなたのステータスだよ! この世界では自分の状態をこうやって確認できるんだー。
異世界からの迷い人の場合、異世界での能力がこちらの世界の基準でコンバートされるみたいだよー!」
『そうなのか……? だとすると、私は何かヤバイ幽霊だったようだな……』
怨念やら死やらといった物騒な言葉が並んでいるのが心に引っ掻かった。
うっ……! 一瞬、頭に痛みが走る。霊体にも頭痛があるのだろうか。
「そうだねー! 記憶が無いみたいだけど、あなたは十中八九、悪霊だったみたいだね!」
悪霊だと――!?
一瞬、何かが脳裏を過ぎったが、思い出せない。
自分は悪霊だったのだろうか。そんな気もしてくる。
記憶が無いので、ありのままを受け容れるしかないが、何かに対する怒りがある事だけは思い出した。
しかし、幽霊ってあの世に行くものではなかったっけと、唐突に幽霊は思った。
ここはあの世ってわけでも無さそうだしな……。変な感じだ。イライラする。
「とりあえず、ダンジョンを抜けて街にある教会に行きましょう。そこでお祈りをすれば神様が何かお告げをくれるはずだから」
『教会だって? 悪霊が行ったらダメな所じゃ……?』
記憶喪失だからと騙して除霊する気だろうかと、幽霊は訝しむ。
「ははは! 悪霊でも異世界霊はまたちょっと特殊な立ち位置だから大丈夫だよー!」
フェアリーが言うには、異世界から来た者は教会で祈ると神様とコンタクトが取れる事になっているらしい。
幽霊は他に当てもないので、とりあえずフェアリーの言う通りにすることにした。
「よし! じゃあ、まずはダンジョンから出よー! 案内するよーん」
フェアリーが付いてきてと身振りで示し、向かう方についていく。
そこでふと思った事を訊いた。
『そういえば、あんたは何なの? フェアリーっぽいけど』
「あれ、自己紹介がまだだったね。私は妖精のチルリー! この世界を回って異変が無いかパトロールしてるの。
それで、時々、異世界から迷い込んできた人にこの世界について説明したりするのが仕事なんだ!
今回も世界の歪を感知して来てみたんだけど、珍しい異世界霊に遭遇してビックリしちゃった!」
笑いながらチルリーが言う。
『なるほどね。じゃあ、この世界について詳しく教えてよ』
「もっちろーん!
この世界はベルディアスという神様が管理している世界なんだー!
人族、獣人族、エルフ族、ドワーフ族などの種族が住んでいるよ。この世界は魔素に満ちていて、魔法という技術が存在してるから魔法による文明が発達してるんだー!
でも魔族やモンスターが魔界から侵入して来てるから、街の外などは危険もあるよ。
それで、この世界にはダンジョンっていう魔界と近い場所がいくつかあって、そこがダンジョンとなってモンスターの巣窟になっているんだよね。
ここも、そのダンジョンの一つだよー。ダンジョンは魔界と人間界の境にある異空間みたいなもので、森林とか洞窟とか、色々な環境があるんだー」
『へえ。魔法やらモンスターやら、神様とか魔界とかが存在するのか……。
まるでファンタジーの世界だな』
ファンタジー世界という言葉が無意識に出たことに気が付く。
ふと、漫画やゲームのワンシーンがフラッシュバックのように思い出された。
『それで……、ここがダンジョンって事はモンスターもいるのか?』
「いるよー! 沢山ね。今はたまたま遭遇しないだけで」
『ふーん。まあ、出た所で返り討ちにしてやるがな』
よく分からない鬱憤を、何かにぶつけたい衝動に駆られているのだ。
それに、何となくだが自分がそこそこ強い自信があった。
「おお! やる気だねー! この辺りのモンスターとならいい勝負が出来るんじゃないかなー! 知らんけど!」
面白がっているチルリーに対して、幽霊は少しだけイラっとした。
いや、チルリーは悪くない。単に自分の虫の居所が悪いだけだと幽霊は思い直した。
「あ、それでね、ダンジョンはモンスターがいっぱいいて危険なんだけど、沢山の人達がダンジョンに潜っていくんだー。
なぜなら、ダンジョンにはお宝が発生したり、モンスターの死体からは様々な素材が採れるからなんだ!
もちろん、それらを売ればお金になるからね! モンスターの素材は様々な用途に使われるから、ダンジョンはこの世界には無くてはならないものだったりもするんだよー」
『つまり、ダンジョンでモンスターを狩るのが仕事になっているんだな』
「うん、そんな感じ!」
幽霊はモンスターを狩る仕事をするのも面白そうだと思ったが、仕事も金も幽霊には意味が無いだろうなとも思った。
「そういった仕事をしているのが冒険者って言って――」
チルリーの説明を遮る様に、どこからか女性の悲鳴のようなものが聞こえた。
『叫び声だよな?』
「だねー。鳥の鳴き声とかじゃなさそうだったねー! 冒険者かな?」
幽霊とチルリーは木々の隙間を飛ぶように、悲鳴の下方向へ進んだ。
そして、見えてきたのは数名の人間だった。