第11話 フィーラの受難
目が覚めた。すっかり空は明るくなっていた。
街には人々が行き交い、賑やかな装いを見せていた。
チルリーは既に起きていたようだ。
「あー、起きた?」
「ああ」
「今日はどうするー?」
「どうしようかね……」
ルーコは頭を掻く仕草をした。
精霊になる為には信仰値を上げなくてはいけない。でも、どうすればいいのか分からない。幽霊という存在でありながら、どうやって人間と関わればいいのだろう。
とりあえず、冒険者ギルドの屋根から冒険者たちが出入りするのをぼーっと眺めた。
すると、見覚えのある顔が見えた。フィーラだ。
フィーラは数人の男たちに四方を囲まれながら、何か不安気な表情でギルドに入っていった。
「何だろう。嫌な予感がするな……」
ルーコはすーっと屋根から下へ突き抜けていった。
ギルドの受付付近に緊迫した雰囲気が漂っていた。
受付の周りには〈野獣の牙〉の三人がいた。そして、十数名程度の野次馬冒険者たちが取り囲んでいる。
その中央にはフィーラがいた。
受付の女性が鋭い目つきをフィーラに向けた。
「フィーラさん。〈野獣の牙〉からお話は伺いました。
彼らの話では、モンスターに襲われた際に、あなたが一人で逃げ帰ったと言っています。
パーティメンバーの救護はメンバーの義務なのに、あなたは一人、逃げて彼らを置いていったと」
「えっ。違います!
私は彼らに襲われそうになったんです!
その時にモンスターが現れて、私は彼らから運よく逃げて来れたんですよ!」
「何言ってるんだ? 俺たちがそんな事するわけ無いだろう? なあゲデロ」
一番体格の大きいゴルドンが下卑た笑いを浮かべながら、もう一人の戦士風の男に顔を向けた。
「ああ、全くだ。濡れ衣もいいところだぜ」
ゲデロもニヤニヤしながら言った。
「この女は逃げたばかりか俺たちに犯罪の濡れ衣を着せようとしているのだ!」
黒魔導士のベイルがフィーラを指差して叫んだ。
「なっ……! 出鱈目です!」
フィーラが血相を変えて大声を上げた。
「でもねぇ。三人があなたが逃げたって言ってる。そして、あなたは一人だけ。証拠も証人もいないからねぇ」
受付の女性が嘲笑うように言った。
「そんな……!」
「まあ、そういう訳で、当ギルドはあなたに非があるという事に決定しました。
実績があれば、降格処分とかも考えられるんだけど、あなたは一番下のFランクだからね。降格も出来ないんだわ。
と言うわけで、ギルド追放処分にすることにしました」
「ちょっと待ってください。それはいくら何でも酷過ぎます!」
フィーラが受付のテーブルに詰め寄った。
「昨日も言ったけど、〈野獣の牙〉はうちのギルドでは有能な冒険者なんだよ。
そんな彼らと問題を起こしたあんたはいらないってワケよ」
「ランクが上なら何をやっても許されるって事ですか?」
語気を荒げてフィーラが訊いた。
受付の女も少したじろいだ。すると、頬に古傷のある大男が前に出てきた。
「ワシはギルドマスターのドドルガスだ。ギルマスのワシの決定だ。
誰が何と言おうと、お前は追放だ!」
ドドルガスの鋭い眼光に睨まれてフィーラは後ずさった。
「追放!」
「ついほう!」
周りの冒険者たちが面白がって野次を投げ始めた。
酷過ぎる。ルーコは怒りに震え始めた。
ギルドの連中も〈野獣の牙〉の連中も、周りの冒険者たちも醜悪すぎる。
最初からフィーラの言い分など聞く気も無いのだ。
証人がいないと言っていたが、証霊ならここにいる。
『ちょっと待ちな!』
ルーコは念話スキルで叫びながら天井から舞い降りた。
『証人ならいるぞ! 私が証人だ!
その男達三人がフィーラを襲ったんだよ!』
ルーコは気配隠蔽を解いていたので、黒い靄に包まれた人型の幽霊がギルドの真ん中に現れたのを冒険者たちにも見えている。
「な、なんだ! ゴーストか? 何故、街の中にモンスターが?」
「妖精もいるぞ?」
黒い幽霊が現れて冒険者たちがざわついた。
「ル、ルーコさん……!?」
フィーラが驚きの声を上げた。
『フィーラ、話は聞いてたよ。
私が証言する!』
ルーコはフィーラにガッツポーズをして見せた。
周囲の冒険者たちはルーコを唖然とした顔で見つめている。
彼らはルーコの事を誤解しているようだったので、ルーコは口を開いた。
『私はゴーストじゃない。精霊見習いだ』
「精霊……見習い……?」
受付の女が怪訝な顔をした。
「こ、こいつだ! 俺たちを襲ったモンスターは!」
ゲデロがルーコを指差して声を張り上げた。
「そ、そうだ! フィーラがこのモンスターを俺たちにけしかけたんだ!」
ベイルが唾を飛ばしながら叫んだ。
モンスターに襲われてフィーラが一人だけ逃げたという証言だったはずだが、いつの間にかモンスターをけしかけたと言い出した。
証言が矛盾している。明らかにおかしいと気が付くはずだ。しかし、気が付くものはいなかった。
「何だって! そうか、こいつ精霊使いだったな」
周りにいた冒険者の一人が言った。矛盾に気が付くどころか納得してしまっている。
「ふん! 精霊だって? あんたみたいな黒い霧みたいな精霊がいるもんか!
どう見たって邪悪な亡霊でしょ!
冒険者の皆さん、このおぞましいゴーストをやっつけて下さい!
報酬も出しますよ!」
受付の女性がよく通る声で冒険者たちに呼び掛けた。
「うおおおおぉぉぉぉ!」
「しゃああああああああああああっ!」
冒険者たちが雄叫びのような歓声を上げた。
どうやら冒険者たちはルーコを討伐する気が満々のようだった。
証言したのに無視かよ、とルーコは苛ついた。




