02話 波乱の幕開け
ここは?――そうか俺は転生したんだ。
まずは転生できたことを喜ぼうか。
アイネスは右手をぐっと握りしめる。
が、その喜びもつかの間。
幾分かして、アイネスは右手に力が入らないことに気付けた。
ってか、全身に力が入らない。
自分の体に全神経を集中させ、今の自分の状態を確認する。
どうやら今の俺は相当危険な状況らしい。
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倦怠感に襲われているも、その根性と忍耐力の強さでどうにか耐えることが出来ている。
今の状況を言葉で表すとすればそれは『風邪をひいた時の感覚』だろうか。
もちろん、神の時に風邪をひいたことはないが人間からの伝聞のおかげ、今の俺の感覚が人間で言われる『風邪』だということは安易に把握することが出来た。
まずはこの体調を治さないといけない。
不幸中の幸い、ここは森の中だ。
肌を焼くような、日差しは木々の葉によって遮られ、木漏れ日がこっそりと肌に当たる。
体中の熱が全身から奪われていくが、それを補填するかのような木漏れ日に俺の命はつながれる。
「じゃあ、ちょっくら横になるかー」
と、言いたいところだが、このままじっとしているわけにもいかないのが現実というもので・・・。
森の中にいる以上、いつ魔物に襲われてもおかしくない。
魔物はマナが密集しているところに集まる性質がある。
俺は元神だから、マナ量も相当なものだと思われる。
つまりそれは、人一倍魔物に狙われやすい俺は早く安全なところへ行けということなのだが──。
全身に力の入らない俺が歩くことなどできるわけもなく。
それどころか、着々と思考が薄れていく様。
もうとっくに五感は機能しなくなっていた。
「あぁ、俺もう死ぬ・・・のか・・・」
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体に打ち付ける、何かを刺すような冷たい感覚が俺の感情を呼び起こす。
恐る恐る目を開ける。
2回目に見る光景でも今一度その新鮮さを感じさせるのは、気候の変化故だろう。
木漏れ日は消え、真っ黒な雲に覆われた空が広がる。
冷たい感覚は、雨の雫だったことは考えるまでもない。
そして俺は、「ふぅはぁ」と大きく深呼吸をした後、体を起こすと同時に記憶の整理を始めた。
しばらくは『風邪』という名の阻害により働かなかった思考も、時間の経過とともに徐々に転生する前の記憶が鮮明に思い出された。
そして今しがたの俺の状況下についても。
幸運なことに、俺は魔物に襲われなかったらしい。
それに加え、飢え死にもしなかったらしい。
どのぐらい倒れていたのかはわからないが、相当長い時間倒れていたのは確かだ。
それでも生きているのは、やはり運がよかったとしか言えない。
それはそうとして、不思議なことにまったくおなかがすいていない。
今の状況でそれはありがたいことなのだが、変な病気とかにかかっていると今後厄介になるから・・・。
神だった時は、おなかがすいたことも、ご飯を食べたこともなかったから、あまりわからないけど、人間は1日3食、食べると聞いたから・・・。
俺の心の中に山積されている『不安要因』の中にまた新たに追加された。
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数時間ぐらい、図太い天然木によりかかっていた。
霧雨が髪に落ち、滴るという一連の流れも、もう何回見たものか。
俺は、少しづつ。
そして、着々と記憶を取り戻しつつあった。
すると、当然思考は原点に回帰する。
そう。
人間になったのかを確認したくなったのだ。
誰だって最初は一新された自分の顔や体つきに興味を示すだろう。
でもすでに残念なことに一つ分かっているのは、自分は男だということ。
体つき含め呼吸のわずかな音からも自分の性を確認するのには十分であった。
それでもまだ残っていた希望を完膚なきまでに消し去ったのはあるものがあったからだろう。
そして本来の目的であった、顔・体つきを確認したいとは思ったのだが、自分の姿を見る手段がないことに気づいた。
残念にも、不服に思っていると近くから川の流れる音がすることに気づけた。
当然、先ほどから川の音はここら一帯に響いているが、さっきまで倒れていて転生して間もない赤子がこのわずかな音にまで配慮できないのも無理はない。
即決。
アイネスの思考は固まった。
幾分か歩いて目的の川へと着いた。
透き通ったサファイアに輝く水は、適度に姿を反射して自分の姿を見るには申し分なかった。
落ちないように気を付けながら、川のふもとで下を向く。
これは・・・!!
人間だ!!
ちゃんと人間だ!
いつも天界から見ていた、あの姿だ。
これで俺も人間の仲間入りってわけか!
よっしゃあ!!
水面に映る自分の鏡像を見て再度喜びにかられた。
無事(?)人間に転生できたことを確認して喜ぶアイネス。
好青年といった感じの、顔だちだ。
歳は16とか17歳ぐらいだろうか。
身長は平均ぐらい。
170cmよりちょっと低いといったところだろう。
神の時から、ちょっと伸びた!
やったー-!!
でも、森の中に転生するとは・・・。
森の中に転生して助けられた部分は多かったが、元からどこかの街に転生していたらこんなに苦労することもなかったのに・・・。
いや、人間になることが出来たんだから、文句は言わないようにしよう。
と、自制心が人一倍強いのは元神だからだろうか。
いつの間にか雨も止み、再びギラギラと一帯を照らす太陽。
見渡す限り360度木でおおわれているけど、とりあえずこっちの方向に歩いてみるか。と、元神の感に託し進む。
緑色の木々に、透き通るような青い川の水。
自然に囲まれるって、とってもいいことだな。
なんというか、心が癒される。
上を見れば、太陽に照らされた葉っぱが若草色に。
横を見れば、葉っぱを支えるたくましい幹が黒茶色にたたずむ。
下を見れば、げじげじに、ダンゴムシがうじゃうじゃと・・・。
うわぁぁ。
きもい・・・。
でも、こいつらがいるおかげで、この森も生きていけてるんだから、感謝しないとな。
(ありがとうございます・・・。)
それに、人間になったからとはいえ元神であることに変わりない。
領分をわきまえないといけないのは、転生しても変わりはしない。
命は、命。
人間であってもミミズであっても。たとえ神であっても命の重さは変わることはないんだから。
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それにしても、しばらく歩いていたけど、景色はさっきから全く変わんないし、町一個ぐらい見えてもおかしくはないんだけどな。
変わったものといえば、木々の種類と、虫の種類ぐらいだ。
なんというか、キノコがたくさん生えてたり、花が咲いてたり。
虫に至っては、ミミズのような生物から、羽がついて飛ぶようになったり。
稀に蝶のような美しい昆虫(?)もいるが、それも、稀だ。
なんか、もっと楽に近くの町の場所でもわからないかなー。
自分の願望丸出しのアイネス。
あれ?
そういえば。
俺って、元神だよな。
広範囲探知魔法の一つや二つぐらいできるじゃん。
なんで今まで気づかなかったんだ。
と、間抜けなところを見せていくその姿は、神の時とは変らない。
今までそのことに気づかないなんて、アホなのか天然なのか。どっちにしろ、馬鹿であることに変わりはないんだが・・・。
まあいいや。
過ぎたことは悔やんでもしょうがない。
早速使おう。
いざ、魔法を使おうと、右手を高々に空へ向け、左手でその右腕を抑える。
どんなに大きな魔法を使うのかと思うが、実際今から使おうとしているのはG級の探知魔法だ。
ちなみに、G級魔法は魔法を少しかじっている人なら、誰だって使えるような魔法だ。
大きく息を吸い込み、魔法を叫ぶ。
「探知!」
あれ?
「探知!」
「ん・・・?」
発動しない。
普通、魔法を使うには、頭で魔法を使う自分の姿を想像して、詠唱をすれば問題なく使えるはずだ。
それに今回のはG級魔法だ。
発動出来て当然。
逆にできない方がおかしい。
何で使えないんだ。
アイネスはありとあらゆる可能性を考える。
この場所だと魔法が発動できない?──そんなことはない。
魔法は、火の中でも水の中でも、どこでも使える。
じゃあ、ここら一帯に『反魔法結界』が設置されている?──いや、そんなこともない。
俺を囲う結界に俺が気付かないわけがない。
もしそんなことがあるとしたら、それは、俺と同種、即ち『神』が作った結界ぐらいだろう。
じゃあなんで・・・。この環境のせいじゃないとしたら、俺自身の問題?
もしかして。
人間になったから、神だった時出来たことが出来なくなったのか?
如何せん、人間に転生した神なんて今まで一人もいないだろうから、分からなかったが、そういうことなのかもしれない。
いや、もうそうとしか考えられない。
今の状況が理解できたのは良いことだが、それはそうとして、魔法を使えないということがはっきりした以上、どうしようにもならない。
それじゃあ、どうしたらいいんだ・・・。
もし、魔物にでも襲われたりしたら、俺の転生人生はおしまいか?
魔物に頭でも下げて許してもらうか?
でも、魔物にそんなこと通じないか・・・。
「どうすればいいんだぁぁー-!!」
あたりに響く声で、叫ぶアイネス。
思っていたよりも自分の声が大きかったことに対し、びっくりする。
やっぱり間抜けだ。
でもそのおかげで、やけくそになってはいけないと、我に返る。
考えるんだ、俺。
悪い状況になったことを考えるんじゃなくて、次どうするかを模索しよう。
きっと何かいい方法が見つかるに違いない。
しばらく考えるが、名案は浮かばず、刻一刻と時間だけが過ぎていく。
あーっもう!!──このままじゃ何にもできないじゃん!!
これは、人間に転生すんなってことなのかな・・・。
アイネスの周りに、あきらめムードが漂う。
「あ!」
何かを思い出した様子のアイネス。
顔に少しの笑みが戻ってきた。
そういえば!──確か人間界には、昔まで主流だった魔法があったよな。
たしか、
「──旧神魔法!」
そう呼ばれてたな。
頭の中にふと降りてきた。
まだ希望が残っていたことがうれしすぎて、つい声を上げてしまった。
あれなら使えるんじゃないか?
最後の頼みの綱だな。
これが使えなかったら、俺は植物の栄養になるか、魔物の餌になるんだろうな。
まあそれでも、自然界に貢献できればいいほうか? と、自暴自棄になりつつある、アイネス。
旧神魔法とは。
現代の魔法が、体内にあるマナを消費して、そのマナ量と相応の威力の魔法を打てることに対して、旧神魔法は、神の力の一部を使うということだ。
正確には、神の体内にある無限に等しいマナから、マナを消費して、いつでも自由に魔法を使えるのだ。
もちろんデメリットもある。
で、でも、忘れちゃった・・・。
一番重要なところを忘れるなんて、肉の入ってない肉じゃがを食べるようなものだ。(肉じゃがじゃなくて、『じゃが』?)と、自虐をし始める様。
でも、今この魔法を使える人は、人間の中には一人もいない(だろう)。
なぜ、こんなに明らかに強そうな魔法が使われなくなったのか――それは時代の流れとともに、後継者がいなくなったことが主な原因だ。
旧神魔法ははるか昔、古の時代に魔法の才があった人々に使われていた。
この時は、冒険者は旧神魔法を使えて当たり前、一般人が、旧神魔法を使えても、おかしくない時代だった。
その中でも特に優れた人は、大抵、時代の変化に伴い、年を取り、弟子を取り始める。
そうやって、旧神魔法は受け継がれていた。
だが、いつの時代からか、老人に魔法を教えてもらうなんてダサくてかっこ悪い、という世間の風潮が出来上がってしまった。
加えて、現代魔法が確立された。
「誰だって使える、手ごろな魔法」と言われ、広まった。が、その魔法は当然、旧神魔法に威力は劣る。
でも、その時代は、魔法の強さというより、魔法が使えるか否かで判断されていた。
実に狂った世の中だった。
その2つの要因が重なり合い、それ以来、旧神魔法の使用者は年々減ってきた。
それで、今では0になったというわけだ。
しかも、この旧神魔法を使用するには、もう一個面倒くさいことがある。
それは神に対して絶対の忠誠を誓った者でないといけないということ。
これがまあ、人をひきつけない要因でもあるのだろう。か?
神に対する需要がなくなったこの世界には当然、使用者はいないわけだ。
それじゃあ旧神魔法が使えるか、確認しよう。
あ、でもその前に小さい魔法で確認しないとな。
一気に大きい魔法を発動させちゃったら森が壊れちゃうかもしれないからな。
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「初めまして」
魔法を使おうとした、その時。
誰かが形式ばった挨拶をしてくる。
聞こえてきた方向に目をやると、狐っぽい顔の、俺より、5・6cmほど小さい男がいる。
男だとは言っても髪は伸ばしていて、正直どっちかはっきりしない。
でも、まあ、胸がないし・・・お尻もでかいわけじゃないから、そうだろう。
歳は同じぐらいだろうか。
「は、初めまして」
いつもは使わない、慣れない言葉で、ファーストコンタクトを取る。
「冒険者か何かをやっているのですか?」
「う、うんそうだよ、君は?」
「自分もです」
敬語でしゃべりかけてくる。
初めての人間との会話で緊張するが自分と同じぐらいの人で良かった。
俺は、早く友達になりたいと思い、タメでしゃべってみた。
「お名前は何ですか?」
「え? ア、アーサーです」
「そうですか」
一応、人間には『アイネス』という名前の神がいることは知られている。
いや、知られていた。
だから、念のために、本名を使うことは避けたい。
でも、どんな名前にするか全く考えてなかったから、頭に浮かんだ名前を咄嗟に口に出してしまった。
変な名前じゃないよな?
まあ、一応アーサーという名前を使ったのにも色々な理由が・・・。
昔、アイネスに祈りをささげていた男の子が、確かアーサーという名前だった。
でも、昔の話だ。
それに、その男の子に特に思い入れがあったわけでは無い。
それにしても、この人。
どこか変なしゃべり方に感じるが、人間ってみんなこういうものなんだろうか?
それに、言葉のトーンが常に一緒だ。
冷静と言ったらいいのか、冷淡と言ったらいいのか。
どこかの、王族出身で、半ば強引に教育をさせられて、感情を失ったみたいな?(笑)
「僕の名前は、フィールです。好きなものは、お花で、嫌いなものは、虫です」
「あ、ああ。よろしく」
簡潔な、自己紹介をされた。
正直これだけじゃ、まったくわからない。
でも、そのせいか、フィールについてもっと知りたくなってきた。
フィールはどんな人なんだろうか。
優しいのかな? 強いのかな?
早く色んな事を知りたい。
初めての人間で、妙に浮足立っているアーサー。
初めての人間とはいえ、フィールが極普通の人ではないことにはすぐに気づいた。
そうだ!
この場で、人に会えたんだ。
道を案内してもらおう。
これで、飢えにだけは済みそうだ。
「あったばかりで悪いんだけど、フィール。近くの町を教えてくれないか?」
「ああ、アーサーさんもでしたか」
嫌な予感がする。
もしかして、
「すみませんが、僕も道に迷っている身です」
やっぱりか・・・。
これで、町に行けると思ったのだが。
その夢むなしく。
「どうしましょうか?」
「んー---。とりあえずこっちに向かって歩こうか」
「分かりました」
俺に、どうするかを聞いてきたので、とりあえずテキトーな方に進むことにした。
流れで一緒に、歩くことになった。
やったー。
でも、いったいどうしたものか。
また、このまま終わりの分からない道を進むしかないか・・・。
初めて人間と会えたことのうれしさで、すっかり旧神魔法のことを忘れている。
それにしても、このフィール。
見れば見るほど不思議に思えてくる。
冒険者なのに、荷物一つ持ってないし、防具もつけていない。
こんな状態で魔物にでも襲われたら、跡形もないぞ。
――あ、でも俺もそうか。
別に変なことじゃないな。うん。(自己解決完了)
「アーサーさんは、ここには何しに来られたんですか?」
「まあ、なんというか、冒険者の仕事で・・・」
「そうですか」
積極的に話しかけてきてくれる。
人との会話に不慣れだから、頼もしいことだ。
これでこそ、俺の友達。(←勝手に決めつけてる)
「もうそろそろ、日も沈みますね。
夜になったら魔物の動きも活発になりますし、ここら辺に、拠点でも作りましょうか」
「うん。そうしよう!」
もう、そんな時間なのか。
倒れていて、今のおおよその時間が分からなかったから助かる。
それにしても。
もしかして。
これは俗にいう、お泊りってやつか??
転生して、初日で友達とお泊りなんて。(もちろん妄想)
ありがとう。テラ。
「ご飯はどうしますか?
僕は最低限の分ですが、持っています。ので、大丈夫ですが」
「え?? どこに?」
「亜空間にです」
そう言うと、フィールが空間魔法を発動する。
いくらかの食事が出てくるが、本当に最低限だ。
これっぽっちの肉の塊が1つに、食パンが3枚。
それだけ。
「少しだけになりますが、いりますか?」
「いや、遠慮しとくよ」
食欲とは別に食べたい気持ちはあったけど、この中から食事をもらうのはさすがに気が引けた。
実際、おなかがすいているわけではないんだから。
それにしても、冷え込むな。
フィールがあらかじめ言っていたけど。
ここまでとは。
でも、体の熱を逃がさないため、薪に火炎魔法で火をつけ、2人で暖を取っているから、多少は寒さはしのげている。
ここまで、全部フィールがやってくれた。感謝感謝。
フィールは、持ってきた肉の塊を薄く削ぎ、それを火の近くにやって温め、パンの上にのっけて食べる。
実に美味しそう!!――決しておなかがすいているわけではないのに、そう思ってしまう。
それにしても、フィールは俺に一切感情を表してくれない。
何をしゃべっても、無表情で、言葉にも温盛がこもってない気がする。
俺に心を開いてないのだろうか、それとも、人間ではこれが普通なのか?
フィールがご飯を食べ終わる。
量が少なすぎて、ご飯といってもいいのか、という疑問は残るが・・・。
「今夜は、いつもより冷え込みそうなので、火はつけたままにしておきます。ので魔物が集まってきてもすぐ逃げれるように、交代制で見張りをしようとおもいます」
「分かった。じゃあ2時間ぐらいしたら起こしてくれ」
「分かりました」
そういうと、俺は落ち葉を集め、その上で横になる。
思った以上にふかふかでよく眠れそうだ。
実は、アーサーにとっては、これが初めての睡眠である。
まあ、倒れたのも眠りに入れるんだったら、2回目だが・・・。
ワクワクしながら、眠りにつく。
「アーサーさん。――アーサーさん、起きてください」
フィールに体を揺さぶられる。
重い瞼を開けると、やっぱり無表情のフィールが、こちらを覗いてくる。
「アーサーさん、大変です」
その表情からは、大変さが一切伝わってこないが続きを聞こう。
「すぐそこに、魔物が一体います。ので気づかないうちに逃げようと思います」
「まじかよ!」
思わず声を荒げてしまった。
「静かにしてください」
と、すぐさま注意される。
「ごめん・・・」
「とりあえず火は消しました。
ですが、ご存じの通り、魔物は火より、マナにひかれます。ので、あまり意味はないと思います」
「分かった、ありがとう」
ここまでは、完璧と言っていいほどに、対応をしてくれたフィール。
後はまあ、逃げるだけだが・・・。
無事、逃げることはできるのだろうか?
マナに反応するから、多分俺がひきつける原因になりそうだ。
(仮定:アーサーのマナ量>フィールのマナ量)
初めてできた友達を、俺のせいで危険な目に合わすことは避けたいからな。
よし――ここは俺が囮になろう。
「このまま2人で逃げても、両方食われるのがおちだ。
だから、バラバラに逃げよう」
「分かりました」
どちらかが囮になるという事を前提に話をしているが、それにも躊躇なく乗ってくる。
それとも、そのこと自体に気づいていないだけか?
「じゃあ、俺はこっちに逃げるから、フィールはあっちに逃げてくれ」
「分かりました」
と、素直に、アーサーの指示に従うフィール。
もう、ここからは無駄話をしている時間がもったいない。
早速、逃げることにしよう。
「3・2・1で行くぞ。
魔物にばれるまでは隠れながら静かに動いて、ばれたら全力疾走しよう」
「分かりました」
「じゃあ行くぞ。3・2・1――!」
掛け声と同時に、2人が別々の方向へ散る。
一方そのころ、魔物はというと、何かに気づいた模様。
アーサーは、自分のところに来るだろうと、魔物から逃げ切る算段を考えていた。
木の上に登れば大丈夫かな?
魔物が弱ければ、逃げ切れるが、強かったら・・・?
まあ、見つからないことを願おう。
それでも、もし追われたら、木に登って、時間を稼ごう。
後のことはその時考えよう。
すると、颯爽と魔物が動き出すのが見えた。
残念なことに、魔物の向かう先は自分とは逆方向。
フィールの方だ。
そのことに驚きつつも、焦りを感じているアーサー。
冷や汗が体中からあふれ出るのが感じられる。
ここで、アーサーには2つの選択肢がある。
1、このまま1人で逃げるか。
2、フィールを助けに戻るか。
もちろん結果は見えているが。
よし、フィールを助けに行こう。
流石にまだ、戦い始めてはいないだろうから。
今から行けば間に合うはず。
魔物の背中も、うっすら見えるし、あれについていけば、問題はないだろう。
と思ったものの案外、そんなに上手く物事は進まないみたいだ。
あれ?
やばい・・・。
見失ってしまった。
俺としたことが。フィールの命運がかかってるっていうのに。
早く、しないと。
手遅れになることだけは避けたい。
自分に、対してのイラつきを見せるが、そんなことを気にしている場合じゃない事は、アーサーが一番わかっている。
フィールを探し、森の中を駆け回るが、出会うことはない。
足跡どころか、何の痕跡もない。
アーサーの中に焦りが増幅されていく。
1時間程が過ぎる。
その間、一切足を止めることなくフィールを探し続けた。
この時、アーサーの心境は、焦りが9割、残りの1割が疲労である。
その焦りを、力に変えたいところだが、そうもいかず・・・。
再び、倦怠感に包まれる。
今回はさっきよりも、きつい。
もちろんこれに抵抗できるわけもなく今まで動かしていた足が止まる――そして、そのまま倒れ込む。
自分の無力さを、最悪な状況で実感するアーサー。
くそっ!!
なんで俺は・・・。
何にもしてないじゃないか!
友達一人も守れないで、何が元神だ!
せめて。せめて俺が死ねばよかった・・・。
と、怒りを爆発させたのを最後に、記憶が消える。
---
ずっと寝ていたい。
ただひたすらに寝ていたい。
いっそ、そのまま死んでしまってもいい。
眠いわけではない、ただ現実から目を背けたいだけだ。
自分の無力さが否が応でも、痛感する。
「起きましたか。アーサーさん」
ついに、俺にも幻聴が聞こえるようになったか。
ついにとは、言っても人間になってから、たった数日しかたっていないが。
「アーサーさん?」
「アーサーさん??」
それにしても、この幻聴、多すぎるぞ・・・。
ただでさえ、自分の無力さを実感したばかりなのに、さらに追い打ちをかけてくる。
「肉1ついりますか?」
名前以外もしゃべるようになったか、この幻聴。
もうそろそろ、この幻聴も十分だ。
そうして、両手の人差し指で、耳をふさぐ。
すると、間もなく、右手の甲に、温かい感触が感じられた。
まるで、何かに触られてかのような。
これには、驚き、今まで閉じていた目を開ける。
そこには、一度見たことのある光景が広がる。
こちらを覗いてくる、フィールの顔。
もちろん、無表情。
でも、この顔に、どれだけアーサーの心が救われただろうか。
「フィール?」
「何ですか?」
驚きと安堵を抑え、うれしさがあふれ出るアーサーの表情などお構いなし。
安定の無表情を貫き通す、フィール。
一回、深呼吸をして、フィールの頬をやさしく触りその存在を確認する。
確かにいる。
今ここに、フィールが。
そっと、息を吐く。
すると、今まで堪えてたのか、目から涙がぽつぽつと、あふれ出る。
「ありがとう」
誰にかは、分かりかねるが、そっと小さな声でつぶやく。
「どうしたんですか、アーサーさん。
急に泣き出して」
「いや、なんでもないよ。
ただうれしかっただけで」
「何がでしょうか」
「フィールがいてくれることが」
首をかしげる、フィール。
「いや、何でもない」
---
それからしばらく、魔物との経緯について、教えてもらった。
端的に言うと、こうらしい。
フィールは自分とは逆の方向に逃げ、魔物も追ってきた。
でもその魔物は相当弱かったそうで、魔法を一回打っただけで、死んでしまったそう。
それに、ちゃんと魔物の、死骸を見せてくれた。
この、亜空間魔法とやらも便利なもんで、俺たちよりも2周り、3周りも大きい魔物も、いとも簡単に運んでしまうんだそうだ。
ちなみに、俺が倒れてからは1夜が過ぎたらしい。
ここで、1つの疑問が。
なんか・・・。
俺、カッコ悪くね?
フィールが生きてたのは良いことだけど、ただただ、俺の考えすぎだったんじゃないか?
ここだけ見ると、ただ感違いで泣いてた人じゃん。
と、顔を赤くして、自分に恥ずかしみを覚える。
---
「朝ごはんを食べましょうか」
「うん。そうだね」
有り余るほどの、魔物の肉をゲットした、御一行。
2人で、半分こにして、おいしくいただこう。
手で贅沢につかみ、口へと、運ぶ。
涙が、最高の調味料となる。
だが、その期待は一瞬にして裏切られる。
ぐぇ。
まずい。
すっっげぇまずい。
こんなもの食えたもんじゃねえ。
でも、なんでだろう。
食が進む。
こんなにまずいものを食ってるのに・・・。
お腹も、頭も、心も――
すっっっごい、満足してる。
美味しくも、不味くもあった食事を食べ終わる。
ずっとこのまま2人の時間を過ごしていたいと願うアーサーだが、エネルギーが満タンになったからと言って、重い腰を上げる。
「よし、じゃあ町に向かおうか」
「はい。そうしましょう」
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