007 別に見ようと思った訳ではない。着替えをまとめる時に、水玉が見えた
翌日。そのまた翌日の翌日。で、週末の金曜日。
今週はめいっぱい、中松さんにガシガシとシゴかれた。
辛いわ――っ!
腰が! 背中が! 脚が!!
そんなに細い方じゃないけれど、そんなに太い方でもなかったのに脚はむくんでパンパンだし、腰と背中は壊滅的に痛いし、何かボロボロだし、もーって感じ!
姉に湿布を貼ってもらっているこの時間が、なんとも言えない天国の時間。
お屋敷に来て、修業を始めて早五日。週末となった。もう・・・・ギブですわ。身体が・・・・。
コンコン
ノックが掛かったので、お姉ちゃんが対応してくれた。
「そうなの? ありがとう。伝えるね」
何やらお姉ちゃんと話をして、ノックの主は去って行った。
「今の、中松よ」
「そうなの? 私に小言でも言いに来たの?」
ウゲー、と嫌そうな顔を見せ、顔を思いきりしかめた。
「ううん。バラのお風呂入れたから、美緒に入って貰うように伝えて、だって。すごくスベスベになるし、いい香りで気持ちいいのよ。中松が美緒の為にバラをたっぷり取り寄せてくれたみたい」
「ええ・・・・なにそれ・・・・惚れてまうやろー・・・・」
一世風靡したお笑い芸人のギャグが、思わず口をついて出た。
いやもう既に惚れているのだが。
「ふふ。中松も美緒の頑張りに期待しているのよ。入ってきたら?」
「湿布勿体ないよ。貼った所なのに」
「湿布なら、一矢が沢山用意してくれたから、気にしないで、折角だから、ね?」
「そ、そお? じゃあ・・・・行ってこようかな」
お姉ちゃんが勧めてくれたので、バスルームへ直行した。
結局修業後、恐れ多くて自宅に送ってもらってばかりだったから、実は三成家のお風呂に入るのは初めてなのよね。着替えは持ってきていないから、汚れているけど、仕方ない。もう一度これを着たらいいかぁ。
早速服を脱いで中へ入ると、ここは温泉・スパワールドみたいな世界になった。これが自宅の家風呂!?
信じられないよ、ホントに。
大きなお風呂だし!
キラキラしてるし!
高級温泉みたいだし!!
中松さんが用意してくれたという、バラの花びらが散りばめられているお風呂に浸かる事にした。
お湯加減も気持ち良くて、最高。
はー。生き返るぅー。
高く白い天井を見つめながら、ぼんやり考えた。このまま・・・・ニセカノをやりきった場合、私に何のメリットもないよねぇー・・・・。苦しい思いさせられ損じゃん。
中松さんは相変わらず涼しい顔をして、私にビシバシ鬼教育するだけだし。惚れさせるなんて相当無理案件。
うーん・・・・悔しいなぁ・・・・。
ちょっとイチ君に相談してみようかな。中松さんの弱点は無いのか、って。
よし。そーだ。そーだ。雇い主なら少しくらい、中松さんの嫌いなものとか弱みとか知っているでしょ。
汗で汚れた身体や頭を洗って、再びバラ風呂に浸かって外に出た。これ、何ルームっていうの? 脱衣所的な? 実家じゃそう呼んでいるけれど、広いし綺麗だし脱衣所っていう単語が全く似合わない所で、用意されているふかふかのバスタオルに包まれた。
わぁー。すんごい柔らかい。うちのガシガシの使い古しのバスタオルとは大違いだ。
でもイチ君は、何時もうちの家の方がいいって言っていたなと思い出す。こんな広くて何もかもが揃っている家でも、絶対にあの距離感は手に入らないし、温かな我が家に人一倍憧れていた事も知っている。
中松さんはどうなんだろう。温かな家庭って、憧れたりするのかな。元ヤ〇ザだもんね。複雑な家庭環境だったのかな。
そうやって考えた時、私は中松さんの何一つ知らないことに気が付いた。
いや、訂正する。鬼って事はもう知っているぞ。
でも、そうじゃなくて――
色々考えながら、私はさっきまで着ていた自分の服を籠から取ろうとして、それが無い事に気が付いた。
あれ? ここに入れた筈なのに。
代わりに、隣の籠に綺麗に畳んである、ふわふわの手触りのパジャマが置いてあるのを見つけた。
ん?
さっきの汗臭い着替えはいずこ?
あんな汚れた着替え、誰にも触って欲しくないんだけど!
慌ててこの際だから置いてあった新品のシルクのつるつるした高級下着と、パジャマを身に着け外へ出た。用意してあるという事は、着てもいいとみなす!
それより廊下広い! どこに行ったらいいの? ていうか、私の着替え!! 誰が持って行ったんだ、コラぁ。
焦って走っていると、前から中松さんが歩いてきた。
「あっ、中松さん! あの、さっき私・・・・」
「似合うじゃねえか、パジャマ。サイズピッタリだ」
開口一発に言われた。
「あ、はい。どーも・・・・」
じゃなくて!
「あの! さっき、お風呂を借りる時、着替えを籠に入れておいたの! お風呂から上がると無くなっていて・・・・中松さん、知らない?」
「ああ。この家は何も言わずにドレッシングルームに着替えを置くと、自動的にクリーニングに出されるようになっている。お前の着替えはクリーニング行きだ」
「ええっ!? 自分で洗濯するし! 返して!!」
「さっき出してきた」
「はあっ? 中松さんが出したの? 私の、汚れた着替え全部!?」
「そうだ」
しれ、っと言われた。
ぎゃをー! そんな・・・・バカな!
「なんの断わりも無くレディーの着替えを持っていくなんて、最低よ!」
「入浴中にずかずかと中に入って、着替えを洗濯した方がいいかと声を掛ける方が良かったのか? この家にはこの家のルールがあるんだ。お前の常識は通用しない」
「でも、そんなの知らないもん! だったら最初から言っておいてよ!」
「聞かれなかったから伝えなかった、それだけだ。嫌ならきっちり、最初から俺に聞いておけ」
「いや・・・・そんな・・・・知らないし!」
くっ。正論! 言い返せない!!
絶対こうなる事を見越して、この男はわざと私に教えなかったんだ!
詰めの甘い自分に、悔しさが募る。
「それに、お前の色気のない下着には別に興味ない」
むっかー!
誰が色気ないって?
「色気無いって・・・・見たの?」
「別に見ようと思った訳ではない。着替えをまとめる時に、水玉が見えた」
「しっかり見てるじゃん!」
確かに今日の下着は水玉だった。しかもちょっとポップなくたびれ気味のやつ!
だって修行で汚れるだけだって思っていたんだもん!
中松さんが見るなんて、聞いてないし!
「お前、本気で俺を堕とす気あんの?」
私が文句を言っていたのに、逆に中松さんに距離を詰められた。「俺、もっとセクシーな下着の方が好きなんだけど。水玉は好きじゃない。着けるなら、もう少しマシな下着にしろよ」
耳元で囁かれ、心臓がぎゅーっとなって、顔から火が吹き出そうな程に真っ赤になった。
何も言えなくなった私を一瞥し、ニヤリと笑って無言で彼は去って行った。
おのれ・・・・鬼執事!
絶対私をからかって楽しんでるだけだ!
水玉を侮辱しよってからに!!(私は水玉好き)
しかも勝手に着替え持ち出すなんて、冗談じゃない!
絶対、赦さんぞコラぁ――!!
乙女を冒とくした罪はキッチリ身体に教え込んで、ヒイヒイ泣かせて、美緒様申し訳ございませんでしたーって、土下座させて謝らせてやるぅ――っ!!
数ある作品の中から、この作品を見つけ、お読み下さりありがとうございます。
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