005 噂をすれば、鬼
しかし、しかーし!
諦めたらそこで試合終了!
鬼をギャフンと言わせるまでは、頑張らなければ!
想像してみて?
あの鬼が『美緒様。数々の無礼、本当に申し訳ございませんでした。煮るなり焼くなり、どうかお好きに』って言う姿!
絶対見たいじゃん!
それ見て、私に逆らうからよ、オーホホって高らかに言いたいじゃん!
じゃ、お好きにしてあげる、って本当に私が焼いて食べちゃおうかしら。
うふふ。楽しみ!
それまでは負けるもんか!
任侠世界ではね、一度言い出した事を途中で投げ出す奴はだめ。根性が入っていないの、根性が! 気合入れろコラって怒られる案件だから!
私は誰よりも根性あるからね!
それはもう、大根みたいに根は強いわよ!!
そうして負けず嫌いの性格が災いし、翌日も地獄を見る羽目になる――
※
「あ“――!! イタイイタイイタイ!!」
翌日、夜。
ボロボロになった私を介抱してくれるのは、心優しき姉。
窮屈なコルセットでバッキバキになった背中、腰。歩く姿を練習して力入りまくりのパンパンになった脚。淑女になるための百か条みたいな、マナーの極意を基礎からみっちり隙間なく詰め込まれた頭。全部パンク寸前だった。
私のさっきの叫びは、きっと屋敷中に響き渡っている事だろう。
「もっと優しく貼ってっ」
背中に冷シップを貼ってくれる姉に、私は八つ当たりで思わずキツイ口調で言ってしまう。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ! もう、なんなの、あの鬼! どうかしてるよ!!」
「わかるー」
「嫌ならお辞めになられても構いませんよ、とか目が笑っていない顔で言われて、すんごい悔しかった――!! 絶対、絶対絶対、ぜーったい諦めないから! っ、ぐっ・・・・いたた・・・・」
叫ぶと腰に響く。
「悔しいよね。すっごい気持ち解る! でも、そのうちできるようになるよ。コツさえ掴めば簡単よ」
ベッドでひいひい言っている私から離れたお姉ちゃんは、部屋の端から優雅に歩き出した。
「えー、歩くの綺麗」
「でしょ? 鬼松の特訓の賜物だから。最初は全然できなくて、鬼にしごかれたもん」
「お姉ちゃんと同じかぁ。じゃ、私も頑張れば出来るかな」
「美緒ならできるよ。ド根性あるから」
「だよねー。見てろよ、鬼。ギャフンと言わせてやるんだから!」
「美緒。もう少し言葉遣い丁寧にした方がいいよ。そういうのも、鬼は煩いから」
「そだね。気を付ける」
姉とは『中松さん』じゃなくて、『鬼』と呼び合っている。いや、マジで鬼だから。修業したらわかる。あの鬼ぶりは酷い。鬼畜だ。とにかく初心者にさえ容赦がない。
お姉ちゃんと話をしていると、コンコン、とノックが掛かった。私がくたばっているものだから、お姉ちゃんが代わりに出てくれた。「はい?」
「あ、伊織様。いらしていたのですね。美緒様の具合はいかがでしょうか?」
――噂をすれば、鬼!
「中松の修業のせいで、美緒、死にかけてるわよ」
「それはそれは。出来ると見越して修業を頂いているのですが、こちらの見当違いだったのでしょうか」
さらりと言われた。
嫌味――! ハラタツわぁ。でも、見込みアリって思ってくれているからさせるのよね。
じゃなきゃ、中松さんは多分、私にここまでやらせない・・・・と思う!
腹の立つ言われ方にカチンときて、痛む腰や背中に鞭を打ち、私は立ち上がった。コルセットが無い分、楽だ。
「大丈夫よ。何か御用?」
何か用事かコラ、なんて言おうものなら、明日どんな鬼修業が待っているか解らない。淡々と令嬢になった気分で話す事にした。
何時か中松さんに「よくも私をこんな酷い目に遭わせてくれたな、コラ」って言ってやりたいわぁ。
「お食事、未だ召し上がっていらっしゃいませんよね? ご一緒にいかがですか?」
「中松さんと?」
「他に誰がいるのですか」
「・・・・いいわよ。受けて立とうじゃないの」
「何も決闘するわけではございません。俺を敵視するのはご自由ですが、その様子で彼女役、果たして務まるものなのですかね?」
むっかー!
ホント、弁の立つ男はこれだから!
中松さんが彼女が出来ない理由、ちょっと解った気がした。
「随分失礼な事を考えていらっしゃるようですが、気のせいでしょうか」
ぎくっ。
鬼執事には、何でもお見通しなのかしら!?
「そ、そんな事無いわよ。早く行きましょ」
誤魔化すようにして、私は中松さんの腕を取り、お姉ちゃんに手を振った。
よーし。こうなったら自ら中松さんの弱点探し、してやる!
広い屋敷は、幾らでも広い部屋がある。無駄に広い部屋、無駄に広いテーブル。山ほど置いてある椅子は、さぞかしお高い値段のするものだろう。中松さんに促されるまま、席に着いた。しかし、カトラリー等は並んでおらず、一体何の食事をするのだろうと思った。
「食事の前に質問に答えて頂きたいのですが」
「は、はい」
「どうして俺の彼女役に立候補されたのです?」
「あ・・・・いや、その・・・・中松さん、前から素敵だなって思って・・・・おりましてですね」
ここで志望動機を聞かれるとは思わなかった。
すると、中松さんは一層鋭い瞳を私に向けてきた!
「俺のあんな暴走見て、まだそんな事言えるんだ? 一矢様の婚約パーティーでの事、忘れた訳じゃねえだろ」
はい?
なんか・・・・口調が・・・・おかしくなった?
あ、これ、素松(素の状態の中松)ってヤツですか?
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