004 惚れた完璧執事が、どうやら正真正銘の鬼だった件。
聞いてないっ。
聞いてない、聞いてない、聞いてない――っ!
私の頭は、それ一色に染まった。
中松さんのニセカノに立候補して、翌日の事。
早速三成家に呼び出された。今は夏休みなので大学も無く、毎日野菜の手入れをしているだけなので正直ヒマだったし、中松さん直々の呼び立てともあり、ホイホイ屋敷に出向いたのだ。
早速中松さんはイチ君に、私と付き合う事になったので、縁談を辞退させて欲しいと告げた所、先方が納得しないので、その彼女を見せに来い、と言われたらしい!
このまま美緒を連れて行くだけでは、あまりの庶民ぶりに納得できないだろう、偽物だとすぐに見破られるかもしれないし、伊織とも一応面識があり、お嬢で通している伊織にも迷惑がかかるから令嬢としての修業をしてくれ、とイチ君に頼まれたのだ!
しかも私の教育係は――中松さん。
こりゃ、私に運が向いてきた、と思いきや、どうやらそれは大きな間違いだったようで。
汚せばクリーニング代だけでン万クラスはしそうな高級ドレスに、ぎゅうぎゅうにキツく締め上げられたコルセットを着用して、私は鬼の特訓を受けている。
「立ち姿がなっておりません!」
びしっ。
「歩く姿はもっとエレガントに!」
びしっ。
「縁談を断るご令嬢の前に、その様な情けない姿で立たれるおつもりですか!」
びしーっっ。
そして、冒頭の聞いてない、に戻る。
因みにびしーっという音は、鞭で叩かれているかのような心の中の擬音。でも、そんな感じだから。
えーん。こんな厳しいなんて、本当に聞いてない――!
確かにお姉ちゃんは『中松は鬼』とか、『鬼松』とか言っていたけれど、そんなの大袈裟じゃん、って思ってた!
でも違った!
本当の、本物の、鬼だった!!
フロントマンを締め上げる裏の一面だけじゃなくて、完璧執事状態の時から鬼だなんて、本当に聞いてない!
ニセカノやります、ってきっぱり言っちゃったから、辞めるに辞めれないし、もう、どうすりゃいいのおおおお――――っ!
「立ち姿がたるんでおります! もっとしゃっきりなさって下さい! 最初からやり直しです!」
えーん。
「ぼんやりしない! 背筋はしゃんと伸ばして! もう一度!」
鬼――――っっ!!
こうして私は、中松さんのニセカノに立候補した事を、早くも後悔していた。
※
ひ・・・・ひいー。つ、つかれたぁ・・・・。
午後一番に呼び出され、みっちりと淑女たるマナーみたいなものを叩きこまれ、全然上手くできずにあっという間に夜。
歩いて近い距離なのに、自宅へ帰る気力もなくなる程に疲弊してしまい、お姉ちゃんに介抱されながら、ゲストルームでへばっている所だ。
「だから言ったのに」お姉ちゃんは呆れて私に言った。「中松は鬼だって」
「でも・・・・! あんな厳しい修業があるなんて、聞いてないし! 普通に付き合う分にはいいと思ったんだもん! 中松さん、カッコイイし!」
力み過ぎてパンパンになった足を、優しくマッサージしてくれる姉の存在が尊い。
「あ“ー。キツ」
もう、ニセカノを今すぐギブりたい。(※ギブアップしたいという意味です)
「修業キツいでしょ。もう辞めたら? 中松には可哀想だけど」
しかし、そう言われるとプライドが・・・・。
「辞めない。負けたみたいで悔しいじゃん!」
「それ、解る」
同じ経験をした姉は、私の気持ちを理解してくれる。同士がいると、心強い。
「鬼をギャフンと言わせたい。美緒様、本当にありがとうございました、お陰で助かりました、およよ、って土下座させたいわー」
「ふふ。美緒ったら私と同じ事考えてる」
「姉妹だから、考える事一緒よー。はー、それにしてもマッサージ最高。お姉ちゃん、ありがとう」
「中松は手ごわいわよ? 頑張ってね、美緒!」
確かに手ごわい。鬼だし。
「ありがとう。何かあったらお姉ちゃんに相談する。そんで、イチ君にお仕置きしてもらうの。あ、それがいいなぁー。中松さん、イチ君には頭上がらないみたいだし?」
「うーん・・・・それがそうでもないのよぉ」お姉ちゃんが困った顔をしている。「中松は鬼だから、最強無敵なの。だってあの一矢がやり込められているんだもん。実質、中松にもし辞められたりしたら、一矢多分、仕事回せなくなると思うのよ。それ、解っているから中松も一矢に強く出るのよね」
「ゲー」
でも、中松さんらしいと思った。
完璧執事は、何でも完璧にこなしちゃうのね。そんな彼は、一体何が弱点なんだろう?
「よし、お姉ちゃん。中松さんの弱点探ってみて!」
「え“!?」
「え“!? じゃないよ。一緒のお屋敷に暮らしているんだから、その位解るでしょ。後は頼んだ! この案件が成功するかどうかは、お姉ちゃんにかかっているんだからね!!」
「せ・・・・責任重大じゃないの!」
「つべこべ言わなーい。頑張ってー」
はー、とふかふかの枕に頭を突っ込んだ。お姉ちゃんも綺麗なドレス着て傍目は令嬢というか貴婦人になったっぽいけれど、元はド庶民。さらにその妹の私が、付け焼刃で令嬢務まるのかねー。どう頑張っても無理な案件に思えてきた。
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