034 娘以上に大事なものなんか無いんだよ!
「ナヌ!? また勝負!? さっきご褒美くれるって約束したじゃん!」
「言葉遣い」
「はっ。でも今日は活躍中だから、固い事言わないでっ。お嬢にはもう、姐さんで通しちゃったし」
「えっ。それ本当かよ。あんだけ令嬢修業したのに?」
「だってお嬢、クソ生意気だから一回シメとこうと思って・・・・いけなかった?」
「いいや。いいんじゃねえの? 流石美緒だな」
ポン、と頭に手を置かれた。「白雪お嬢や一矢様に乱暴な口をきけるのは、多分俺の知る限り美緒しかいない」
「えー、そんなに褒められると困っちゃうー」
「褒めてない」ジロリと睨まれた。わー。こういうとこ、鬼よねー。「でも、お前の前向きなそーいうトコ、面白くていいぞ」
「役に立つなーって思ったら、デートしてね?」
「解った。いいだろう。さ、缶蹴り後半戦行くか」
あらかた食事も終えたので、後片づけに入った。他の子たちがてきぱきと片付けをしている横で、白雪お嬢はぼんやりしていた。普段は召使にやらせているから、どうしていいのか解んないのだろうね。私はその様子を撮影して、動画に残しておいた。さて、どうするのかな?
「白雪ちゃん、こっち手伝って欲しいー」
「あ、う、うん! 手伝う! 手伝うわ!! どうすればいいの? 教えてくれる?」
きゃー! 何その可愛い言い方!
ツンデレお嬢、グッジョブ!
お友達ができた途端、真人間になったのね!
およよよ。わたしゃ嬉しいよ。昨日までは大人を小バカにして、私の事ブスとか散々酷い事言って蔵にまで閉じ込めたあのクソ生意気娘が・・・・立派になったわねえええー。
ふふ。きっとお嬢のお父様もびっくりするに違いない。入江さん(お嬢の付き人執事)に聞いておいた連絡先へさっきの動画を流し、早くここへ来るように伝えた。今日は絶対に来て貰い、お嬢の活躍を見て貰わなきゃ! きっと驚いちゃうわよぉー!
動画なんかじゃなくて、本当に楽しんでいるお嬢の姿を。
食事の片付けも終わり、後半戦。次からは容赦しないわよ。をーほほ。もうお嬢に華は持たせなーい!
本気ダッシュしていると、お嬢が横に並んで文句を言ってくる。「美緒ったら大人げないわねっ。小学生相手なんだから、手加減しなさいよっ」
「は? 手加減したらアンタ怒るじゃん」
「次もまた皆を守るって約束したのよっ。美緒が私を捕まえたら、約束守れなくなっちゃうでしょ!」
お。ブスから美緒(名前呼び)に昇格した。
まあ、今日の朝猛烈説教したから、多分もうブスとは言われないと思うけどね!
「マジの勝負に大人も子供もないのよっ。負けたくなかったら全力でかかって来なさい!」
お嬢との距離を絶妙に詰めつつ、陣地まで走った。
「ドジ美緒は、さっきみたいに転んで中松さんに抱き着いてなさいっ」
「はっ。言ってくれるじゃん! そのドジに命乞いしているのは誰!?」
「命乞いなんかしてないしっ」
「わざと負けてぇーって泣きついてるクセに」
「してないわようっ!」
お嬢が顔を真っ赤にさせて子供らしく怒った。
あー。ムキになっちゃって。やれやれ。私を見ているみたいだ。
少し、中松さんの気持ちが解った。
時には加減し、時には絶妙に抜き去ったり、相手優勢の攻防を繰り広げた。
今日だけは負けてあげる。でも、次の勝負(特に中松さん絡み)はぜーったいに負けないからね――そんな風に思いながら勝負を楽しんでいると、待ち人来たれり。
入江さんに写真を送って貰っていたから、よく解った。
あちらの方から誰かを探しながら焦って走ってくる彼は――五条武成さん。白雪お嬢のお父様だ。
「すきあり―っ!」
今は、白雪お嬢が鬼だ。私は彼女から早足で逃げ去り、わざと大声を上げながら、かあーん、といい音を立てて陣地内の缶をけ飛ばした。それは狙い通り、五条さんの足元に転がった。
「美緒蹴りすぎだから――! あーっ、すみませんその缶拾ってくださ――」
白雪お嬢が缶を追いかけながら、遠くからやって来た彼の顔を見て、時を止めた。
「おと・・・・うさま・・・・?」
「白雪! 無事だったのか!!」
「えっ、無事? ってどういう意味――」
お嬢はお父様に抱きすくめられた。「本当に良かった・・・・!」
「ちゃんと約束を守って、すぐ、おひとりで来ていただけましたね? まさか警察に通報なんかしていませんよね?」
声を掛けると、白雪お嬢を抱きしめ、その小さな胸に顔を埋めるようにしていたお父様が、はっと顔を上げた。「警察には言っていない! 言われた通り、一人で来た! だから頼む! 娘だけはっ。娘だけは返してくれ!! 金なら幾らでも支払う!」
「よろしい。ちなみにお金なんか要りません。では、次の条件を言います。娘さんを返して欲しければ、一緒に遊んで下さい。お仕事はもう、今日は休みです。このまま帰ったら、娘さんは返しませんよ」
「きっ・・・・君が誘拐犯なのか・・・・!」
「人聞きが悪い言い方はよして下さい。私は、白雪お嬢様の友人です。缶蹴り友達ですから。沢山、お嬢様のお友達もいますよ。みんなで楽しみましょう」
「だっ、騙したのか!! 大事な取引中だったんだぞ! それを――」
「娘以上に大事なものなんか無いんだよ!」今の台詞にカチンときたので、乱暴な言葉で話をブッたぎってやった。「そんなに大切なら、もっと白雪さんに目を向けられたらいかがですか! 彼女がどれだけ傷つき、悲しい思いをされていたか、考えた事あります? 無いですよね? 大事な取引を放ってでもここへ来られたのなら、まだやり直せます。因みにその放って来られた大事な取引なら、大丈夫ですよ。ご心配には及びません。入江さんがきちんと処理をしてくれています。ちゃんとお願いしましたから。お仕事に迷惑はかけないように配慮したつもりです」
にっこり笑って言ってやった。「今日の五条武成さんのお仕事は、白雪お嬢様と缶蹴りをしてめいっぱい楽しみ遊ぶ事、以上です。任務完了したら、解放してあげます」
「みっ・・・・美緒アンタ・・・・!」
お嬢の目がみるみる潤み、涙でいっぱいになった。
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