024 この男に勝てる日は来るのだろうか?
『何を言う! バカ! 本気にするな!! お前に辞められたら会社が回らなくなるっ。冗談も区別がつかないのかっ』
相変わらず中松さんのスマホからは、怒ったイチ君の声しか聞こえない。
それより、何という恥ずかしい発言。これで一国一城の主なのか!
中松さんを見習え! 仮にも社長だろ!
そう思うと、だんだん腹が立ってきた。
中松さんを何だと思ってんのよ、このポンコツ組長が!
気が付くと中松さんからスマホを引ったくり、イチ君に向かって啖呵を切っていた。
「甘えんな、コラ! 男だろっ! しっかりしな! そんな調子でこの先やって行けると思ってんなら、大間違いだよ! 一人でもやればできるってとこ、中松さんにちゃんと見せなよ! 今、中松さんはやっと貰えた休暇中なんだし、執事の仕事はお休み中なの。グリーンバンブーも超忙しいし、もう電話して来ないで。迷惑だから!」
言いたい事だけ言って、ブチ、とそのまま電話を切った。
はっと気が付くと、中松さんが私を見つめていた。
ぎゃをー。
やっちゃったぁあああ――!
言葉遣い悪すぎだって、絶対怒られる――――!!
「美緒」
「はっ、はいっ」
「カッコイイな、お前。見直した」
怒られると思っていたのに、本当に優しい顔を見せてくれて、ポンと頭を撫でてくれた。
「一矢様を叱れるのは、彼を特別扱いしない、美緒や伊織――緑竹家の者しかいない。これからも頼む。あの人はやればできるのに、ちやほやされて育ってきたものだから、それが身に染みて、やってもらって当たり前という癖がなかなか抜けないのが困った所でな。手を焼いていたから、助かるよ。まあ、俺も一矢様が幼い頃からずっと仕えてきたから、ついあれこれと世話を焼き過ぎた。だから、特に俺への甘え癖が抜けないんだ」
「そういうことなら任せておいて。どんどん叱るから。確かにイチ君に意見できるのは、私達家族しかいないかも」
「これからも頼む」
「オーケー」
あれ。これちょっといいカンジじゃない!?
うふふ。親密度一気にあーっぷよね!
私も挫けず頑張ろう。
貴方のハートをずぎゃーんと撃ち落とすその日までは!
言いたいことを言えてスッキリしたので、ご飯を食べるべく、二人揃ってグリーンバンブー店内に戻った。
「美緒、中松。何処へ行っていたの?」
「あ、裏でちょっと話し合いを」
「そう。早くお屋敷に帰らなきゃいけないから、今日の夕飯は全員店のカレーね。それより美緒、ちょっと」
「なに?」
ちょいちょいと手招きされて、お姉ちゃんに捕獲された。「美緒っ。首筋のソレ、なにっ」
うひゃあっ。もうバレてーら。
この印、そんなに目立つのかしら!?
「やだー。いつの間にぃー。中松ったら手が早いのね」
お姉ちゃんからこんな発言が聞ける日が来るとは。
初恋拗らせの新品だったのに・・・・。イチ君にすっかり女にされちゃったのね。
「や、そ、そんなんじゃないし。まだしてないよぉ。これは男よけだって、今さっき中松さんに付けられただけで・・・・」
「男よけ!」
お姉ちゃんにニヤニヤ笑われた。うう・・・・結構恥ずかしいなぁ。
明日、首元隠せるシャツ着るしかないよね。
「中松ったら、しれーっとした顔しているけど、保昭君の出現で、相当焦ったのね」
「焦っている風には見えなかったけど?」
「そうかなぁー。だってさ、保昭君の席に料理運ぼうとしたら、俺が行くってホールに出てったのよ。大したオーダーも無いのに。中松、何を言いに行ったの? 何か言ってたでしょ」
「あ、うん。美緒の彼氏の中松ですって言いに来てくれたんだ」
「他には?」
「どうぞごゆっくり、って。それだけ」
「ええーっ。そんな事言いにわざわざ席まで料理運んで行ったのぉー?」
お姉ちゃんは興奮して大きな声になっている。
「何を二人でコソコソ喋っているんだ?」
そこへ、中松さんが登場した。お約束だね。会話の内容を聞かれていないかヒヤヒヤした。
「カレー、よそっておいたから、早く飯にしよう。伊織は屋敷に戻って、一矢様の相手をしなくちゃいけないだろう。今の一矢様を放っておくと、大変な事になるぞ」
「ホントだ! 一矢が拗ねたら大変!」
お姉ちゃんが青ざめた。うん、組長は拗らせたら面倒だ。
「俺が居なくて今日は大変だったと思うから、せめて伊織が労ってやって欲しい。あの人を癒せるのは、お前しかいないから。言いにくいのだが、実はさっき、一矢様と少しトラブったんだ。落ち込んでいるかもしれないから、フォローを頼む」
「どうせ一矢が中松に無理難題言って、それを断っただけでしょ。大丈夫よ。任せておいて。一矢の扱いは得意なの」
「そうだな。伊織が付いていれば、一矢様は大丈夫だ」
とても、とても優しい顔で中松さんが笑った。
きゅーんってしちゃう! いいなあ、イチ君。中松さんにそんなに思われて。
でも、仕方ないか。
中松さんは、イチ君を本当に大事にしている。
ボロ雑巾で死にかかっていた所を拾ってもらい、仕事をくれたイチ君に忠誠を誓い、恩を返す為にって。まあ、実質声を掛けて助けを求めたのはお姉ちゃんだから、お姉ちゃんにも忠誠を誓っているとか、いないとか。
少し前まで、きっとお姉ちゃんの事、少なからず好きだったとは思うけれど、今は違うかな? なんとなくだけど、そう思う。
イチ君やお姉ちゃんには、もう十分恩を返していると思うけど、任侠世界の恩情は厚いから、一度決めた忠誠心はよほどの事が無い限り覆らない。
恐らく中松さんは一生、イチ君に仕えていくつもりなのだろう。
だからこそ、甘えるイチ君に強く出られないのかも?
ま、イチ君を叱ろうと思ったら、私やお姉ちゃんがいるからね。大丈夫っていうのも解っていると思う。ホント、先を読んでいるから中松さんはすごいよね。
はあ。この男に勝てる日は来るのだろうか?
多分ムリだと思うが、ムリと思って諦めたら試合終了。私は絶対に、負けないんだから!
数ある作品の中から、この作品を見つけ、お読み下さりありがとうございます。
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