吞兵衛女子達のガールズバレンタイン
バレンタインデーのチョコは、女の子が好きな男の子に贈るだけとは限らない。
所謂「義理チョコ」って概念があるから、妻も娘もいる家のお父さんも、会社でOLさんから貰ったカラフルなラッピングチョコを自慢出来る訳だし、堺県立大学に入学してからフリーな女子大生ライフを満喫している私こと蒲生希望も、無関係ではいられないの。
彼氏のいない女子大生にとっては、半ば社交儀礼的な義理チョコだけど、仲良しな女の子同士で互いにプレゼントし合う「友チョコ」に関しては、少なからず心が動かされるね。
だからこそ私は、最寄り駅である鳳のショッピングモールに設けられたバレンタインコーナーで頭を悩ませていたんだ。
私が「友チョコ」でバレンタインデーに参加するなら、県立大のゼミ友である台湾人留学生の王美竜さんに贈らない手は無い。
映研の自主制作映画へのエキストラ出演がキッカケで、美竜さんと私はスッカリ仲良しになって、今じゃゼミの集まり関係なしに呑みに行く間柄なんだから。
悩ましいのは、どんなチョコを贈るかって事。
「板チョコを湯煎したら、割と簡単に出来るんだね…」
売り場に陳列されている手作りキットに、何となく手が伸びてしまう。
とは言え、さすがに女友達の私から手作りチョコなんて渡されたら、美竜さんも困っちゃうだろうね。
かと言って、普通の市販品だけでも冴えないし。
「駄目だ…情報量が多過ぎて考えが纏まんない。」
カラフルにラッピングされたチョコレート達が、目にチカチカしちゃう。
それに気圧された私は、逃げるように食品売場を後にした。
-春物のアクセサリーかアイテムでも物色して、気を落ち着かせよう。
そんな思いで足を踏み入れた衣料品コーナーにヒントがあるなんて、思いもよらなかったよ。
「フウン…『バレンタインにペアルックのマフラーを』ねえ。」
バレンタインデーに便乗した、アパレル系テナントのキャッチコピー。
普段なら気にも留めなかったけど、今日に関しては目から鱗が落ちたよ。
考えてみれば、彼氏や旦那さんがチョコレートが苦手な人だった場合は、別な物をプレゼントするよね。
その人が本当に喜ぶジャンルのプレゼントを。
それって、友チョコにも応用出来ないかな?
「美竜さんが好きな物って言ったら…お酒か。」
少し考えたら、すぐに好物が浮かんだよ。
美竜さんは無類の酒好きで、男子学生なんて目じゃない底無しの飲兵衛女子なんだから。
お酒が好きな美竜さんなら、仮にチョコレートが好物じゃなかったとしても、ウィスキーボンボン辺りなら喜んでくれそうだね。
かくして訪れた、2月14日のバレンタインデー。
試験期間が終わったため、通学定期で中百舌鳥駅へ降りるのは久々だけど、今日の私の目的地は、県立大学の本部キャンパスじゃないんだ。
美竜さんの下宿は大学の近くだから、中百舌鳥で降りる必要があってね。
南海高野線の準急を降りたら、直ちに郵便局へ向って、ネット通販で頼んだ商品を引き替えたの。
一応はプチプチで包装して貰ってるけど、割るとパーだから気をつけないと。
とは言え、中身が液体で容器がガラスだと、随分と重たいなぁ…
「こんな事なら、美竜さんの下宿を配送先にした方が良かったかも…」
だけど、今更言っても後の祭り。
それに私が持ってかないと、意味がないからね。
何回か遊びに行った事のある、女子学生専用の賃貸マンション。
その軒先で、私は美竜さんに迎えられたんだ。
「いらっしゃい!上がってよ、蒲生さん。」
快活な笑顔を浮かべるエキゾチックな美貌に差した、仄かな赤み。
それが寒さに拠る物じゃないって事は、一目瞭然だった。
「もう呑んじゃってるの、美竜さん?お昼だよ、まだ!」
「今日は蒲生さんを待つ以外に予定がなかったからね。ボーッと町ブラ番組を見てたら、ついビールに手が伸びちゃってさ。」
講義やバイトがない日の美竜さんは、朝から呑んでるらしいからね。
呂律が回っているうちは、 酔ったうちに入らないんだろうな。
ほんのり桜色に顔の染まった家人に案内されて、私は美竜さんの下宿部屋に足を踏み入れたの。
女子大生らしい小綺麗で瀟洒な内装だけど、本棚に居酒屋探訪系のエッセイや漫画本が並んでいるのを見ると、「ああ、やっぱり…」って思っちゃうね。
それは裏を返せば、「持ってきたプレゼントを、喜んで受け取って貰える。」って自信にもなるんだけど。
「バレンタインの友チョコにウィスキーボンボンを持ってきたよ、美竜さん!それから、こっちはオマケのプレゼント。」
テレビの前に配置された、卓袱台風の脚の短いテーブル。
白いクロスが掛けられた天板に荷物を広げ、ようやく私は安堵の溜め息を漏らしたんだ。
「何だろ、オマケのプレゼントって…あっ、ワンカップ地酒の詰め合わせだ!凄い!この辺じゃ見かけない蔵元のもある!」
美竜さんの喜び様は、予想以上だったの。
全国各地の蔵元が自慢する、ワンカップ地酒の飲み比べセット。
所謂「カップ酒=おじさんサラリーマンのお供」という固定観念は、もう過去の遺物だよ。
若い女性客を取り込むために、可愛らしくてデザイン性の高い柄の印刷されたカップ酒が、密かなブームになっているんだから。
私がネット通販で買った地酒セットだって、プレゼントにするのが惜しい程に可愛いんだ。
北海道からは、キタキツネとラベンダーがあしらわれた道産子カップ。
米所の新潟からは、朱鷺カップ。
帝都の蔵元からは、凌雲閣と花やしきの飛行塔をデザインした浅草カップ。
三重からは、赤目四十八滝とウーパールーパーをデザインした、アホロートルの滝登りカップ。
愛媛からは蜜柑カップ、鹿児島からは桜島カップという具合に、全国各地の蔵元が地元の名物をカップにデザインしているんだ。
どれもカップの絵を邪魔しないよう、成分表示やバーコードといった夾雑物は全て蓋の部分に追いやる徹底振りだよ。
-飲み終わった後も、コップや花瓶として手元に置いて欲しい。
そんな蔵元の思いが、如実に伝わってくるね。
「この朱鷺カップ、限定物じゃない?雛鳥が卵から孵化してるもん!」
ああして可愛らしいデザインの物に喜んでいるのを見ると、美竜さんが私と同い年の女子大生だって事を、改めて実感するよ。
男子学生が唖然とする程の酒豪振りを目の当たりにしていると、つい忘れがちだけどさ。
「ありがと、蒲生さん!返礼と言ってはささやかだけど、ここでバレンタイン飲みと洒落込もうよ。」
そうして美竜さんが冷蔵庫から差し出してくれたのは、雛鳥がデザインされてない朱鷺カップだったの。
さっきの限定品云々って、そういう事だったんだ。
こうして女子大生2人差し向かいによる、バレンタイン昼呑みが始まったんだ。
「蒲生さんもウィスキーボンボン買ったんだね。ちょっと被っちゃったかなぁ…」
「さすがに美竜さんには負けるよ。薩摩焼酎のボンボン・ショコラなんて過激な物、近所のスーパーにはなかったよ…」
バレンタイン飲みとは言ったけど、私と美竜さんが交換した友チョコはあくまでデザート代わりで、焼き鳥缶や袋入りイカフライみたいな常備品がメインの酒肴だったの。
「箱買いしたビールにオマケで付いてくるんだ。刻みネギや玉葱と和えるだけで出来合い感が薄れるから、蒲生さんも試したら良いよ。」
美竜さんったら、カップ酒を傾ける仕草が手慣れているなぁ。
縁の分厚いワンカップって、普通のコップと同じ感覚で飲んだら戸惑っちゃうのにねぇ。
「ああ…確かに流行ってるもんね、缶つまって。」
缶入り焼き鳥の煮凝りみたいになったタレと脂がスライスされた玉葱にかかると、ちょっとしたディップみたい。
これがお通しで出てきたら、割とアリかもね。
それにしても…
こうして女子大生同士で缶つまを突きながらカップ酒を傾けるバレンタインって、不思議な感じがするよ。
それに比べて、ゼミ生同士で付き合っている虎姫大我君と日野音羽さん辺りは、今日なんかはデートでもしているんだろうな。
大阪の難波か中之島まで羽根を延ばして、冬の澄んだ空気に青く煌めくイルミネーションでも眺めたりして。
同じバレンタインでも、十人十色って事かな。
ところが、私のバレンタインは思わぬ急展開を見せたんだ。
他ならぬ、美竜さんの手によってね。
「そうだ!これから3駅先の堺東まで繰り出す気力はあるかな、蒲生さん?」
そう言って美竜さんがハンドバッグから取り出したのは、堺東の銀座通り商店街で営業している映画館のペア招待券だったの。
「良いの、美竜さん?こんなの貰っちゃって?」
「地酒セットのお礼だよ。それに銀座通りの居酒屋や飲み屋で貯めたポイントを引き替えた招待券だから、遠慮は無しだよ。」
そう言われて確かめると、チケットの白い裏面には「銀座通り商店会」の赤文字が捺印されている。
シネコンや大規模ショッピングモールが隆盛の昨今、町の映画館と商店街も対抗策として相互提携を始めているんだ。
「へえ…良いね、美竜さん!今日までなら堺東のイルミネーションもやっているし、県庁舎の展望も出来るよ!」
県庁舎の21階に設けられた展望ロビーからなら、ライトアップされた大通りやベイエリアの工場夜景だって一望出来るからね。
今日は空気も澄んで天気も良いから、大阪の舞洲辺りも良く見えるだろうな。
女子大生同士の友達デートも、まんざら悪くはないかもね。
「良いね、県庁舎の展望ロビー!見晴らしもコスパもバランス良し!それに、県庁の近くに良い雰囲気のおでん屋があってね!そこの出汁でカップ酒を割ると、美味しいんだ。七味唐辛子に良く合うんだよ。」
「ええ…映画の後も呑む積もりなの、美竜さん?」
ここまで来ると、病膏肓に入るって奴かな。
『でも、七味唐辛子をピリッと効かせた日本酒の出汁割りは、冬の町ブラで冷えた身体にジンワリと沁みて、きっと温まるだろうなぁ。』
こんな風に考える私も、LEDライトの青い煌めきより飲み屋街に揺れる赤提灯の明かりに魅せられるようになっちゃったか。
だけど、赤と青どちらの光も、澄んだ冬の夜に美しく煌めいているんだろうな。