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葉月の花嫁  作者: 亜璃
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プロローグ

 夏は暑い。それは道理で、当たり前のことだ。

 昔は八月は秋の扱いになっていたという。なんでも、一月から三月を春と定義し、それから1年を四分割すると、八月は秋になるのだ。

 こんなに暑いのに、どうして秋になるのか。昔の人の考えは理解できない。誰かに言うわけでもなく、当て付けのないくだらない疑問を頭に浮かべながら、長い石階段を登る。コン、コン、と軽く音を立てて階段を上る。

 石造りの古い階段は、少し苔を生えていて人があまり人が立ち寄った形跡があまりない。前日の雨で少し湿り気の残る階段は滑りそうで少し怖かったが、年寄りばかりしかいないようなこの街だからか、きちんと手すりがあることが何よりの救いだ。階段を登りきると、賽銭箱の前に座り込む見慣れた顔があった。

「お、アオじゃん」

「ヒナ、」

「お前が神社に来るなんて。なんか珍しいな」

 雨でも降るかな? 幼馴染のヒナ、佐々木緋夏は、俺が神社に来たのがそんなに珍しく面白いのか、ケラケラと笑いながら空を見上げている。わざとらしく、手のひらを空に向けて。

「お前こそ、何してるんだよ」

「俺?部活だよ、部活。というか、そんなムッとするなよ」

少しムッとした口調になったが、別にそれ程怒っている訳では無い。ヒナもわかっているのか、「ごめんごめん」と適当に言ってくる。

「いやー。今度の文化祭で出す広報誌でさ、部員がいくつかのテーマでエッセイ的なの書くんだけどさ、俺は『8月の花嫁』について書くつもりなんだよ」

「『8月の花嫁』? なんだそれ」

「え? 知らないのか?」

 まあ、普通知らねーかー。と勝手に納得する奏について行けない。『8月の花嫁』って、ジューンブライド的な、8月に嫁に出たら幸せになる的なジンクスだろうか、それとも逆に嫁に出ない方がいいとか。色々と思考したが、何ともしっくりとくるものは思いつかなかった。

「これだよ」

持っていた鞄から何やら本を取り出し、『8月の花嫁』を読ませてくれた。

 ざっくり読んだ所、内容は、所謂人柱みたいな伝説だった。日照りの強い夏に飢饉に襲われた村人が神に願ったところ、花嫁を差し出せば、救ってくれると言う伝説だ。一般的に、よくある話だった。

「ふーん」

 対して興味が湧かず、適当に話を流した。

「おいおい。そんな興味無さそうにするなよ」

 釣れないなー。と心のこもっていないヒナの声が返ってきた。

「これ、ただの人柱じゃないか」

「まあそうなんだけどな。でも、この話気持ち悪いんだよ。飢饉が治まった事やこの伝説はあるのに、花嫁はまるで存在が消えたかのようなんだ」

「……名前が残ってないだけじゃないか」

「普通そう思うよな。でもな、普通だったら生贄になった人の慰霊碑とか建てるもんなんだよ。だって、怖いじゃん。祟られるの。でも、ないんだよ。一切」

 だから、調べるのが面白いんだけどなー。とヒナは本を鞄にしまった。

「じゃあ、俺はもう行くけど」

「……なんだよ」

 俺の顔をじっと見つめるヒナはちょっとだけ怖かった。何かを見透かすような、そんな目だから。

「いや。あんま無理すんなよ」

 何に対して言ったか、俺にはすぐわかった。返事をする前に、ヒナは軽快なリズムで下に降りていった。しばらくその場でぼーっと神社の社を見ていると、

「お願いですか?」

 突然、後ろから声をかけられ、ビクッと身体が反応してしまった。トン、と杖を地面につき、僅かに崩れたバランスをとる。

 ゆっくり後ろを振り向くと、そこには巫女がいた。まさか、こんな寂れた神社に巫女がいたとは想定外だった。

「いえ、そう言うわけではないんですが」

「さっき、8月の花嫁の話をしてましたね。先ほどの方も、こちらに尋ねられていたんですよ」

「そうですか。……あの、何か俺の顔についてますか」

 巫女は俺のことをジッと見つめる。居心地の悪い、疑うような目だ。

「いえ。何か、あの話を気にしているようだったもので」

 疑いじゃない。全てを見透かされている。身体がその場に釘を打ち付けられたような感覚だ。少しでも動こうなら、その目にいぬかれるんじゃないか、そんな感覚だった。俺は観念して、話をすることにした。

「……話しても、信じてくれますか」

「信じるかどうかは私が決めることです。ですが、話さなければ、信じるも何もありません」

 筋は通っているが、どこか横暴な意見だ。それでも、俺は何故か、信じてくれるんじゃないかという少しの根拠のない確信を持っていた。

「姉が、失踪したんです。いろんなところを探し回って、知人にも聞いたんです。でも、姉は、」

息が詰まる。呼吸するのが辛い。穴という穴から冷たい汗が伝い、全身を冷たくしていく。

「失踪してから」

それはきっと

「存在しなかったことになってるんです」

俺がまだ、その事実を受け止めきることができていないからだ。


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