第5章 大切な存在
1週間眠り続けた幸仁は久しぶりに大学へ行ける事になり支度をしていると、朝姫が羨まし気にこちらを見ている事に気付き申し訳なさそうに俯くと、すぐに顔を上げ何か言おうと口を開いた途端彼女の携帯が鳴ったので朝姫は慌てて出ると、
「若藤さん! 私達今マンションの前にいるから一緒に学校へ行こう!」
とクラスメイトが元気な声で言っていたので困惑していると玄関のドアが開き桔平が入って来たので相談すると彼は、
「朝姫ちゃんは学校には行きたくないの?」
そう尋ねたので彼女は少し間を開けてから、
「い、行きたい……です」
と答えると彼は優しい笑みを浮かべ、
「じゃあ早く支度をしないと遅刻しちゃうよ?」
そう言われた朝姫は目に涙を溜めながら、
「はい……!」
と返事をしてクラスメイトに待ってもらうよう言ってから制服に着替えカバンを持って嬉しそうに部屋を出ると、クラスメイト達と合流し学校へ向かいその様子を見ていた幸仁は嬉しそうに微笑みながら、
「あの子達にここの場所教えたのってお前だろ? 朝姫ちゃんが大事なのは一緒だな」
そうからかうように言うと桔平は照れたように右の拳で顔を隠しながら、
「あ、当たり前だろ……朝姫ちゃんは僕の妹みたいな子なんだから」
と赤面しながら言っていたので幸仁は含み笑いをしながら、
「桔平も照れることがあるんだな」
そう言われたので桔平はさらに顔を赤くしながら大きな声で、
「ぼ、僕だって感情くらい出すよ!」
と言うと笑いながら謝る幸仁にクッションを投げていると次は桔平の携帯が鳴ったので出ると、彼の父親が真剣な口調で、
「桔平、あの薬を持ち出したようだな?」
そう開口一番言われた桔平は何か言い訳を言おうか考えたが思いつかず口元を引き締め落ち着いた口調で、
「親友の危機でしたので」
と言うと父親の井野 忠人はため息をついて少し間をおいてから、
「お前に話がある、今日の大学は休みなさい」
そう言われたので桔平は重い気持ちで返事をすると通話を切り長いため息をつくと、横で心配そうな面持ちで待っていた幸仁が、
「大丈夫か?」
と尋ねてきたので桔平は彼の鼻をつまんでから笑顔で、
「大丈夫だから心配するな! ちょっと父さんに呼ばれたから今日学校は休むけど、幸ちゃんはそろそろ行かないと遅れるよ?」
そう言うと彼は少し渋ったが立ち上がりカバンを持つと、
「何かあったら絶対に連絡しろよ?」
と言って部屋を出ると学校へ行き残された桔平はまた長いため息をつき、頭をガシガシと掻いてから立ち上がり部屋を出でて鍵をかけマンションを出ると、自家用車に乗り父が社長を務める会社に行くと受付の女性に通してもらい、社長室までの直行エレベーターに乗り最上階へ行くと会社の役員の人達に会釈しながら部屋のドアの前まで行くと一度深呼吸をしてドアをノックすると、
「失礼します」
そう言って中へ入り後ろ手でドアを閉めると腰の辺りで手を組み、忠人が言葉を発するまで待っていると彼は顔を上げず書類に目を通しながら、
「座りなさい」
とだけ言われた桔平は素直に従い近くのソファーに座るとしばらくして隣待っていた秘書の田宮 一孝に書類を渡し席を立つと、
「当分の間誰も部屋に通すな」
そう仏頂面で言うと秘書は低く頭を下げながら、
「かしこまりました」
と言って部屋を出ると忠人が桔平の前のソファーに座り、
「ここ何年かマフィアにいた青年と仲が良いらしいな……水の言霊使いだったか」
そう意表を突かれた桔平は驚愕の面持ちで、
「どうして……」
と呟くと忠人は恐ろしいほど真剣な表情で、
「忘れたか? 彼も我々の被検体だったんだ、行動くらい把握している」
そう言われた彼は恐怖心に駆られ唾を飲み込むと気を取り直し父を睨みつけるように、
「それで? 薬を勝手に持ち出した僕に罰を与えるんですか? 昔のように」
と震える手を押さえつけながら握りながら言うと忠人は口を歪ませるように笑うと、
「アレはもうしない、ただ聞きたいことがあっただけだ」
そう言われた桔平は居住まいを正してから眉根を寄せると、
「聞きたい事……ですか?」
と尋ねると忠人は一つ頷いて桔平と目を合わせると、
「あの青年に投与した試作品はどのような効果を出した?」
そう聞かれた桔平は座ったまま目眩を起こしたように頭が混乱していると忠人は嘲るような笑みを浮かべて、
「やはり知らなかったようだな、まあお前がこのプロジェクトを知ったのはまだ子供の時だったし、その後すぐに施設が閉鎖されたから当然か」
と落ち着いた口調で言っていたので桔平は驚きのと恐怖の余り勢いよく立ち上がるがすぐに腰を降ろすと、高鳴る心臓を落ち着かせるように深呼吸を何度かしてからまた父を睨むように見据え、
「彼に薬を投与した後1週間ほど眠り続け、目立った異変もなく目を覚まし今は大学へ行っています」
そう言うと忠人は頷いてから、
「そうか、では彼が眠っている間は朝姫が看病をしていたという訳だな?」
と考え込みながら呟いていたので桔平はさらに動揺しながら、
「ど、どうして父さんが朝姫ちゃんの名前を知っているんですか……? このプロジェクトは彼女が最後で……身寄りのない子を連れて来たと言っていたじゃないですか」
そう声を震わせて尋ねると忠人は再び邪悪な笑みを浮かべ、
「そこまで驚く事でもないだろう、売り渡したとしても実の娘の名を忘れる訳がないからな」
と言っていたので桔平はさらに混乱して立っているのかさえ分からなくなっていて、頭を抱えながらさらに震える声で、
「朝姫ちゃんが僕の妹……? で、でも生まれてすぐ病気で死んだんじゃ……?」
そう呟いているといつの間にか桔平の背後に立っていた一孝が手刀で眠らせると忠人が、
「ご苦労、これを今すぐあの場所に閉じ込めておけ」
と指示を出すと一孝はまた深く頭を下げると、
「かしこまりました」
そう言って桔平を抱え上げると部屋を出て行き一人になった忠人が、
「さて、水の言霊使いがどう出るか……だな」
と独り言を呟いていたのだが彼以外誰一人いない部屋にただ響いただけだった。
それから3週間が経ちカフェにも学校にも顔を出さない桔平が心配になった幸仁は、もう何度もかけた彼の電話にもう一度かけるが相変わらず出ないので、少し苛立っていると不意に電話が鳴り驚いて落としかけるが慌てて持ち直し、液晶画面を見てみると桔平の名前が出ていたので慌てて出ると声を裏返しながら、
「桔平⁈ お前今どこに居るんだよ!?」
そう大声で尋ねると彼は申し訳なさそうな声で、
「ごめん幸ちゃん! 場所は言えないけど僕は元気だから安心して! 後、学校にはもうしばらく休むって言ってあるから僕が上げたアレで癒されててね?」
とだけ言うと切ったので幸仁はふと出逢た時にマスターを含めて作った約束を思い出しカフェまで走って戻ると、
「マスター、すみませんアレをもらえませんか?」
そう言うと全てを察したマスターが真剣な面持ちで、
「少々待ってくださいね」
と言い店の奥に行くとタイミングよく朝姫が帰って来たので彼女がドアを閉めると同時にマスターが大きな機械のレバーを降ろすと、店のシャッターが一気に全部降ろされ静電気に包まれるたので 朝姫が驚いると幸仁が真剣な面持ちで、
「今から詳しい事を話すね、端的に言えば桔平が親父さんに拘束されてる」
そう言うと朝姫は目を見開きながら、
「ど、どうしてですか?」
と動揺しながら尋ねると彼はさらに、
「多分、俺達言霊使いの事を深いところまで話したんだと思う、だから情報が漏れないように拘束されたんだ」
そう言っていると朝姫はうろたえながら、
「じ、じゃあどうすればいいんですか?」
と聞くとマスターが前に出て来て、
「私達で助けに行きます、桔平君の父君である井野 忠人は家族をプロジェクトの実験台にするほど冷酷無比な男です、桔平君にも危害を与える可能性もあります……そうなれば私は感情を殺す事が出来ません! たとえ部下だった者がいようとそれは変わりません」
そういつもとは違う険しい目つきで言っていたので朝姫は驚いて怯えていると、それに気付いたマスターが少し申し訳ないような顔つきで、
「すみません……今までは黙っていたのですが私も実はマフィアにいたんです、二つ名はメガネフクロウ……チャイロモズツグミの元ボスです」
とカミングアウトされた朝姫は呆然としたあと気を取り直し、
「あ、あの百の目を持つ体術使いの……?」
そう尋ねるとマスターは大きく頷いて、
「はい、本名はストレ・ヴェーレスと言って、プロジェクトの第2期被検体で唯一の成功者です」
と落ち着いた口調で言うが朝姫はあまり理解していない様子で、
「プロジェクト……? 被検体……?」
そう呟いているとストレと幸仁は顔を見合わせてから、
「何も知らないの? 研究者達に聞いてない……?」
と聞かれた朝姫は混乱して頭を抱えながら、
「ど、どういう事ですか⁈ 私何も……」
そう言いかけた途端急に頭痛がおそい足に力が入らなくなってよろめくので幸仁が支えると、朝姫は全てを思い出し大粒の涙を流し出したので2人が困惑していると朝姫が、
「私は……最後のプロジェクト被検体で初の完全体……生と死の言霊を使える者……」
と呟いてから声を震わせながら、
「そして……井野 忠人の娘で桔平さんの……妹」
そう言うと幸仁に縋りながら、
「全部、思い出しました……私がどのマフィアにも属さない、属してはいけない理由……私が一つのマフィアに居ればこの国の均衡が崩れてしまう、闇の界隈から政治の世界まで……私は、私は存在してはいけないんだ……‼」
と言いながら涙を流している彼女を幸仁が抱きしめると朝姫は目を見開いて黙り込むと、幸仁は落ち着かせようと落ち着いた静かな声で、
「大丈夫、そんなの関係ない……俺達にとって朝姫ちゃんはとっても大事な存在なんだ」
そう囁くと朝姫は安心したのか幸仁の背中に手を回し大声で泣いた。