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杏、丹羽の屋敷を訪れる

side 杏

「教えても良いけど、お屋敷には近づけないよ」

「信長様が丹羽様の屋敷に近づくことを禁止したからね」

私は清洲に来て、気の良いおばさんに丹羽の屋敷を聞いた答えだった。

え?何故?

話を聞くと、家来志願の若者が集まったり、神子に会いに怪我人、病気人が集まったりと騒ぎが起こった為、信長が丹羽の屋敷に近づく事を禁止したのだ。

一部の織田配下の武将だけが許可されているらしい。

つまり私は普通に丹羽長秀に会う事が出来ない。

半兵衛様の書状を渡せない。

どうすればいいの?

「見に行くだけだから」

とおばさんに言って丹羽の屋敷の場所を教えてもらった。


「何これ?」

教えてもらった丹羽の屋敷に来て、私は(つぶや)いてしまった。

屋敷に近づく者は誰もいない。

しかし、明らかに忍びらしき者が2~3人、屋敷を見張っていた。

いつまで経っても動こうとしない木陰で物を売る行商人が2人。

家の中から外の丹羽の屋敷を見つめている人の気配が1人

パッと見には解らないがお互いに忍びたちは牽制(けんせい)をし合っている。

忍びの全員が織田だけではないようだ。

どこ?織田?松平?

丹羽長秀はどれだけの注意人物?

物売りをしていた者が近づいてきた若い女と話を交わし入れ替わった。

交代で見張っているの?

これでは夜も忍びの監視が途切れそうにない。

闇に(まぎ)れて屋敷に近づく事も出来ない。

屋敷からは笛、太鼓の音が(にぎ)やかに聞こえるが、屋敷の前は人の通行の無い異様な空間があった。

「ダメだね。どうしょうか?」

私はその日は(あきら)め、明日の朝早く屋敷に来る事にした。


私は朝日が出始め、薄明るくなった時間にまた丹羽の屋敷に来てみた。

朝早いのに、相変わらず3~4人の忍びの気配があった。

丹羽の者は監視されている事を知っているの?

私が少しの間、屋敷の入り口を見つめていると、戸が開き少女が1人出てきた。

あ!あの子は!

私は少女に向かって駆け出した。

「はるちゃん、いつになったら長秀様に会わせてくれるの?」

「待ちくたびれて屋敷に来ちゃった」

私は声を掛けて、彼女の手を握った。

彼女は驚いていたが、直ぐに理解したようだ。

この前、私を見つけ出した丹羽の女忍び。

私の顔を覚えていてくれたみたいだ。

「ごめんね。待たせて」

「長秀様はまだ朝の支度が出来てなくて」

「チョット中に入ろうか」

彼女は私の腕を掴み、屋敷の中へ引き入れた。

『やった!中に入れた!』

丹羽は美少女を集めている。

尾張の少女たちが丹羽の屋敷に入りたがってるという話をおばさんから聞いていた。

少女がツテを頼って丹羽の屋敷に押しかけた。

不思議ではない設定だ!

私は成功した!


ひやっ、首筋に小刀が当てられた。

「どういうつもりですか?斎藤の間者さん」

「せっかく長秀様に助けてもらったのに」

「私は許さないけど!」

彼女は優しく微笑んでいたが、声には殺気があった。

早かった!気がつけば背後に回られ、首筋に小刀があった。

私は何も出来なかった。

「私は竹中半兵衛様より丹羽様に書状を渡すように命ぜられ、ここに来ました」

「刃物をどけて下さい」

私の話しに彼女の殺気がスッと消えた。

「分かったわ」

「丹羽に何かをする意志は無いのね」

首筋の小刀は降ろされ、そのまま背中に押しつけられた。

「長秀様はお出掛けになっていますので無駄足でした」

「書状は私が受け取る訳にはいきません」

「私は野菜を買いに今から出かけます」

「あなたは私の友達としてここに来たのなら、私について来なさい」

「宿が分かれば後で連絡します」

長秀は留守なのか。

仕方ない、帰りを宿で待つしかなさそうだ。

「葵、その娘は何者だ!」

急に屋敷の奥から声が上がった。


俺は鈴たちに海産物を食べさせようと朝早く1人で清洲の屋敷に転移していた。

屋敷に戻ると入り口で物音が聞こえたので見に行くと葵が1人の少女を捕まえていた。

「葵、その娘は何者だ!」

俺は葵に声を掛けた。

暗殺者?いや狙うなら深夜だろう。

ん?この前の娘か。

「え?長秀様、お帰りになったのですか?」

葵が驚きの声を上げる。

「うん。お土産を持って来た」

「直ぐに戻るが………」

「何があった?」

葵は娘を後ろ手で床に(ひざまず)かせた。

「前に長秀様に『離間計』を仕掛けた少女を捕らえました」

「やはり竹中の忍びでした」

「竹中の書状を持って来たと言いますが如何(いかが)致しましょう」

ふたたび葵は娘の首筋に小刀を当てた。

「四郎は?居ないか?」

葵が(うなず)く。

「分かった。娘、名は何という?」

娘は死を考えいないようで、俺をしっかり見つめる。

「伊賀ろ組組頭百地の娘、杏と言います」

杏は声に震えもなく答えた。

半兵衛は伊賀者を使うのか。

「分かった。葵、手を離せ!」

「杏、不審な動きをすれば切り捨てる。分かっているな」

葵は首筋から小刀を離し、杏を自由にした。

「で、半兵衛からの書状を(あず)かろう」

杏はゆっくり胸元から書状を出し、葵に渡した。

葵が俺の元に書状を持って来て、直ぐに杏の背後に戻った。

俺は書状を開き、軽く目を通した。

「半兵衛が会いたいと?」

杏は俺の問いに(うなず)いた。

書状には『会談したい』『日にち場所は希望に沿う』と書かれていた。

この状況で半兵衛に直ぐに会うことは出来ないな。

「杏、伊賀者が何故、半兵衛に従う?」

「伊賀と竹中の領地は離れているだろう」

俺の問いに杏は顔を伏せ、小さな声で話し出した。

「伊賀の里は貧しい所です」

「土地が()せていて米が作れない」

「皆、いつも()えています」

「水を取り合い、里の中はいつも争っています」

「私たち伊賀者は生きるため生命を売るしかないのです」

「忍びの仕事が有れば、私たちは美濃でも何処へでも行きます」

「そして伊賀者同士、殺し合うことも………」

最後には聞こえないほど声が小さくなった。


伊賀の里は土壌が悪く大和[奈良]に近いため、時の有力者、寺社勢力にいいように使われて、伊賀者は外に生きる(すべ)を探して里を出るのだと。

他所者(よそもの)だから忍びという裏の仕事でしか生きていけない。させてくれない。

その為に小さい時から忍びの訓練を受けていると杏は話した。

「なら、お金を出せば、杏は俺の仕事もしてくれるのだな?」

俺の問いに杏は

「え?」と驚きの声を出した。

「後ろにいる葵も忍びだし、俺は忍びの能力、杏の能力も認めている」

「俺は能力の有る者は使いたいと思っている」

「半兵衛殿が会いたいと言っているのなら、今は敵対関係ではない」

「休戦ということで、仲良くやろう」

「そして今すぐ半兵衛殿には会える状況ではないから」

「会えない状況にしたのは杏、お前にも責任があるんだからな」

「気づいていると思うが、俺は信長の忍びに監視されている」

「悪いが杏、美濃と尾張を行き来して俺と半兵衛殿を(つな)いでくれ」

「つまり行動するのは少し待ってくれという意味だ」

「分かるか?」

杏は(うなず)く。

「よし!杏と俺は友ということで」

「俺は少しやる事があるから、葵と一緒に茶でも飲みながら伊賀の話を葵に聞かせてやってくれ」

「美濃の事は話す必要はない」

「俺は美濃より伊賀の方が興味があるからな」

「葵、杏を頼む」

「杏は葵の友達で遊びに来た事にして皆に伝えろ」

俺は葵に後の事は任せ、楓たちを連れに漁村に戻った。

「用事が出来たから清洲に戻る」

と楓たちに話すと

楓たちは驚いたが、いつもの事だと直ぐに(あきら)めてくれた。

その日は清洲の屋敷で2日連続の海鮮バーベキューをすることになった。








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