桶狭間の戦い、どうするの?
「楓、ワシと深澤、いやユージ殿に酒を注いでくれ」
信長は湯呑みを楓に差し出した。
「今は17かもしれないが、昔は呑めたのだろう?」
顎をしゃくって、俺にも呑むように促した。
俺も湯呑みを差し出した。
美少女に酌をされるのは、良い気分になる。
あ!美少女というのではなく、綺麗な女性という意味ですよ。
湯呑みの中の酒は白く濁り、アルコールの匂いをぷんぷん漂わせた。
匂いからすると、かなり強い酒のようだ。
信長はぐいっと一息で酒を飲み干した。
「向こうの世界では普通に呑んでいましたが、この世界に来て呑んでいないので」
俺は遠慮して湯呑みを置いた。
信長には聞きたい事が山ほどある。
「酒など呑んでいる気分ではないか?」
信長は俺の顔を見て笑った。
「楓、ユージ殿は大切な御客人だ」
「今宵は2人だけの無礼講とする」
「ワシに誰一人取り次ぐことは許さん!」
「は!」
楓は幼女2人を連れて部屋から出ていった。
楓は戸のそばに控え、誰も入らないようにするだろう。
信長とすれば、今からする話は聞かれてはまずいのだろう。
「ユージ殿、何から説明すれば良いかな?」
「織田信長って、こっちの世界での設定ということで良いですよね」
「先ほどにも言ったが、ここはワシの仮想世界だ」
「この世界に来て6年ですよね」
「それなら歳は24~5ですか?」
俺は首を捻った。
「桶狭間の戦いにズレが生じたのですか?」
「いや、ズレは無い!」
「信長の青年期に桶狭間の戦いがあった様なイメージだが、実際は20代後半の出来事なのだ」
信長は苦々しく言った。
人生50年の設定で20代後半での桶狭間の戦い!
歴史を知っているから、本能寺の変は回避出来るが、仮想世界で織田信長の天下統一は難しいのではないか。
時間が足りない!
仮想世界は元の世界の4倍の速さで時間が流れる設定になっている。
つまり元の世界の1年が仮想世界の4年。
4秒毎の時計の針が進んでいる感じになる。
物理的に仮想世界だけを切り離して、時間を速くすることは不可能とされている。
「生まれた時から1日が6時間なら、それが普通として人生を過ごしてしまう」
という事なのだ。
介護施設としては50年も60年もVR介護でベットを使ってもらう事は出来ない。
12〜15年が限界なんだろう。
介護も商売なのだ。
「織田軍は弱い。弱過ぎるのだ!」
信長は手酌で湯呑みに酒を注ぎ、また一息に飲み干した。
「尾張は東国武士のようなプライドが無い、豪雪武士のような粘りも無い」
「撃たれ弱く、崩れ易いのだ」
信長は前のめりになって顔を近づけてきた。
うっ!酒くせー!
俺は黙って話を聞くしかなかった。
「ワシは今川義元に討たれる」
「え?確か歴史では奇襲をかけて、今川義元の首を取る筈では?」
「そう、史実では奇跡の逆転劇で織田信長の名は全国に轟く」
「そして今川義元亡き後、織田と松平は同盟を結び信長は京に向かう」
「史実では!」
何が違うのだろう。
織田軍は今川軍に負けるのか?
「奇襲が出来ないのだ」
徳利を掴み、湯呑みに酒を注いで。
「馬を急がせても、雑兵とともに陣形を組んでいれば、2時間で10kmが限界なんだ」
「疲れた状態で突撃しても、義元の首を取る前に日が落ちてしまう」
「あ!」
「日が落ちて暗くなれば義元を見つけることが出来ず、奇襲は失敗に終わる」
4倍の速さで時間が流れるからといって、馬や人間が4倍の速さで走ったり動いたり出来る訳ではない。
どうやっても大逆転劇の桶狭間の戦いは不可能なのだ。
そして弱い織田軍は今川軍に負け、信長は討ち取られるのか?