ココは何処ですか?
シロク教官に斬り掛かったまま誰も動かない。
時間が止まっている。
コンピューターの故障?
昔、仕事で無理をして倒れた時の様に目の前が白くなっていく。
このまま俺は死んでいくのか?
せっかくのアリスとのリヤ充の学院生活が……終わるのか。
薄暗い場所に立っていた。
グラウンドではない。
懐かしい木の香。
ピンと張りつめた空間。
ここは部屋の中だ。
ん?誰だ?背後から何者かが。
「痛っ!」
右手首を捕まえられて、後ろ手に腕を捻じられた。
ゆっくりと右手に持っていた物が奪い取られると。
ガタン!何かが落ちる音。
頭を後ろから押され、腕を捻じられたままその場にひざまづいた。
「くそ!何をするんだ!」
力づくで振り解いてもよかったが、されるがままに様子を見ることにした。
「楓、大丈夫だ!」
「その者はワシに危害を加える気はない」
男の声。着物??
「一体なんなんだよ!」
「あんたは一体何者?」
俺が叫ぶと頭を押さえた手に力が入り押し潰される。
おい!苦しいぞ。
俺は何もしていない筈だ。
「楓、もういい、辞めなさい!」
「ユージ殿はワシの味方になってくれる大切な御仁なのだ」
頭と腕を掴んだ力がすーっと抜けた。
え、ええ!俺の名前を言った。
俺の名前を知っている。
「ユージ殿すまなかった」
「剣を持って突然現れたので、楓が反応してしまったようだ」
俺は訓練用の剣を持ったまま、ここに来たのか。
突然のことに動揺していたが、あっさりと剣を取り上げられたな。
「ユージ殿、本当にすまなかった」
ひざまづいている俺に男は手を差し伸べてきた。
敵か味方か分からない相手に手を出されても。
俺はそのままひざまづいていることにした。
着物を着た若い男。
「状況が掴めていないかな、深澤さん」
訳が解らないに決まっているだろう。
で、何故本名を知っているんだ。
「ここはワシの仮想世界、戦国時代のワシの屋敷の中や」
「まぁ、直ぐには状況が理解出来ないだろう」
「固い板の間で悪いがゆっくりと話でもするか」
男はその場に座った。
「楓、白湯でも持ってきなさい、漬物も一緒に」
「ユージ殿の分も忘れずに持ってくるように」
俺の分もあるんかい。
諦めて、男と対面して座った。
「あなたは一体何者ですか?」
「まぁ、慌てずに」
「確認したいのだが、深澤雄司さんでよかったかな?」
「向こうの世界での本名ですが、何故知っているのですか?」
「私の名前は神村卓也。病院と介護施設の理事をやっていたんだが」
ん?介護施設の元理事?
「まぁ、軽度の肺ガンなんだが、やっぱり苦痛は嫌でな」
「65過ぎてガンとの闘病生活より、VR介護モニター的な……」
「VR世界の状況の調査、報告をしているという事なんだが……」
男は苦笑いしながら、言いにくそうに呟いた。
「職権を濫用して娯楽として、このVRの世界に居るって事なのか?」
俺は声を荒げてしまった。
「娯楽?いやいや6年もヘッドギアを被ってベットに寝ていれば、両手両足の筋肉は落ちてしまって、向こうの世界の復帰は無理だな」
「脳障害の確認のため定期的に意識を回復させられてるだけだな」
「まぁ、納得してこの世界に来ているがな」
男は何かを思い出すように呟いた。
6年、VR介護が始まって直ぐにこの世界に居るって事か。
意識を戻されるのも辛いな。
頑張って生きていても、この世界が偽りの世界だと思い知らされるだろう。
俺なら残虐な行為を起こしそうだ、どうせ殺してNPCだからと。
「楓、入ります」
戸がサッと開き、楓が2人の幼女を連れて入ってきた。
楓は徳利が乗った御盆を持ち、幼女は湯呑みと漬物。
「お館様の大切な御客人であれば、白湯よりお酒の方が良いと思いまして」
頭を深々と下げ、徳利が乗った御盆を差し出した。
「よく気がついた!」
「こっちの世界は17歳に白湯など無礼であったな」
俺のファンタジーの世界も16歳を大人として扱っていたから、お酒は時々呑んでいたけど日本人同士だと未成年にお酒はいけないと思っちゃうよね。
気にしなかったけど、良く見ると楓はかなりの美少女だ。
男や幼女と比べて肌の色が白い、これが透明感?
アリスが太陽のような華やかな明るさなら、楓は月のような涼しげな優しい明るさ。
アリスほど身体にメリハリはないけど。
「ん?楓のことが気に入ったかな」
あれ?俺そんなに楓を見つめていたか?
これだけ可愛いなら仕方がないでしょう。
姿勢が良いせいか、顔が小さいせいか背が高くみえる。
「楓は幼き頃から大切に育てた忍びだからな」
「歳は16だが、そこら辺の男より強いぞ」
忍びだから俺を背後から取り押さえられたんだ。
まったく気配が感じられなかった。
「俺はここへ何をするために呼ばれたのですか?」
男はにっこり笑って
「ワシの名前は織田信長じゃ」
「来年、桶狭間の戦いが始まる!」