52.
長めの夏休みになってしまいました(汗
また不定期ですが更新しますので宜しくお願い致します。
「ん────……」
アリアンナは誰もいない図書室で固まった背中を伸ばすために思い切り伸びをした。
今日はお目付け役のサーシャが追従してないからこそ出来る少し行儀の悪い仕草だ。
つい大好きな読書と提出する論文作業に夢中になり、お昼をとう過ぎてしまっている。
窓の外に目をやれば午後の授業へ他の生徒たちが忙しなく移動を始めていた。
お昼を食べそびれたことを思い出すと急にお腹が空いていることに気付く。
あの怒涛の婚約式から二ヶ月、アリアンナの生活は大きく変わっていた。
何と王立魔術学院に無事入学して通うことが出来ている。
その上、王宮と裏通路で行き来が出来る今居る小部屋を下賜されたり、途中入学のうやむやに乗じて正式発表されていないデルヴォークの婚約者という立場も極一部の者にしか知らされていない。
この部屋は三階の大図書室に付随したもので、魔術省が王宮付きだった頃の名残で王宮魔導士が使用していたものだ。
魔術省が王立魔術学院と共に独立をしたために通路ごと埃を被っていたのをデルヴォークが思い出し、アリアンナへ贈ってくれた次第だ。
デルヴォークが思い出すのも変な話だが、彼曰く「自分が住んでいるところに知らないところがあるのは気持ちが悪い」との王宮散策の成果らしい。
それから身分を明かさないという特別待遇を加え、途中入学の恩恵は入学直後にありがちな自己紹介も省いてくれたため、キャセラックの名もあまり出番がない学院内は小部屋も含めとても自由だった。
人前でしかも公に魔術を使える生活は今までとは何もかも大違いで、アリアンナの毎日は否が応でも充実していた。
恩恵の余波はこうして供も付けずに外出するなど、今までしたことがないことまで出来る。
勿論、自由な外出など王宮と王立魔術学院だけに限った話だが、学院に通えるようになっただけでも喜びひとしおなのに、この一人で行動出来るなどは感動と驚きをもたらした。
ただ、アリアンナの本来のすべきことである王子妃教育も婚約式後から当然始まっており、王子妃として学ぶべき王室の歴史などを王妃から直々に教えて頂いたり、ダンスや王宮での礼儀やその他諸々を教わる教育係りとしてアリアンナ付きのフィンツ夫人が新たに加わった。
だが、ここでも父の執念…もとい愛情深い気遣いがアリアンナを助けてくれ、夫人からほとんどの受けるべき項目を優良扱いで修了を言い渡されていた。
それというのもアリアンナがキャセラック家で学んでいたことはほとんど王室の、それも皇太子妃と言わずいづれ王妃のそれに対応したもので、本人が知らぬ内に身に叩き込まれていたからだ。
今日も午後は王宮で王妃様からダンスの講義を受けることになっていて、お昼を摂りに家に帰るのならもう動かないと少々時間が厳しくなる。
机の上に広げた本たちを閉じ、持ち帰る本だけを残し本棚へ戻す数冊を抱える。
アリアンナが向きを変えると目の前に壁、というか人が立っていた。
声にならない悲鳴を飲み込んだアリアンナは、それでも手から離れた本たちを下に落とすことなく宙に浮かす。
相手はその行為に驚くこともなく、宙に浮いた本を一冊手に取りアリアンナに微笑んだ。
「……デル様…?」
いきなり現れた相手を見上げ、本気で気配を消すの止めて下さいと続ける言葉をアリアンナはまたも飲み込む。
目の前にいる男は茶色の明るい髪が顔の半分を覆い、鍛えているだろう体を王立魔術学院のローブに窮屈そうに収めている。
見たことのない男だったと、てっきりデルヴォークだとばかり思った自分の失態に魔術の発動を構える。
「驚かせたのならすまん」
構えたアリアンナの手を慌てて取り手を重ね静止させた男の声と、茶髪から覗く瞳はデルヴォークだった。
「……そのお姿……どうされたのですか?」
握られた手をそのままに、アリアンナは驚くまま聞いてしまったが、黒髪のデルヴォークが茶髪になっている。
顔と声はデルヴォークだが、危うく殿下に魔術攻撃をするところだった動揺と驚きに髪の色が邪魔をして、本人と認識するのが少し難しい。
デルヴォークは、目を眇め難しい顔をしたアリアンナの手を離しその頬を優しく撫でる。
「一瞬でもアリーを騙せたなら成功だな」
髪を跳ね上げるように顔上げ茶色の前髪から翡翠の双眸を覗かせた。
視界の開けたデルヴォークは浮いている残りの本を手に収め、いたずらな微笑みを深くする。
デルヴォークのアリアンナへの態度がこの二か月で大きく変わっていた。
アリーという幼い頃のアリアンナの呼び方へ戻すこと然り、アリアンナをなるべく放って置かず配慮するという宣言然り、忙しい身の上で彼なりに実践して努力していた。
ただ、ない時間の中を会いに来てくれるのは嬉しいが、王宮内も道なき道を使って移動をするデルヴォークはアリアンナにとって神出鬼没以外の何物でもなく、悲鳴を飲み込むこともしばしばある。
その上ここ最近はアリアンナの間合いに如何に気付かれずに入るかを試しているらしく、今のように悲鳴を飲み込むだけでなく危うく攻撃を仕掛けてしまいそうな事態になっている。
それを面白がられても困ると注意はしているのだが、今のところ止めそうな気配はない。
「それは…おめでとうございます。……それで、そのお姿は如何様な?」
少々抗議交じりの声でデルヴォークを見ると、楽し気にこの姿になった経緯を話してくれた。
どうやら犯人はデイヴェックらしい。
デルヴォークが人目につかない格好をしたいと言ったら用意してくれたそうだ。
確かにこの国では黒髪は王家特有のもので、他国に嫁いだ王女の元に黒髪の子が産まれることはあってもこの国ではまずありえない。
ただ、目立つ黒髪だけでなく服装まで今日のデルヴォークは王立魔術学院のものを着ている。
アリアンナでも騙されたデルウォークの見慣れぬ姿は、知らぬ人が見ればデルヴォークだと思う者はまずいないだろう。
「うむ。それだがなアリーは昼は済んだのか?」
「?一度帰宅してから王城へと思っておりましたが」
「ではまだだな?」
「はい」
「よし!」
「??」
手にあった本をアリアンナのバッグに入れデルヴォークは手に持ち、突然の申し出に戸惑うアリアンナの手を取って扉へと向かう。
「あの、デル様、どこへ?」
「王立魔術学院の食堂は気にならないか?」
「食堂?ちょっ、デル様!」
質問に答えずどんどん歩を進めるデルヴォークにアリアンナは焦って手を振り解く。
少しだけ強引になってしまったと心配になるが、これから午後にはダンスの練習が入っている。
それは自分だけではなくデルヴォークも一緒だ。
「デル様。午後のご予定はお忘れではないですよね?」
「勿論だとも」
「……では」
「アリーはまだ昼を食べていない。俺は王立魔術学院の食堂が気になる。アリーは食堂は使ったことはあるか?」
「ございませんが……」
「ほら決まりだ。行くぞ」
まだ事態がよく飲み込めていないアリアンナを置いてきぼりに、デルヴォークは笑顔でアリアンナの手を取り直す。
今度はアリアンナも大人しくデルヴォークの後に続く。
唐突に決まった食堂行きだが、初めての場所へデルヴォークと行けることに少しだけ嬉しさを覚えたアリアンナだった。
お読み頂きありがとうございました。
前回が一区切り的な思いだったので長らく期間を空けてしまいました。
それでも待っていて下さった方々には感謝しかありません。
また引き続き宜しくお願い致します。
では、またお会い出来ますよう。




