緑に抱かれる
ハルカはミナキに連れられて学校の裏山に登った。
井野須木山。
標高500m程度のちっぽけな山だがリョウジは3mしかない山の話をしていたので、それに比べたら大きいのだろう。
二人は山頂から町を見下ろしていた。
「…ハルカ、ありがとう。本当に…ありがとう」
「…」
「私一人だったら、きっと思い止まってた」
その方が良かったんじゃないか。
ハルカの内心はそうだった。
だから何も言えなかった。
「私は間違ったことなんてしてないと思うの…。
いじめられて、それでも学校に行かなきゃいけない理由なんて…私には分からない」
ハルカは俯いた。
ただひたすら、ミナキに発言を許すしかない自分の弱さ。
誰かを救いたくて行動したのに、その責任すら取れなかった弱さ。
「ハルカは私を助けてくれた。
だから私と一緒に来てほしい…本当に不安で怖かった時間から、私を自由にしてほしい」
「……」
ミナキとハルカは顔を合わせる。
ミナキはハルカに期待し、ハルカは自罰的な感情に苦しむ。
それは表情として互いに伝わっていた。
…そんな空気を裂くかのように、突然の大声。
「ハルカっ!!」
ハルカは名前を呼ばれて反射的にその方向を向く。
立っていたのはリョウジ。
ハルカの父親、リョウジ。
「お前っ、ハァ……こんなところに…ハァ……!」
「パパ!何でここに…」
「先生から……連絡があったぞ!お前……お前が教室にいないからって!
そこの君もだよ…!
学校にいなかったから…近所の人たちに訊いて…ここに来たんだ!」
井野須木山と訊き、その山頂まで走ってきたらしい。
リョウジはハルカの頬を平手で叩いた。
「バカがっ!」
その平手は、ハルカにとってこの世のどんなモノより威力があった。
ただ肉体的な痛みよりも、精神的な痛みが強かった。
「初日から不登校なんて…お前……お前……!」
「……」
ハルカは何も言わなかった。
ミナキに対して何も言えなかったのとは違う。
意図して何も言わなかった。
リョウジはハルカの手をミナキと同じように引っ張り、学校に戻るように歩き出した。
そしてミナキの方を向き直り、
「………君もだ」
とだけ言った。