裏穴
「ねえハルカぁ、来て来て!」
隣の席の女子がハルカの手を半ば強引に引っ張る。
「…どうしたの?」
と訊こうとしたところで女子は立ち止まり、
「この娘、小野川 ミナキって言うんだけどね。
転入祝いにミナキの腹を殴ってみてよ、ほら!」
などと軽々しく言い放った。
聞き捨てならない。
ハルカは少し残っていた緊張すら忘れ、
今行われようとしているその最悪の儀式を自ら止めるべく、牙を剥いた。
「ちょっと、そんなの全然お祝いじゃないよ!」
「何で?楽しいじゃん」
顔色ひとつ変えずに冷静に言い返してきた。
「人を傷つけて楽しいわけないでしょ!」
「……ねえ、ハルカも『そっち側』に堕ちたいの?」
「……え?」
『そっち側』という漠然とした言葉。
だが、それが何を指すのかは明白。
ハルカは、一瞬で彼女の発言の意味を理解し、青ざめた。
「まあ、そうよねー。
ちっぽけな島から来たような田舎者に
この遊びの楽しさなんて分かるわけないよねー。
いいよ、いい。全然構わない」
そう言って彼女がポケットから取り出したのはシャープペンシルの芯。
「な…何するの…それで…?」
「うーん?もしかして怖がってる?
大丈夫、大丈夫。0,5mmだから。ねー」
気がつくと皆が集まっていた。
まるで檻の中の動物を見る子供達のような無邪気な笑顔で笑っている。
「…どうしたの、皆……止めてよ、この子を止めてよ…」
「あー、えーとね…私は千賀谷 ナアヤって言うのー。
これからハルカはね、ナアヤのオモチャになるために色々やってもらわないといけないのー」
その時だった。
ミナキはハルカの手を握り、いきなり教室から逃げ出した。
「は…?」
ナアヤはいきなりの出来事に一瞬困惑した。
が、すぐに状況を理解して、自分の座席に戻った。