ACT08 追撃戦
「?」
レッドの表情がかすかに鋭くなった。
後方警戒用のモニターに、何かが映っている。よく見なければ気がつかないほどに小さな黒点が、高速道路の上空にある。接近している証拠に、その黒点は徐々に大きくなってくる。
レッドは、後方を振り返り、肉眼でその姿を確認した。
反射的に、その正体を悟る。
ヘリコプターだった。
市街地上空をあれだけ低空飛行することは、禁止されている。だとすると、追手だと考える方が自然だった。
(警察のヘリか?)
一瞬、レッドの脳裏に警察が追ってきた可能性が浮かんだ。
あれだけの騒動を起こせば、及び腰のアーカス市警も動くだろう。ポリスカーを強奪し、ハイウェイ上で銃撃戦を繰り広げ、挙げ句の果てに爆弾をばらまいた。
これで何もしなければ、警察ではない。
だが、肉眼で識別できる距離まで接近してきた機影は、警察のヘリではなかった。
夜空に浮び上がった機体は、警察のものではない。
警察のヘリであれば、サーチライトを点灯させているはずだった。
「ちっ! 今度は、やばいぞ!」
レッドは、表情を引き締めた。
眼光が、鋭い輝きを見せる。
「ヘリまで持ってるとは、思っても見なかったぜ……」
「どうするの……すぐに追いつかれちゃうわ!」
「わかってる……少し飛ばすから、覚悟しといてくれ」
レッドは、スロットルをMAXまで一気に押し込んだ。
「ちょっ……ちょっと……」
シートに身体が叩きつけられるような急加速だった。
「なにが……少し、よ!」
ヘッドレストに頭をぶっつけたセーラが、レッドをにらむ。
「舌噛むぞ」
レッドの返事は、そっけない。
全身の感覚で、追手の次の行動を探っている。
(久し振りだぜ……この感覚は!)
レッドの青灰色の瞳が、独特な輝きを帯びていた。
(俺は、待っていた……)
街でごろつきを叩きのめすのとは根底から違う、久し振りに乗れる闘いだった。
身体の奥底にくすぶっていたエネルギーが、全身に行き渡る感覚がある。
(厄介な性格だぜ……まったくさ!)
身体が、躍動感に満ちていた。
何かが、覚醒しようとしている。
長い間、心の奥底で眠っていた感覚だった。研ぎ澄まされ、極限まで張り詰めた緊張感が蘇ってくる。
戦場でしか味わえない空気が、レッドの肌を撫でている。首の後ろの髪が逆立つような、不思議な感触だった。
戦闘機乗りは、眼だけを頼りに闘うのではない。身体の感覚全てを使って飛ぶからこそ、激しい空中戦に生き残れる。レッドに背中に眼があるといわれるのは、その感覚の鋭さからだった。理屈では説明できないわずかな気配で敵の動きを予測し、無意識のうちに次の行動に移ってしまう。
レッドの脳裏に、敵の予想軌道が描き出される。
これは、極限まで鍛えられた者のみが持つ特殊な能力だった。
高速走行中の視界は、極端に狭くなる。
だが、パイロットとしての訓練を受けたレッドは、正確にエアカーを操っていた。自分の背後に注意を集中しながらも、突発事態に備えた余裕がある。
「大丈夫なの?」
「多分……けど、エアカーとヘリの空中戦は初めてだぜ」
レッドは、セーラを安心させようとかすかに微笑んで見せた。
だが、不利だということは、疑いようがなかった。
三次元の立体的な機動を使えるヘリに比べ、エアカーの方は事実上二次元の平面でしか機動出来ない。対地効果を利用して路面に浮いているだけで、飛行と言うにはほど遠い。
緊急時用のブースターを使えば、高度百メートルぐらいまでなら上昇可能だが、それも短時間に限られる。
(?)
何かが、レッドの脳裏で警戒のサインを送っている。
(嫌な感覚だぜ)
無意識の行動だった。
レッドは、エアカーをほんのわずかに左へ滑らせる。
「!」
嫌な予感がレッドの脳裏をかすめるのと、ヘリの脇で銃火がきらめくのが同時だった。
「ちっ! 撃ってきやがった!」
曳光弾が白光の尾を引いて、すぐ脇をかすめる。
戦場で鍛えられたレッドでなければ、回避しきれなかったほどきわどいタイミングだった。
「重機関銃でも積んでやがるのか?」
さすがに、破壊力が違う。
路面をえぐった弾頭が破裂し、破片を散らす。
「二十ミリ級の機関砲だぜ、ありゃあ……どこから持ち出してきたんだよ、ちくしょうめ!」
「装甲エアカーだもの……大丈夫よね」
セーラの妙に明るい口調に、レッドは苦笑を浮かべた。
「ライフル弾の何発かならね……二十ミリ機関砲の直撃なら、バラバラだぜ」
「馬鹿ぁ!」
「クレームは向こうの連中に言え……俺たちをバラバラにしたいのは向こうの連中だぜ」
セーラが、レッドを恨めしそうににらむ。
だが、レッドも軽口を叩いている余裕はない。ジグザグにエアカーを走らせながら、背後に神経を集中していた。二十ミリ機関砲の直撃を喰らえば、ポリスカーの装甲など紙同然だった。だとすれば、喰らわないようにするしかない。
「来るぞ!」
レッドが叫ぶのと同時に、ヘリの機関砲が射撃を再開した。
巧みな機動を見せ、レッドが射線からエアカーを外す。このあたりのきわどい判断は、戦闘機乗りあがりのレッドだからこその真似だった。
常識外れの急角度で、カーブを減速なしで曲りきった。別のハイウェイとの立体交差の下を、一気に駆け抜ける。
橋桁を抜けた瞬間、黒い影が舞い降りてきた。
「チッ!」
突然、眼の前に出現したのは、別のヘリだった。前後から挟撃しようとしたのだろうが、レッドの動きが早すぎ、ヘリの方も距離がとれなかった。
高度も、ほとんど同じだった。
避ける余裕はない。
「きゃあ!」
セーラが、思いきり悲鳴をあげた。
反射的にレッドは、フットペダルを大きく蹴り込み、操縦杆を大きく横へ倒した。
本能の反応だった。
考えるよりも先に、身体が勝手に操縦を行なっている。身体に叩き込まれた高度な技術が、無意識のうちに発揮されていた。
戦闘機並の急激な横転機動を見せ、エアカーがヘリの鼻先をかすめる。
透明なキャノピーを通して、ヘリのパイロットの驚愕に強ばった表情まで見える。
ニアミスというレベルではなかった。もう数メートル軌道が狂えば、正面衝突というきわどい交差だった。
だが、運はレッドたちに味方していた。エアカーは無事に、ヘリとの衝突を避けることに成功した。
不運だったのは、後続のヘリだった。
レッドのエアカーを追うのに夢中になっていたのか、後方のヘリの回避機動が一瞬遅れた。突然、視界に飛び込んできた仲間のヘリに、パイロットは操作をわずかに誤った。ぎりぎりの間合いで、二機のヘリが交差する。
高速回転するローター同士が接触した。
一瞬、二機のヘリが空中で絡まり、破損したローターブレードの破片が飛び散るのが、レッドの視界に入った。
「!」
レッドは、ペダルを踏み込み、エアカーを退避機動に移した。
スロットルレバーを、MAXに叩き込む。
横転気味の機動で、側方へ平行にスライド。
「馬鹿ぁ!」
両手両足を突っ張り身体をささえたセーラが、悲鳴に近い罵声をあげるのを無視して、レッドはエアカーの高度をあげる。
ガスタービンエンジンが咆哮し、急加速にフレームが悲鳴をあげる。
強い横Gがかかり、レッドの身体をドアに張りつけようとする。ハーネスがなければ、間違いなく座席から放り出されている。
制御を失ったヘリが、高速道路に墜落した。洩れ出したジェット燃料が引火し、即座に大爆発を引き起こす。レッドたちが同じコースで走っていれば、まともに破片を受けている。
爆風に一瞬あおられたエアカーの車体を、レッドは巧みな操縦で立て直す。
「ばーか!」
障害物が多い状況での高速機動では、一瞬の判断ミスが生死を分ける。
レッドは、嘲るように後方へ手を振って笑う。
「生きてるか?」
「どーにかね……」
横で、セーラが大きく息を吐き出した。
レッドの荒っぽい機動に、耐えるのがやっとだった様子が見える。
「生きてりゃいい……こいつも、まだ生きてるな」
レッドは、コンソールディスプレイに素早く視線を走らせ、警告表示がないことを確認した。
タービンの冷却系統に、温度上昇が見られる以外、問題はない。
戦闘機並の急機動でエアカーを操ったのは、レッドが初めてだろう。車体がばらばらにならなかったのが不思議なぐらいだった。
「さすがは警察仕様だぜ……頑丈に出来てるな」
「あたしは、警察用じゃないわよ」
「俺もだ」
「馬鹿……だったら、もうちょっとまともに運転してよね!」
「相手がいなけりゃね……快適なドライブってしゃれ込むとこだけどさ。
あと一機残ってるから……覚悟しておいてくれ」
レッドは、右手を伸ばしてセーラの頬を突っついた。
セーラの表情に、かすかな血の気が戻っている。
レッドは、苦笑を浮かべた。
この状況に追い込まれた人間にしては、セーラの精神状態は正常な方だった。勝気な性格が幸いしている。普通なら、呆然としているか取り乱すかのどちらかが、普通の反応だろう。
だが、セーラは冗談を言い返すだけの余裕を持っている。
この肝っ玉の太さは、間違いなく提督の血筋だった。
「それにしても、しつこいな……」
レッドは、ヘリのパイロットを呪った。
腕はいいのだろう。レッドの操縦に遅れずに追随してくる。
先ほどまでのレッドの荒っぽい機動を見たせいか、軽々しく仕掛けてこない。それがまた腹立たしい。
冷静沈着な判断が要求されるパイロットは、本質的に用心深かった。特に腕のいいパイロットは、絶対に勝てるようなチャンスが訪れるまで、軽々しい真似はしない。
敵に回すには、あまりにも厄介だった。
ヘリぐらいの相手だと、拳銃程度の武器で撃墜するのも難しい。
向こうも、先ほどまでと違って撃ってこない。
弾切れや、故障で撃てないのか、それとも一撃必中を期して撃ってこないのかわからない。
いずれにしても、機関砲弾が飛んでこないというのは、ありがたかった。
「せめてポリスカーに、機関銃ぐらい積んでいてくれりゃあ楽なのに……」
「そこまで治安が悪い街なの?」
「いいや……昨日までは、ショットガンで済んだはずだ」
「今日からは?」
「対空ミサイルぐらい欲しいね」
レッドの言葉に、セーラがクスッと笑った。
「余裕があるのね」
「ただの開き直りさ」
あっけらかんとしたレッドの口調に、セーラはプッと頬をふくらませた。
「頼りになるんだが、ならないんだか……わからないわ」
あきらめたようなセーラの口調に、レッドはおかしそうに笑った。




