ACT07 ハイウェイチェイス
「気に喰わねぇな……」
不意にレッドがつぶやいた。
「何で? 快適なドライブじゃない?」
セーラが怪訝そうな顔をした。
アーカスハイウェイに入るまでは、順調なドライブだった。アーカスハイウェイは狭いところでも片側四車線以上ある大きなものだった。宇宙港に降ろされた大量の物資はハイウェイ経由で惑星セルテゾールの各地へと運ばれてゆく。
怪物マシンとして有名なベルトロとしては、百四十キロ前後の速度ではクルージング程度だった。
レッドが、顔をしかめて見せた。
「上手く運びすぎるんだよ……逆に、それが気になる」
「?」
「予想していた騒動さえ、起きないってのがな……どうも、引っかかってるだけさ」
そろそろ、警察が動いてもいい頃だった。
搭載している警察用無線は、レッドがスイッチを切ってしまっている。呼びかけても、返事がないのは当たり前だった。
警察も、馬鹿ではない。
一定時間連絡を断てば、異常事態が発生したと考えるのが当然だった。
ポリスカーを奪われて、一時間も経過しているのに、警察の動きがないのがレッドの勘に引っかかる。
「何か、罠がありそうだな……監視されてるだけってのは、嫌な気分だぜ」
正体不明の連中が、ハイウェイのゲート近くを監視していたのは、レッドも承知している。
だが、それだけだった。
手を出してこないのには、何か狙いがあるとしか思えない。
「商船学校にいたんだよな……どうして、宇宙船乗りになろうとしたんだよ?」
レッドが、急に話題を変えた。
セーラが、ちょっと考え込むそぶりを見せた。
「おかしいかなぁ?」
「この世の中だぜ……粗製乱造された、宇宙船乗りなんざ余ってる」
「うん、わかってるけど……あたしは父さんの跡を追いかけたかったから」
「?」
「父さんが宇宙に魅せられた理由が知りたくって……自分で父さんを探すつもりだったしね」
「大した性格だよ……今時、珍しいや」
「レッドは、目的なんてないの?」
「戦争屋崩れの俺たちだぜ……生き残ろうって必死で闘ってきて、戦争が終って何が残ったと思う?」
レッドは、肩をすくめた。
「何も残りゃしねぇ……くすぶったまま生きるしかないんだ」
自嘲めいた笑顔をつくりかけたレッドが、急に真顔になった。
「?」
レッドの眼が、かすかに細められた。
後方警戒用モニターに、ヘッドライトの光芒が映った。
「やっと、出てきたぜ」
レッドが、口元をゆがめた。
何台ものエアカーが、急激に接近してくる。動きからして、追手なのは間違いない。
「さぁて、おもしろくなってきた」
レッドは、スロットルを開いた。
一瞬のタイムラグの後、タービンノイズが甲高い音に変わった。
滑らかな加速を見せ、レッドたちのエアカーが増速する。コンソールの速度計のデジタル表示が、二百キロを一気に飛び越え、二百五十キロあたりで安定する。
「ねぇ、どうしよう……追ってくるわよ」
後方をながめていたセーラが、不安げな声をあげた。
「そりゃあ、連中だってプライドってものがあるからな……ここで、セーラを取り逃しちまったら一千万クレジットっていう懸賞金も貰えなくなるしな」
「一千万クレジットね……高額すぎて実感わかないわ」
「まぁ、賞金首としちゃあ高額だろうな……自慢できるぜ」
「あんまりうれしくない」
セーラの憮然とした表情を横目で見て、レッドがおかしそうに笑い出した。
「それだけ、セーラが貴重な存在だってことさ……」
「なんであたしが……」
「さぁね……後で、提督本人に聞けばはっきりするだろ」
「父さんが……生きていると思う?」
父親が生きているようなレッドの口ぶりに、セーラの表情がぱっと輝いた。
レッドは、肩をすくめて見せた。
「わからない……ただ、そう簡単に死ぬような人間じゃなかったってことは確かだね」
レッドの口調には、どこか寂しそうなところがある。
「調べりゃ調べるほど……提督の最後の行動には謎がつきまとっている。
俺の、心のどこかじゃ……提督が生きているって信じてる」
「……ありがとう」
セーラの言葉に、レッドが苦笑をもらした。
だが、レッドの眼光は笑っていない。
レッドは、後方から追尾してくるエアカーの挙動を、常に監視しながらタイミングを図っていた。
「撃ってくるぜ!」
そう言った時には、レッドはエアカーを側方にスライドさせていた。
車体の脇を、銃弾がかすめる。
「ちっ! 手加減なしじゃねぇか!」
そう言っているわりには、レッドの表情に硬さはない。
鼻歌でも出そうな調子で、エアカーを加速させる。
「まいったなぁ……問答無用で撃ってくるなんざ、相当あせってやがる」
「どうすんのよ!」
「こいつは、警察用だぜ……装甲があるから、そう簡単にやられやしない」
「そうじゃなくってさ……どこへ逃げるのよ!」
「さっき打ち合せただろ? アーカスシティを出るのさ」
「あのね……追手を引き連れたまま?」
「にぎやかでいい」
「馬鹿!」
「大馬鹿さ……でなけりゃ、こんな因果な稼業に手を染めやしねぇもん」
後方から急接近してきたエアカーが、側方に回り込もうという動きを見せる。
「くそっ!」
罵りと同時に、レッドがエアカーを急に左右に振った。
「きゃっ!」
レッドの荒っぽい運転に、セーラは小さな悲鳴をあげる。
だが、相手もしつこかった。
レッドは、大きく舌を打ち鳴らす。
「あんまり派手にやると、リン姐さんにどやされるんだが……まぁ、しゃあねぇな」
レッドは、シートの横に装備されていたガンラックから、ショットガンを取り外す。
アーカス市警のポリスカーに標準装備されている、暴徒鎮圧用のショットガンだった。
狭い車内での取り回しに楽なように、銃身が短くなっている。
「セーラ、適当にぶっぱなせ」
レッドは、セーラにショットガンを手渡した。
「ぶっぱなすって……?」
セーラは、突然のレッドの発砲許可に戸惑った。
「連中めがけてぶっ放せばいいさ……散弾だから、よほどの下手くそでなけりゃ外れやしない」
ボディに銃弾がかすり、激しい音を響かせる。
「きゃッ!」
小さな悲鳴をあげ、セーラが頭をすくめた。
実力で止めようという気らしい。
セーラは、エアカーの窓を開いた。風が渦巻き、激しい風圧がセーラを襲う。
「頭にきた」
セーラは、右に回り込んだエアカーめがけて、ショットガンを乱射した。
叩きつけるような銃声に、レッドは顔をしかめる。狭い空間で聞きたくない、大きな音だった。
至近距離からの散弾が、フロントウィンドウを白いひびだらけにする。
視界を失い、蛇行を始めたエアカーのフィンスタビライザーを、二弾目が直撃した。
エアカーの最大の弱点が、姿勢制御用のフィンスタビライザーだった。00バック散弾程度の直撃でも、容易に破損する。
制御を失ったエアカーが、激しいスピンに入る。
「こいつは驚いた」
レッドは、呆れたようにセーラをながめる。
硝煙の匂いが漂う車内で、ショットガンを小脇に抱え込んだセーラの姿は、妙に似合っていた。
セーラは、手慣れた操作で、ショットガンを扱っている。訓練を受けた動作というより、これは天性だろう。
「ねぇ、きりがないよ……」
「連中も、必死だからな」
「馬鹿言ってないでちょうだい!」
セーラは、全弾撃ちつくしたショットガンを、足元に放り出した。
警官から奪った拳銃を抜き、体当たりしようと接近するエアカーめがけて乱射する。
「合図したら、こいつの中身を窓から適当にばらまいてくれ」
レッドは、ウォルフから借りたウェストバックを、セーラの膝に放り出した。
「これって?」
特殊繊維で造られたバックは、予想していたよりも重い。
バックの中には、握りこぶしほどの大きさの円筒形の黒いカプセルが一ダースほど無造作に並んでいた。触った感触では、外側の材質はカーボン系複合素材だろう。ただ、その外観に比べて、かなり重い。内部には、金属か何かが入っている重さだった。
「ウォルフのおもちゃだよ……連中の追跡を妨害するにゃ、ちょうどいい」
セーラは、カプセルの頭の部分に小さなピンが飛び出しているのに気がついた。
「おもちゃって……まさかとは思うんだけど……爆弾?」
「まぁ、花火に毛が生えた程度のちゃちな代物だけどな……ピンを抜くと、安全装置が解除になる」
レッドは、セーラの準備が整ったのを見て、エアカーをスライドさせる。
「今だ!」
レッドの合図と同時に、セーラはカプセルを窓から放り出し始めた。
レッドは、エアカーを激しく横滑りさせる。二百キロを越える速度であっても、レッドの操作は的確だった。
セーラがばらまいたカプセルは、道幅一杯に拡がって転がる。
エアカーがカプセルの上を通過した瞬間、カプセルが白光を発して爆発した。
真下からの爆発に、ホバリング用エンジンを破壊されたエアカーが木の葉のように舞い上がったのが後方用モニターに映った。
「うっわー……」
被害は、それだけで終らなかった。後続のエアカーを巻き込み、次々にコントロールを失ってゆく。
かろうじて衝突を避けた追手も、次から次へと爆発するカプセルにスタビライザーやエンジンノズルを破壊され、コントロールを失う。
高速で制御を失った一台は、側壁に衝突した瞬間に大爆発を起こした。水素系燃料に引火したらしい。
玉突衝突の派手な状況だった。
「ウォルフめ……爆薬の量を増やしやがったな」
レッドは、小さく舌を打ち鳴らした。
予想を上回る破壊力だった。あの様子だと、路面に大穴を開けている。
もし、橋の上で使っていたら、レッドたちも危なかったかもしれない。
爆薬などのブービートラップは、ウォルフの得意分野だった。ちょっとした爆薬ならば、市販の材料だけで造りあげてしまう。
敵に回せば厄介な相手だが、味方としては頼もしい相棒だった。
デルタクリッパーにとって、エンジン関係と火器管制を一手に引き受けるウォルフの存在は大きかった。レッドの荒っぽい操船も、ウォルフのバックアップがあってこそだった。
「まぁ、これで連中も追ってはこれないだろうさ」
レッドは、安心させるようにセーラに笑いかけた。
不意に真顔になり、かすかに首をかしげる。
「気になるのは、連中の組織力だ……並の相手じゃない」
レッドのつぶやきに、セーラが怪訝そうな表情を浮かべた。
「裏社会の連中じゃないの?」
「ただのゴロツキなら、せいぜいが闇物資の流通を抑える程度だぜ。
これだけ組織的な行動をとるのは、ただのごろつきじゃない……どっちかっていうと軍の情報部や公安の匂いがしてやがる」
「!」
「提督が関わるってことは……メルイアと関わる連中ってことかな?」
レッドの脳裏に、戦時中の記憶が蘇ってくる。
レッドは物心ついた頃から、訓練センターにいた。闘うためだけに育てられ、徹底的な訓練を受ける毎日だった。
白兵戦用の格闘術から、射撃やサバイバル技術もその頃から訓練を受けている。戦闘機のパイロットとしての訓練と、宇宙空間での航法技術と、年齢を重ねるごとに訓練は高度になった。
それは、人間性を捨て去り、戦闘兵器となるための訓練だった。
レッドが実戦に参加したのは、十五歳になるかならないかという時だった。
本来ならば、十八歳になってから実戦に投入されるはずだった訓練生が、三年も早く戦場に送り出されたのは、戦争末期特有の現象だった。
だが、レッドには天性の能力があった。
初陣で二機の敵機を撃墜したレッドは、わずか三カ月の間に、五十機を上回る撃墜数をあげた。そして、その直後にロッド・シェラザート提督と出会った。
その後、わずか一年でメルイアは崩壊。
提督に拾われていなければ、レッドはメルイア最終防衛戦で戦死していただろう。




