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ACT04 メルイアの遺産

 耐火繊維のシートをはがすと、プラスチックペーパーの封筒があらわれた。

 中から出てきたものは、一枚の手紙と細いチェーンのついた白銀に輝く十字架だった。

 直筆の手紙の内容は、簡潔なものだった。

「我が意志を受け継ぐ者たちへ、メルイアの遺産を託す。

 己の信ずるものを頼りに、判断されることを祈る。

 追記 我が想いを、理解してくれることを祈る」

 それは、間違いなくリンの知っているロッド・シェラザー提督の筆跡だった。

「これだけ?」

 レッドの問いに、リンがうなずいた。

「相変わらず、簡潔な手紙だねぇ」

「これじゃ、何もわかりゃしないぞ」

「だから、こっちの付属品が問題なのよね」

 そして、十字架とともに、奇妙なものがチェーンにくっついている。

 それは、ドッグタグと呼ばれる、小さな金色のプレートだった。ドッグタグと呼ばれる軍人の認識票は、通常二枚で一組だった。戦場における戦士の必需品だった。

「十字架と、ドッグタグねぇ……」

 十字架は、珍しいものではない。

 プラチナらしい光沢と重量を持っているが、品物としては、ごく一般的なものだろう。

 問題なのは、ドッグタグの方だった。

 リンが、金色の特殊コーティングされたドッグタグをつまみあげた。

 ドッグタグは、戦死した兵士の身元確認のための品物だった。

 身元が確認できないほどに死体が損傷しても、身元確認が出来るようになっている。

 死体の回収が不可能な場合、ドッグタグを一枚だけ持ち帰る。残りの一枚は、死体に残しておき、後に死体を回収できた時の身元確認の手段とする。

 兵士にとって、ドックタッグは死んだ時の身分証明にすぎなかった。

 セーラの手元に届いたドッグタグは、一枚だけだった。つまり、持主は戦死している可能性があるということだった。

「持主は……」

 表面に彫り込まれた文字に視線を走らせたリンの表情が、かすかに険しくなった。

「レッドのドッグタグじゃないか……なぜ、これが?」

「俺の?」

 レッドが、驚いた表情を見せた。レッドは、こうして生きている。

「レッド……あんたのドッグタグは?」

「メルイア崩壊戦のどさくさで、宇宙空間に捨てたぜ……姐さんたちのドッグタグと一緒に」

「そうだったねぇ……」

 リンが、苦笑を浮かべた。

 派手な暴れっぷりが災いして、一部の旧メルイアの軍人は、お尋ね者扱いだった。

 大半の連中は、様々な手段で、新しい身分証明書を入手し、過去を捨てている。

 レッドたちも、そうだった。

 名前こそ、昔のままだが、身分証明書の過去は全くの偽造だった。

「見覚えある?」

 リンは、ドッグタグをレッドへトスした。

 確かに、そのドッグタグはレッドのものだった。刻み込まれた認識番号も、レッドのものに間違いない。

 ドッグタグを調べたレッドは、小さく首を振った。

「俺のじゃない……けど……俺のだ」

「?」

「俺が使っていたドッグタグは、小さな傷があった……けど、こいつにはかすり傷さえないぜ」

「じゃあ、偽造品?」

 レッドは、両手をパッと拡げた。

「わからねぇ……」

「一枚しかないってのも、不吉だよね」

 リンの言葉に、レッドが苦笑した。もともと、レッドはジンクスと無縁の人生を送っている。

「俺は、死人だぜ」

「あたしらもね……けど、処分したはずのドッグタグが出てくるのは妙だよ」

「俺に聞かれても答えようがないぜ」

「本当に、心当たりはないのかい?」

 リンの言葉に、レッドは不愉快そうに肩をすくめただけだった。興味を失ったかのように、ウォルフにドッグタグを投げ渡す。

「精巧な偽造品……ちょっと厄介だね」

「妙なのは、レッドの名前を使ってあるってことだ」

 今度は、ウォルフが、ドッグタグを調べ始めた。宝石鑑定に使うようなルーペまで使った、大がかりなものだった。このあたりの繊細さが、レッドにはまるっきり欠落している。

「ふーん、外見は本物だな……てぇことは中身か」

「中身?」

「ああ、確かめてみるか?」

 ウォルフが妙なことを言い出した。

「これが正式なメルイアのドッグタグなら、内部にデータがインプットされてるはずだぜ」

「?」

「小さなメモリチップが、内部に組み込まれてるんだよ……記憶容量はごくわずかだが、並の衝撃じゃあ破壊されない構造になってる。

 ドッグタグを識別キーとして、その兵士の全てのデータを読むようになっている……給料明細から、社会保証番号までな」

「へぇ……けど、どうやってそのデータを更新するのさ?

 ドッグタグで給料の払出しを受けたって話は聞いたことがないよ」

「船長は、知らなかったのか?」

「知らないねぇ……死体になっちまった時の、番号札だとばっかり思っていたわ」

 リンの表現は、かなり品がない。

「そうさ……その時の確認作業を迅速にするために、軍の兵士管理システムに直接アクセス出来る。

 だが、メルイアという国家が消滅した今となっては、そのアクセスコードは意味がない……別のデータを入力されている可能性が高いんじゃないか?」

 ウォルフの言葉に、リンは小さくうなずいた。

 リンは、視線をランディに移した。

「ランディ? こいつの謎解きは、出来るかい?」

 リンの言葉に、今まで黙っていたランディが、ドッグタグをつまみあげ、しげしげとながめる。

「こいつは、特別製のメモリチップを使っている。

 その辺のコンピュータじゃ、解析すら出来やしない……提督も、面倒なことをしてくれたもんだぜ」

「ランディでも、無理なのかい?」

 リンの言葉に、ランディが薄く笑った。

「ジャンク屋をなめちゃ困るな……メルイア製のメモリチップなら、この場で簡単に解析できるぞ」

 部屋の片隅に放り出してあった汎用アナライザーを、テーブルの上に置いた。

 ポータブルコンピュータにコネクタをつなぎ、スリットにドッグタグを差し込んだ。ドックタッグの縁についている小さなコネクターが、内蔵されたメモリチップとのインターフェースとなっている。

「さぁて、何が出てくるか……」

 慣れた手つきでキーを叩き、解析プログラムを起動させる。ランディは商売柄、入手した電子機器の修理や改造も行なうため、大概のメモリチップを解析する設備も持っている。このあたりの作業は、手慣れたものだった。

「見たところ、ただのメモリチップと変わらないな」

 ディスプレイに表示されたデータは、ごくありふれたデータだけだった。

「レッドの名前と、生年月日、血液型と、認識番号……これだけ?」

「ドッグタグに入力されたデータなんざ、この程度さ。

 これをキーにして、メインの兵士管理システムにアクセスするためのものだからな」

「じゃあ、本物のレッドのドッグタグ?」

「そう見えるが……わからないのは、こっちのファイルだよ」

 ランディが、軽くキーを叩いた。

 ディスプレイの表示が切り替わり、奇妙な画面が表示された。

「なんだい、こりゃあ……」

 リンが素っ頓狂な声を張りあげた。

 液晶のディスプレイに表示されたデータは、意味をなさないランダムな二進数の行列だった。

 "10011101000000"といった調子の信号が、画面に並んでいる。

「二進数か。こんなデータは、普通のドッグタグには入力されちゃいないはずだがな」

「じゃあ、これが提督からのメッセージ?」

「そう思うのが自然だな。

 だが、0、1の組み合せか……脈絡がないな」

「暗号?」

 リンの声に、ランディは鼻を鳴らした。

「コンピュータ言語かとも思うが……どっちかというと暗号みたいだな……」

「暗号だったら、お得意の解析でなんとか解読してみりゃいいじゃないの」

「くそっ、簡単に言ってくれる」

「連邦の最新コードさえ、解析できるって自慢してただろ?」

「そう言われると、弱いな」

 ランディは、再びコンピュータに向き直り、解析プログラムをRUNさせ始めた。

「心当たりのコード解析をかたっぱしから試すしかないな……俺も、見たことがない暗号だぜ」

 セーラのもとへ届いたメモリチップの中身が意味をなさない記号の羅列ということは、文字そのものを置き換える方法だろうという見当がつく。

 だが、それを解くのは面倒だった。

 何について作成された暗号かわかれば、推測で鍵を見つけることが出来る。ところが、この暗号は内容の見当もつかないし、解くにはあまりにも文章が少なすぎる。

「こいつは長引くな……」

 ランディのつぶやきに、レッドは立ち上がった。傍らのロッカーを勝手に引っかき回し、軍用毛布を引っ張り出す。

「こらぁ、どこへ行く?」

 リンの声に、毛布を抱えたレッドが振向いた。

「長引くって言ったから……何かわかったら、起こしてくれればいいや」

 そう言って、レッドは毛布を身体に巻きつけて床に寝っ転がってしまった。

 呆れ果てたリンが、大きなため息をついた。

「レッド?」

 リンがレッドの背中に声をかけた。

 だが、レッドの返事はなかった。寝つきのよさは、赤ん坊と変わらない。

 毛布にくるまったレッドの、気持よさそうな寝息が聞こえている。

「あんの馬鹿野郎……太平楽ったら、ありゃしない」

 マシンガンのように小さく舌を打ち鳴らしたリンが、苦笑を浮かべる。

 レッドの行動パターンは、リンやウォルフの想像を超えている。

「徹底的に野生児だよね……それにしても、よくこんな場所で熟睡できるもんだよ」

「隙あらば寝ちまおうって奴だ……おかげで、俺が起きてる羽目になりそうだな」

 笑いを噛み殺したような表情で、ウォルフがつぶやいた。

「貧乏くじだと思って、あきらめてつき合いな……あたしだって、眠いの我慢してるんだからさ」

「船長は、夜行性だったと思ったが……」

 とたんに、リンが喉を鳴らして笑った。

「遊びの時はね……仕事で徹夜すんのは、主義に反するのよ」

「やれやれ……長い夜になりそうだ」

 ウォルフが、大きなため息をついた。

 暗号は、大きく分けると二種類ある。特定の言葉を別の単語に置き換える方法と、文字そのものを別の文字に変えてしまう方法だった。

 コーヒー三杯と、七種類の暗号解析プログラムで出した結論は、解析不能だった。

「あたしらが使っていた暗号でもなさそうだね……」

 リンは、小さく舌を打ち鳴らした。

 確かに、長い夜になりそうな雲行きになっている。

「提督の性格からして、解けない暗号を送りつけてくるはずもないんだけど……あんたらも、いい知恵を絞っておくれ」

 リンに矛先を向けられたウォルフは、大きく肩をすくめてから、脳天気に眠っているレッドを、ブーツの踵で蹴飛ばす。

「痛ってぇなぁ……何だよ?」

 不愉快そうな唸り声をあげ、レッドが恨めしそうな眼でウォルフをにらむ。

「船長がお呼びだ」

「ランディに解けないのが、俺たちに解けるわきゃなかろーが」

「こんの役立たずが……」

 リンににらまれ、レッドはやむなく起き上がる。大きなアクビをして、背中を伸ばす姿は猫を連想させるものだった。

 レッドは、ディスプレイに並んだ奇怪な文字列をのぞき込んだ。

「俺たちに共通する暗号ってことだろ……それも、他人には絶対に解けない」

「そう……そんな代物がある?」

 レッドは、両手を大きく拡げた。

「わからねぇ」

「こんのやろぉ……」

「十字架に仕掛けは?」

「ない」

 ランディが、あっさりと答えた。

「ごく普通の十字架だな……マイクロチップの類は組み込まれてない」

「お守りにしかならねぇ?」

「金に困ったときに、売り払えば、ちょっとはしのげる」

「?」

「高純度のプラチナ製だからな……」

「そういう発想しか出てこないのかい?」

 リンが、ため息をついた。

 この日、何度目のため息だろう。

「わからないのは、提督と十字架の関連だね」

 考えあぐねたリンが、十字架をひねくり回した。

「クリスチャンだったかってこと?」

 レッドの問いに、リンはため息で答えた。

 無言も、十分に返事となる。

 提督の秘書のような立場にいたリンは、提督の私生活も承知していた。

「違うのかい?」

「ブッディストで、菜食主義だったはずだもの。

 宗旨変えしたってわけじゃなけりゃ、無縁な代物じゃない?」

「じゃあ、なぜ?」

「ホワイトクロス」

「!」

 リンの言葉に、ウォルフたちが息をのんだ。

 彼らに思い当たる十字架は、ホワイトクロスだけだった。

「それで、プラチナの十字架か」

 ウォルフのつぶやきに、リンが鼻を鳴らした。

「あんまり考えたくないんだけどさ……メルイアでホワイトクロスっていえば、あたしゃ一つしか知らないよ」

「で、どうするんだ?」

「どうするって?

 ドッグタグの暗号が解けない以上、とりあえず放っぽっといて、行ってみるしかないだろ……懐かしのホワイトクロスにさ」

「行くって……メルイアにか?」

 ウォルフが眼をむいた。

「あそこは、いまだに閉鎖エリアだぜ……」

「そんなこたぁ承知してるさ……けど、あたしらの知ってるホワイトクロスっていったらメルイアにしかないものね」

 リンは、セーラに視線を移した。

「セーラも、一緒に来るかい?」

「行くわ!」

 反射的に、セーラが叫んでいた。

 無意識的に大声になっていたことに気がつき、はにかんだような微笑みを浮かべる。

「もしかしたら……父さんの手掛かりがあるかもしれないじゃない!」

「セーラも連れて行くのか?」

 ウォルフが、露骨に眉をひそめる。

「我が意志を受け継ぐ者たちへ、メルイアの遺産を託す……って書いてあっただろ?

 提督の意志を受け継ぐのは、常識的に考えればセーラじゃない?」

「俺は反対だ! 危険すぎる!」

 ウォルフの大声に、レッドは顔をしかめた。

 冷静な性格なだけに、ウォルフの意見が一番常識的だった。

「メルイアに行くのは賛成だ……だが、セーラを連れて行くのは危険すぎる」

「行く!」

 セーラが、押し殺した声を出した。

「冗談じゃないわよ……やっとここまでたどり着いたって言うのに、置いてかれてたまるものですか!」

「あのなぁ、お嬢ちゃん……メルイアは、俺たちでさえ足を踏み入れたくないエリアなんだぜ」

「どーして?」

「何が起きてもおかしくない……重力場の変動に巻き込まれたら、まず助からない」

 電磁波の嵐と、大きく変動する重力場……そんな場所に好んで行く馬鹿は、そういない。危険度が、桁外れに高いエリアだった。

 メルイア本星は、最大型の恒星間ミサイル三発で宇宙空間から消滅していた。対消滅反応弾頭を持った、大型ミサイルの破壊力は史上空前の被害をもたらした。

 無差別殺戮を意図した大型反応弾は、暗黙の了解でどの星域国家も使わなかった。メルイアの本星に向けて、恒星間ミサイルを発射したのが何者なのか、いまだに不明だった。メルイアと敵対していた連邦宇宙軍の記録には、その発射記録はないという。

 一部には、敗戦を悟ったメルイアの軍上層部が、国民もろとも自決をはかって、メルイア本星で反応弾を自爆させたと主張する者もいる。だが、真実は全て闇の中だった。

 今も、メルイア本星の存在した衛星軌道には、惑星の燃え滓と言うべき無数の小惑星が漂っている。戦争終結後三年を経過した今でも、その軌道は不安定で危険なものだった。

 この小惑星が安定した軌道になるまでには、もっと時間がかかるのだろう。

 本星破壊による巨大な質量変化が、恒星系に与えた影響は大きかった。他の惑星の軌道も変化し、人間が住むにはあまりにも危険が高かった。

 今では、メルイアの恒星系そのものが航行禁止エリアとなっている。帰るべき星を失ったメルイアの人々は、あちこちの星系に移民して再スタートを切ったところだった。

「いや……連れて行った方がいい」

「ランディ……」

 全員の視線がランディに集中した。

「セーラが狙われたってのを忘れちゃいけない……セーラを誰が護るんだよ?」

「そりゃあ、そうだが……」

 ウォルフが、唸り声をあげた。

「俺は、もう現役を引退した老兵だ。

 武装したゴロツキ相手にセーラを守り通せる自信はない」

 ランディの言葉は、まんざら謙遜でもない。

 メルイア宇宙軍でも技術士官だったランディは、頭脳労働専門で、荒事専門のウォルフたちとは訳が違う。

「ここにセーラをかくまってられるのは、いいとこ二日ってとこだろう。

 本業がジャンク屋兼、情報屋だから人の出入りは激しいからな……そうそう誤魔かせるもんじゃない」

「あたしの身柄を突き出せば、一千万クレジットの懸賞金が手に入るわ」

 セーラの強ばった声に、レッドが大声で笑い出した。

「何がおかしいのよ?」

「そんなことを、考えてもみなかった……俺たちって、意外に馬鹿正直なのかもしれないぜ」

「レッド! 馬鹿なことを言ってるんじゃないよ!」

 リンはレッドをにらみつけて黙らせる。

「あいにくと、あたしらは奴らと仲が悪くてね……あいつらの味方をしてやる義理なんざ、これっぽっちもありゃしない。

 それに……」

 いったん言葉を切ったリンは、セーラの目を見つめて微笑みを浮かべた。

 心の底から暖かくさせるような笑顔だった。

「提督の娘を見殺しにしちまうほど、あたしらは落ちぶれちゃいないよ」

 リンはそう言い放ち、レッドとウォルフを見渡した。

「文句はないだろ?」

「さぁて、やっと楽しくなってきそうだ」

 レッドはひまを持て余していたのか、大きなアクビ混じりの返事だった。

 大仕事直前の状況としては、妙にのどかな姿に見える。

「しゃあねぇな……ぎりぎりの綱渡りになるぜ」

 ウォルフが肩をすくめた。

「何言ってやがるんだい……あたしらの稼業に、危険でないことなんざあるわきゃないでしょ」

「違いねぇや……どうせ、他の真似が出来るほど器用じゃねぇか」

 苦笑を浮かべたウォルフは、リンを真正面から見つめた。

「どうやって、逃げ出す? この調子だと、宇宙港も監視されているはずだぜ」

「ちょっと、厄介だよね……デルタクリッパーまで、強行突破してもいいけど、離陸までに時間がかかるからねぇ」

 リンの言葉に、ランディが苦笑を浮かべた。

 かたわらに放り出してあった上着を手に、ゆっくりと立ち上がる。

「じゃあ、出港準備は、こっちでやっておいてやろう」

多謝(トゥチェ)! 整備は終ってるから、推進剤の補給をよろしくね」

 ランディを見送って、リンは横目でレッドを見た。

「ほら、今度は忘れずに持ってけ」

 通信機兼用のリストセンサーを、軽くレッドにトスする。

「迷子になったら、ちゃんと連絡しておくれ」

「アイアイ、船長」

 小さくうなずいたレッドが、一挙動で立ち上がる。躍動感に満ちた動きだった。本質的に、レッドはトラブルと相性がいい。

「作戦は?」

 ウォルフの問いに、リンはかすかに首をかしげた。

「やっぱり、二手に別れて行動するしかないねぇ。合流地点は、レベロ宇宙港にしようか……レッドは、セーラを連れて陸路でアーカスシティを脱出するように……出来る?」

 レッドは、不愉快そうに鼻先で笑った。

「出来る、ってのは嫌な言い方だぜ……鬼ごっこと、追い駆けっこは得意なんだ」

「そうだったね……じゃあ、上手いこと頼むよ」

「おい、姐さん……俺がやった方が……」

 ウォルフの言葉に、リンが首を振った。

「暗黒街の馬鹿を相手に回して、ケンカする度胸がある?

 第一、デルタクリッパーの動力は、誰が面倒見るんだよ?」

「そりゃあ……」

 一方的に言い込められ、ウォルフが沈黙する。

 リンが、艶っぽい微笑みを浮かべた。

「レッドにまかせときゃいいんだよ……あんたは、ごちゃごちゃ考えすぎるからさ」

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