終章 新たなる出発
コンソールのディスプレイ群が輝いている。
薄暗いブリッジだが、暗闇に慣れた眼にはまぶしいほどだった。
「異常はない?」
セーラの声に、当直中のレッドが振向いた。
「今のところね」
レッドは、そっけない声を出した。
ホワイトクロスの爆発に奇跡的に巻き込まれなかったデルタクリッパーは、母港のある惑星国家セルテゾールへ戻る途中だった。
あと、三日もすれば、セルテゾール星系へと到達する。
「元気ないわね」
セーラの言葉に、レッドは不愉快そうに鼻を鳴らした。とても、軽口を叩いていられる心境ではない。
会話することさえ、今のレッドには苦痛だった。誰とも口をききたくない、そんな気分だった。
デルタクリッパーを降り、どこかへ行方をくらまそうかと真剣に考えてもみた。推進剤の補給で立ち寄った軌道ステーションでは、リンとウォルフの監視が厳しく下船はかなわなかった。
リンやウォルフは、レッドが生体兵器のなれ果てでも、気にも止めないだろう。
だが、レッドにとって、大きな問題だった。
(俺は……自分の分身を……)
レッドは、首から下げたドッグタグとプラチナ製の小さな十字架をつまみ上げた。レッドの指先で、もう一人のレッドのドッグタグが揺れる。
(俺が、見捨てたんだ……)
悪用を防ぐためにこれしか方法がなかったと理解していても、レッドの中にわだかまりが残った。もしも逆の立場だったら、レッドは本当にそれを望んだのだろうか。
本来、ゾディアック級戦闘艦にはレッドが乗るはずだった。生体コンピュータとコンビを組むオペレータとしての訓練を、レッドは受けている。状況によっては、レッドの方が生体コンピュータに改造されていたのかも知れなかった。
もし、レッドが生体コンピュータに改造されていたらば、破壊してもらうことを望んだだろうか。それとも、戦闘システムとして生き続ける事を望んだのだろうか。もう一人のレッドは、ホワイトクロスの動力炉を誘爆させ、キーラーの乗艦ごとの消滅を選択した。自爆コマンドによる死ではなく、戦っての消滅を選んだのは、もう一人のレッドの意地だったのかもしれない。
(BLUEなんて、存在しない方がよかったんだ……)
だが、戦闘システムとして生まれたレッドは、これからも戦闘衝動を持て余して生き続けることになる。
(あそこで、一緒に死ぬべきだったのかもな)
レッドは、この日何度目かのため息をついた。
「レッドらしくないよ!」
セーラは、口を尖らせた。
「あなたがプロジェクトBLUEでも関係ないわ! レッドは……レッドなんでしょ!」
「プロジェクトBLUEでも関係ない……か」
レッドは、頬をかすかにゆがめた。
妙なところで、セーラがリンに似てきたようだった。歯切れのいい口調まで、リンとそっくりだった。
「ごめん……あたし、あんまり上手に自分の気持を伝えられないの」
セーラが、急にレッドの腕をつかんだ。
「けど……お願い、聞いて!」
セーラの瞳が、真剣な光をたたえてレッドを見つめている。
「レッドは、独りじゃないわ……みんなが、そばにいるもの!」
(セーラも、いたんだっけ)
セーラをながめていたレッドが、不意に喉を鳴らして笑い出した。
(今度は……上手く生きていけるかもな)
ゾディアックが消滅してから初めて見せる、レッドの笑顔だった。
「いいや……俺にはもったいない相棒さ」
セーラは、顔をパッと輝かせた。
大きく息を吐き出し、レッドの肩に頭をもたせかける。
「よかったぁ……嫌われたら、船に残りづらいところだったわ」
「船に……残るのか?」
レッドは、驚いたように、セーラを見つめた。
セーラが、微笑んだ。
「リンがね……父さんの新しい消息がわかるまで、デルタクリッパーで働けって、言ってくれたの」
「姐御め……」
レッドは、小さく舌を打ち鳴らした。
リンが、いつも人手不足を嘆いているのは知っているが、とんでもないことを考えつくものだった。
「商船学校を卒業してなくっても……検定試験にパスすれば資格はとれるって」
「闇貿易の仕事を手伝いながら……提督の手掛かりを探すってことか」
レッドは、メインスクリーンに投影された広大な宇宙空間をながめた。
(そうだったな……提督に巡り合うまで、護ってやらなきゃならなかったぜ)
提督の消息は、依然として不明のままだった。ゾディアックの消滅とともに、提督の手掛かりも途切れてしまった。だが、提督を探すのをあきらめたわけではない。
提督は、どこかで生きている。そして、レッドたちの手助けを必要としている。根拠などまるでないが、レッドにはそんな予感があった。
レッドも、どうしても提督に再会したい。聞きたい真実が、たくさんあった。
(俺に、生きることを命じたのは……提督だ)
放っておけば、メルイア崩壊戦でレッドは戦死したはずだった。
生体兵器だったレッドを救った理由を、提督に聞いてみたかった。レッドの呪われた生い立ちに同情したからではない。提督が、感情に流された行動をとったとは思えなかった。レッドに、重要な役割を与えるつもりだったのではないだろうか。だとすれば、なおさら提督を捜し出さなければならなかった。
「どこにいるやら……気の遠くなるような話だぜ」
「けど……きっと、どこかにいるわ」
「いい心掛けだ……きっと、巡り合えるぜ」
手を伸ばしたレッドは、セーラの髪に指をからめ、クシャクシャに引っかき回す。
「馬鹿ぁ!」
小さな悲鳴をあげたセーラが慌てて、レッドの手をぴしゃりと叩く。
レッドが手を引っ込めるコミカルな仕草を見て、小さく笑ったセーラが、不意に真顔になった。
「あたしがいなくなると、さみしいでしょ?」
「誰が?」
レッドのとぼけた言葉に、セーラは頬をプーッとふくらませた。
「あっ、傷つくなぁ……ひとりぼっちで、さみしくないの?」
セーラににらまれ、レッドは肩をそびやかした。
「慣れてらぁ」
「嘘ばっかり……この意地っ張り!」
二人は、顔を見合わせて吹き出した。
その時、不意に鋭いアラーム音が響き渡った。
反射的に、レッドが反応していた。
「セーラ! 観測士シートへ!」
レッドの声に反応して、セーラが複合センサー群を統合する観測士シートへ飛び込んだ。センサーの情報をメインスクリーンに投影する。
戦闘態勢に入ったレッドは、自分のシートのコンソールのスイッチを片っ端からオンにしてゆく。何度となく繰り返した手順だった。
「何があった?」
リンとウォルフがブリッジに駆け込んで来た。ウォルフが、軽い身のこなしでレッドの隣のシートに飛び込む。
リンは立ったままで、メインスクリーンに投影された複合センサー群からのデータを眺める。
「遠距離センサーに反応!」
セーラの言葉に、リンとウォルフが顔を見合わせる。
「"牙"の残党?」
ウォルフの言葉に、リンが眉をひそめた。
「まさか、ホワイトクロスの爆発から生き残ったとは思えないけどね……まぁ、こんな宙域で遭遇するんだから、ロクな相手じゃないのは確かだけどね」
「識別信号受信! 連邦宇宙軍の警備艦だ!」
レッドの声に、リンが苦笑を見せた。色々と因縁のある馴染みの相手だった。
「密輸船の臨検ね。今は空荷だけど、メルイア星系にこっそり行ってたのがバレると言い訳が面倒だからねぇ」
リンは、軽い身のこなしで、船長シートに座った。
「レッド……逃げるよ」
「アイアイ、船長!」
レッドは、スロットルレバーを押し込んだ。
いつものレッドに戻っているのを見て、セーラとリンが顔を見合わせて、クスッと微笑んだ。
臨検を回避すべく、デルタクリッパーが急加速を開始した。




