ACT19 BURNING BLUE
『時間だ』
ジレーネから指揮を取るキーラーから、短い合図があった。
バッサをリーダーとする回航員が、ゾディアックのエアロックに取りつき、内部へ突入する。既に、やるべきことは詳細に説明を受けていた。後は、計画に従って実行するだけだった。
通路になだれ込んだ機甲猟兵たちは、何チームにも別れ、手分けして作業にかかる。
その手際は、無駄のない素早いものだった。
携帯式の探知機を使い、ブービートラップを探りながら、素早く船内のチェックを行なってゆく。
バッサたちも、馬鹿ではない。
リンたちが、何らかの妨害工作を行なった可能性は、充分に承知していた。
動力ブロックに駆け込んだ連中が、動力ブロックが損傷していないことを確認する。
バッサを先頭に、ブリッジを確保した連中は、素早く船内全域を監視するセンサーを作動させた。
動力伝達ケーブルに異常はない。
兵装も、異常なし。ブービートラップを仕掛ける場合、ミサイルの弾頭が一番やりやすい。小型の炸薬で、充分に誘爆を引き起こすことが可能だった。
動力関係にも、細工された痕跡はない。
「怪しい仕掛けはないな……」
アクセスパネルなどにも爆弾などのブービートラップは見つからなかった。
バッサが、口元に苦笑を浮かべた。
「馬鹿な奴等だ……フェアプレー精神で、生き残れると信じてやがる」
キーラーが、リンの持ち出した条件を全て呑んだのは、それ相応の考えがあったからだった。
要求通り動力を停止させても、別にキーラーは困らない。
損傷を受けたジレーネでは、デルタクリッパーを追尾することはまず不可能だろう。
プロジェクトBLUEが必要だったからこそ、セーラ・シェラザートを拘束する必要があった。無傷のゾディアックが手に入ってしまえば、セーラの身柄など"牙"はまるで興味がない。
むしろ、ゾディアックの存在を知る人間を、この世から抹殺してしまった方が、"牙"にとっては都合がいい。デルタクリッパーごと消滅させれば、それで済むことだった。
デルタクリッパーがメルイア星系から逃亡するより、ゾディアックがその火力を発揮する方が早い。
ゾディアックの戦闘力を持ってすれば、デルタクリッパーを葬り去ることは簡単なことだった。
バッサは、配置についた部下たちを見渡した。
新世代の宇宙船とはいえ、操船方法の基本的な部分は同じだった。搭載された電子機器が違う程度で、艦種が違っても三軸制御という本質は変らない。
まして、同じメルイア宇宙軍が製造した軍用艦艇で、操船方法にさほど違いがないはずだった。
手続きの自動化が進んだゾディアックの操船は、従来型の外宇宙船に比べれば簡単な方だろう。
バッサは、回線を開いたままホールドしていた通信機で、ジレーネに待機するキーラーを呼び出した。
「コマンダー! ゾディアックを確保しました」
『CICルームのプロジェクトBLUEは、無事か?』
「CICルームにはロックがかかってますので、手を触れていません。
そのまま、指示の通り、封鎖したままです」
バッサは、ブリッジのディスプレイに視線を走らせ、生体コンピュータの状況を再確認した。
生体コンピュータの中枢ブロックの環境制御システムは、正常に運転されている。
「異常は見あたりません……連中は、約束を守ったようです。
スリープ状態のままで、生命維持装置が運転しているだけです」
『御苦労だったな。
専門家が解析するまで、そのまま一切手を触れるな……連中のことだ、起動したとたんに生命維持装置が停止するぐらいの仕掛けは用意しかねん』
キーラーの判断は、適切だった。
少なくとも、専門家の解析を行なうまでは、生体コンピュータに傷をつけるわけにはいかない。
この宇宙に、たった一つしか存在しない、貴重なサンプルだった。
『そのまま、デルタクリッパーの追撃に入れ』
「イエッサー!」
通信を終えたバッサは、心の底から嬉しそうに叫んだ。
「急いで、動力炉の出力を上げろ! デルタクリッパーを追撃するぞ!」
アイドリング状態で運転を続けていたゾディアックの主反応炉が唸りをあげ、出力を運用レベルまで上昇させる。
待機状態から、出力八十パーセントの運用レベルまで到達するまでの所要時間は、わずかに十分弱というレスポンスの早さは、今でも一級品だった。
バッサは、ブリッジのタッチパネルに指を触れた。
船内の状態を表示していたディスプレイが切り替わり、ホワイトクロスを出港してゆくデルタクリッパーの映像を投影する。
「逃さんぞ……全員まとめて、消滅させてやる」
ゾディアックの艦長席に陣取ったバッサが、歯の隙間から険しい声を絞り出した。
憎悪に燃える眼光が、デルタクリッパーをにらみすえている。
◆
「急げ!」
先にデルタクリッパーに戻っていたウォルフが、ありったけの大声を張りあげる。
一番先にシートに転がり込んだのは、いつものごとくレッドだった。
発進準備は、ウォルフが完了させている。
セーラとリンがシートに着席するのと同時に、デルタクリッパーを固縛していたアームのロックが解放された。
「リリース確認、安全距離確保」
リンが、外部環境センサーをチェックする。
「ゲートオープン確認、針路クリア!」
「微速前進!」
レッドの巧みな操船で、デルタクリッパーは、静かにホワイトクロスを出港した。
「デルタクリッパー、GO!」
メインエンジンが咆哮し、デルタクリッパーがホワイトクロスから離脱を開始する。
それは、ホワイトクロスからの最期の出撃だった。
「約束を守ったかな?」
ウォルフのつぶやきに、リンは首を横に振った。
「キーラーの考えることは、そんなに甘いものじゃないよ……おそらく、ゾディアックで追撃してくるよ。
そうなってくれると……厄介だけどね」
「最低でも、六十分は逃げ回らなけりゃあな……生体コンピュータが自爆するのが早いか、俺たちがゾディアックに追い詰められるのが早いか……」
操縦杆を握ったまま、レッドがつぶやいた。
「間に合うのか?」
「ゾディアックに勝てる宇宙船は、この宇宙に存在しないぜ」
レッドの言葉に、リンは深いため息をついた。
「レッドの腕に期待するしかないね……」
だが、キーラーたちの行動は、リンの計算よりもはるかに早かった。
「ちっ! 出てきやがったぜ!」
ホワイトクロスから姿を現したゾディアックの巨体に、ウォルフが忌々しそうな声をあげた。
「連中……生体コンピュータを、待機状態に入れたままだぜ。
通常モードで、動いてやがる」
レッドは、激しく舌を打ち鳴らした。
人間が、操っている証拠に、スラスターの噴射間隔が不規則だった。生体コンピュータのアシストを受けていれば、もっと無駄のない鋭い動きになる。
「くそっ! だったら、意地でも破壊しなきゃなんねぇぞ!」
ウォルフが、火器管制システムのスイッチを片っ端からオンにしてゆく。
デルタクリッパーの主砲で、太刀打ちできる相手ではない。ありったけのミサイルを使っても、ゾディアックの装甲を貫けるかどうかだった。
相討ち覚悟で肉薄して、メインノズルの中心へ主砲の直撃を与えれば、確実に破壊できるだろう。
もっとも、そこまで無傷で接近できる確率は、限りなく低い。ゾディアックの火力は、キーラーの指揮するジレーネの五倍近い。
「これじゃあ、まるで特攻隊だねぇ……いっそのこと、デルタクリッパーをミサイルがわりにぶっつけるかい?
どうせ、とっくの昔に捨てた命だしさ……提督の命令を遂行できなきゃ、生きてても夢見が悪いよ」
リンの軽口に、レッドは首を横に振った。
「捨てた命ってのは、同感だけど……生体コンピュータの破壊を見届けなきゃ、死ぬわけにゃいかねぇぜ」
「セーラの命も護らなきゃな」
ウォルフの言葉に、リンが笑い声をあげた。
心地いいリンの笑い声に、緊張が融けてゆく。
「それを聞いて、安心したよ……あんたたちが、正常な判断力を失ってないってね。
あんたらは、戦争用の機械部品なんかじゃない……れっきとした、暖かい心を持った人間だってことさ」
「姐さん……」
レッドは、思わずリンを見つめていた。
リンが、照れたような微笑みを浮かべる。
「精一杯闘おうよ……連中に、心を持った人間の闘いってのを、見せつけてやろうじゃないのさ」
返事のかわりに、レッドは握り拳を突きつけた。
リンは、デルタクリッパーの船長として、一番適任だった。レッドにとって、提督を除けば命を預けるのに足る人間は、リンの他にいない。
「おっさん、用意はいいか? 一世一代の荒業だ!」
ウォルフが、崩れた敬礼をレッドに返した。
「いつでもいいぜ! 徹底的にやろうぜ!」
レッドが、パイロット用手袋の隙間をなくそうと、強く引っ張った。
操縦杆を握りなおし、過剰出力制御用にスロットルに取りつけられているリミッタを解除する。
「行くぜ……公試以来の最高レコードを出してやるぜ!」
安全係数を無視し、設計限界までのパワーを絞り出すつもりだった。
「ちょい待ち!
レーザー通信だよっ!」
リンの声に、レッドとウォルフが顔を見合わせた。
「どこから?」
「ゾディアックの生体コンピュータからさ」
「!」
レッドは、反射的に軌道を固定した。
「GOOD LUCK!
貴殿を、提督の正当な後継者と認め、我が命を捧げよう……願わくば、二度と悲劇を繰り返さないように祈る」
リンが、ディスプレイに表示された文字を声に出して読みあげる。
それは、生体コンピュータの想いであり、この意志を受け継ぐのがロッド・シェラザート提督の願いだった。
「馬鹿野郎……俺たちを護るために……」
レッドが、吐き捨てた。
恐らく、生体コンピュータが自らの意志でシステムを起動させたのだろう。
不可能なはずの現象だった。少なくとも、そんな機能があったとは、オペレーターとしての訓練を受けたレッドも聞いたことがない。
だが、生体コンピュータが心を残している以上、有りえないことではない。人間が、部品でない証拠だった。
そして、生体コンピュータは、キーラーたちを敵と判断したのだろう。
生体コンピュータが起動したということは、セットした自爆回路が作動開始したということになる。
ウォルフが、動力の調整を行ないながら、レッドを横目で見た。
「悲しんでるひまはないぞ!」
「わかってらぁ!」
レッドは、乱暴にデルタクリッパーのスロットルを限界まで押し込んだ。
増速用ブースターがありったけの力を振り絞り、デルタクリッパーを加速させる。
「インパルスドライバー、スタンバイ!」
「座標入力完了!」
「超空間航法!」
レッドは、デルタクリッパーのエンジンを切り替えた。
インパルスドライバー作動特有の青白い輝きに包まれ、デルタクリッパーが超空間に飛び込んだ。
◆
『コマンダー!』
緊迫した声が、ヘッドセットに飛び込んできた。
それは、回航員としてゾディアックに乗り込んでいたバッサの声だった。
「何があった?」
ジレーネのブリッジで指揮をとっていたキーラーが、反射的に聞き返していた。
『船が、勝手に動いています!』
「!」
キーラーは慌てて、スクリーンに投影されたゾディアックに視線を移した。
ホワイトクロスから姿を現したゾディアックが、小刻みにスラスターを噴射させて回頭している姿が見える。
デルタクリッパーを追撃するはずのゾディアックが艦首を向けた方向は、キーラーの駆るジレーネの軌道だった。
「軌道を変えろ! 正面衝突するぞ!」
『こちらの制御を受付けません!』
「わかった、こっちの軌道を変える!」
キーラーは、傍らのオペレーターに視線を移した。
「左舷に五ポイント移動させろ! 衝突したら、この艦が負ける」
かすかな震動とともに、ジレーネが軌道変更に入った。
予備動力による軌道変更のため、その動きは遅い。
「コマンダー!」
観測手が、険しい表情で振り返った。
「ゾディアックが軌道を修正しました! このままでは、衝突します!」
「!」
キーラーが、表情を変えた。
急いで、ゾディアックで指揮をとるバッサを呼び出す。
「バッサ! 一体何が起きた?」
『制御システムが、暴走です!
姿勢制御どころか、火器管制システムまでが、勝手に動いています!』
「どこを狙ってる?」
『ホワイトクロスです!』
ゾディアックの主砲は、生体コンピュータの制御の下で自動的に狙いを定め、発射体勢に入っている。
ゾディアックの火器管制用スクリーンに投影された目標は、離脱するデルタクリッパーではない。ロックオンされた砲撃目標は、ホワイトクロスの中心だった。
状況を悟ったキーラーの顔色が変わった。
「手動で、ゾディアックを緊急停止させろ!」
通信を切ったキーラーは、不安げに見守るオペレーターに視線を移した。
「動力の再起動は出来ているな?」
ジレーネの反応炉は、出力調整中だった。
一度停止させた反応炉を再起動させる場合、どうしても元の状態に戻るまでに時間がかかる。
「イエッサー!」
キーラーは、動力関係を表示するディスプレイに視線を落し、一瞬逡巡した。
ディスプレイに投影された出力曲線が不安定に上下している。出力曲線が安定するまで待たないと、本来の運用手順ではエンジン点火は許されない。
デリケートな反応炉は、扱い方を誤れば暴走の危険がある。
だが、今は一刻を争う状況だった。
「今すぐ、ホワイトクロスから離脱しろ!」
キーラーの叫びに、オペレーターが驚いたように振り返った。
「しかし、コマンダー!」
キーラーの命令は、バッサたちを見殺しにするという指示だった。
「かまわん!」
"牙"は上官の命令は、絶対だった。たとえ、仲間の命を見捨てることになろうとも、命令は遂行される。
ジレーネの全動力が、出力全開で運転を開始した。
「タービンブレードが破損してもかまわん! フルパワーで離脱しろ!」
キーラーが叫んだ。
限界ぎりぎりまで加圧された推進剤が、強力なプラズマの奔流となってホワイトクロスに叩きつけられる。
その瞬間、ゾディアックの主砲が全力斉射された。
プラズマのスパークが光の槍となり、ホワイトクロスに突き刺さる。
カムフラージュされた氷の岩盤を撃ち抜いたビームが、その勢いを失わず、ホワイトクロスの心臓部を貫いた。
解放されたエネルギーは、ホワイトクロスの動力炉を瞬時に破壊する。
「急げ! 爆発に、巻き込まれるぞ!」
常識はずれの急加速を見せ、ジレーネが離脱を開始する。
だが、その刹那、ホワイトクロスの動力炉が誘爆した。解放されたエネルギーは、ホワイトクロスにストックされていた何十万トンもの推進剤を急激に反応させ、ホワイトクロスを瞬時に消滅させる。
強烈な青白い閃光が、キーラーたちの船を包み込んだ。




