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ACT18 駆け引き

 奇妙な静寂が訪れていた。

 ゾディアックの主砲が、機甲猟兵をにらみつけている。双方、何も行動を起こさないで対峙しているだけだった。

 ゾディアックのブリッジで、リンがバッサたちの姿を監視している。

「どうだい? この船とケンカをしてみるかい?」

 リンの口調には、悪戯っぽい笑いを含んでいる。キーラーの狙いがはっきりした以上、それを盾に取るしか方法がない。

『……』

「三連集束ブースター付きの三百二十ミリ粒子砲とケンカする度胸があるなら、かかっておいで」

 ただの脅しではなかった。

 発射体勢が完了している証拠に、大口径の反射鏡がぼんやりと赤い光を放っている。

 バッサのヘルメットバイザーに投影された、熱源センサーからのデータもそれを証明していた。

 強力なエネルギーが、解放されるのを待っている。

『ここで撃てば、誘爆することぐらいわからない人間でもあるまい……貴様等も助からないぞ』

 割り込んできたのは、ジレーネにいるキーラーの声だった。

「そうだよ」

『なっ!』

 あっさりとしたリンの返事に、キーラーは一瞬言葉に詰まった。

『ならば、なぜ今すぐ撃たない? 撃ってこれないんじゃないかな?』

 キーラーの声は落ち着いている。

 素早く状況を把握するところなど、昔と寸分変わっていない。

「そりゃあ、あたしらだって死にたくないさ……けど、ちょいとばかり退けない事情があるのさ」

 リンの方も、負けてはいない。

 リンがこう言い出した場合、本気でやりかねないことぐらい、キーラーも承知しているはずだった。

『……意地を張り合っていても、手詰りだと思うがな』

「お互いにね」

『条件を聞こうじゃないか』

 リンは、苦笑を浮かべてマイクに唇を寄せた。

「そうこなくっちゃね……あんたは、話がわかる」

 キーラーが笑った気配が、返ってきた。

『よく言う……何が望みだ?』

「あたしらは、あんたの欲しいものがこの船だってことを知っている……」

『!』

「どうする? 突入させるかい? おかしな真似をしたら、自爆させるだけだからさ」

『なっ!』

 これには、さすがのキーラーも、冷静さを失った様子だった。

『貴様……その船を失えば、どれほど人類の損失があるか、考えたことはないのか!』

「あるわきゃないさ……あたしらには、メルイアの遺産なんてどうだっていいのさ。

 提督の足取りを追って……行方知れずの父親に会いたい一心の娘の夢をかなえてやろうってことだけさ」

『交換条件か……』

 キーラーが、うなり声をあげた。

「この船を爆破されたら、困るんだろ?」

『無傷で引き渡すと言うのか?』

「あんたらが、セーラに二度と手を出さないって保証があればね」

『……』

 キーラーの沈黙に、リンが一気に畳みかける。

「さぁ、どうする? あたしらは、この船を手に入れたって、どーせスクラップとして売り払うしか使い道がないんだからさ……あんたにとって、損じゃない取り引きだと思うけどねぇ。

 セーラに、二度と手を出さない……オーケイ?」

『よかろう、セーラの身の安全は保証しよう……だが、"牙"は貴様らデルタクリッパーを許しはしないぞ』

 とたんに、リンが声をあげて笑い出した。

「商談成立!

 条件を決めようよ……約束を破られちゃ、馬鹿らしいもんね。

 まず、あんたらが一時間以内に、動力炉を停止させること」

『追撃できないように、か?』

「背中を向けたとたんに撃たれるのは、どうも嫌いでねぇ。

 あたしらは、そっちの動力が停止するのを、センサーで確認してから離脱するよ」

 リンは、メモ用紙に素早くペンを走らせながら、キーラーと交渉を続けていた。

『相変わらず用心深いな……』

「あんたを信用してちゃあ、命なんざいくつあっても足りやしない」

 そう言いながら、リンは指先でメモを弾いた。

 ふわりと舞い上がった紙片は、魔法のようにウォルフの手元へ飛来する。

 一読して、ウォルフは承知とばかりにうなずき、レッドに紙片を手渡した。

"デルタクリッパーの出港準備を整えること"

 レッドは、紙片を握りつぶした。

 ウォルフがデルタクリッパーの発信準備を整えている間に、レッドがしなければならないことが一つだけ残っている。

 レッドは、セーラをうながしてCICルームに入った。

 レッドは、真正面からセーラを見つめた。

「セーラ……この遺産は、俺に託してもらえないか?」

 セーラが、小さくうなずいた。

 真剣な光をたたえたセーラの深青色の瞳が、レッドを見つめ返している。

「あたしは、レッド……あなたを信じるわ」

「ありがとう……」

 セーラの肩を軽く叩いたレッドは、生体コンピュータのシステムをながめ渡した。

 プロジェクトBLUEを、"牙"に渡す訳にはいかない。

 キーラーの手に、生体コンピュータが渡れば、どういうことになるか見当がつく。生体コンピュータのシステムを解析し、量産するだろう。

 メルイアの残党が再び、宇宙を戦争に導くのも許せない。

 だが、もっと許せないのは人間が部品にされることだった。生体コンピュータを量産するとなれば、また人体実験に利用される犠牲者が増える。

「許せ……」

 レッドは、コンソールのキーボードに指を走らせた。

"COM=CLOSE-YOUR-HEART

 PRM=SLEEP/BLUE-SYS

 XX=*GOOD-BYE-ZODIAC!"

 ゾディアック級の専属オペレーターとして訓練を受けたレッドしか知らない、自決用の特殊なコマンドだった。

 一度起動してしまえば、二度と解除はできない。

 生体コンピュータの秘密を護るための自爆装置だった。

 今度、一度でも生体コンピュータが反応した瞬間、再優先で実行される。

「自爆用のコマンドだ……この命令が実行されるのと同時に、船体各所にセットされたタイマーが作動を開始する。

 自爆までの猶予時間は……六十分ジャストさ」

 レッドは、沈痛な表情でディスプレイを見つめた。

「救えなかったよ……俺には、これしかしてやれない」

 その時、レッドに寄り添ったセーラが、レッドの左手を握り締めた。

「……何も出来なくってごめんね……あたしも、レッドと同じ気持だわ」


       ◆


「コマンダー!」

 ジレーネに戻ってきたバッサが、とがめるような声をあげた。

「何だ……騒々しいな」

 ジレーネの指揮を取っていたキーラーが、静かに振り返った。

「連中との約束を護るのですか?」

 バッサが、忌々しそうな表情を浮かべる。

 キーラーとリンの紳士協定には納得がいかなかった。敵に情けをかけるという概念は、バッサにはない。

 キーラーがかすかに笑った。

「馬鹿なことを聞く……あんな約束など、最初から護る気はないさ」

 見る人の背筋が冷たくなるような、残酷な眼差しだった。

「だが……手詰りになっていたことも、確かだったな」

「では……なぜ、連中の言いなりに?」

 バッサの問いに、キーラーはかすかに肩をそびやかした。

「ゾディアックを手に入れるのが、最優先命令だ……自爆させられては、今までの努力が無に帰してしまう」

「しかし……連中を逃してしまうのですか?」

 執拗に食い下がるバッサの言葉に、キーラーは静かに首を横へ振った。

 キーラーの仕草の節々に、したたかな自信が垣間見える。

「逃しはしない……だが、ここは連中の策にはまった振りをするのさ」

「……」

「白兵戦も闘いのうちだが……騙し合いも、闘いに必要な要素の一つだからな。

 リン・リンファは、一流の策士だ……だから、こっちは連中の裏をかく」

 キーラーは、口元を奇妙にゆがめてみせた。

 統合戦争中に一度だけ、リンと一緒の任務についたことがあるだけに、キーラーはリンの能力を承知している。

 敵に回ったとはいえ、その能力を過小評価するほどキーラーも馬鹿ではない。

「二十時間もすれば、待機させていた"牙"の戦闘艦隊が、メルイア星系を封鎖する。

 連中に逃げ道はないさ……遅かれ早かれ、奴等は死ぬんだ」

 キーラーが、そう言って指を鳴らした。

「連中もプロなら、こっちもプロだ……考えられる手は、全て打った」

「……連中は、まもなく出港します……」

「包囲する前に、逃げられる……か?」

 キーラーが鼻を鳴らした。

 確かに、"牙"の援軍がメルイア星系に到達するまでの間に、デルタクリッパーが逃走出来るように見える。

「ジレーネの動力炉を停止させると……確かに、追撃までに若干の時間のロスがある」

 リンとしても、援軍が来ることを計算にいれて取引を持ち出したのだろう。

 だが、キーラーは、最初からジレーネで追撃など考えていない。

「この艦は、連中と闘うには損傷が大きすぎる……ゾディアックで連中と闘う」

「!」

 バッサの眼光が、わずかに歓喜の輝きを見せた。

「ゾディアックの戦闘力をテストする絶好のチャンスだ……連中は、自分たちの手放した戦闘システムの恐ろしさを知ることになるさ」

 とたんに、バッサの表情が輝いた。

「わかったら……急いで、回航員を選抜する準備を始めろ」

「イエッサー! コマンダー!」

 キーラーの狙いが、バッサにも理解出来た。

 バッサは、キーラーの命令を遂行する準備を開始した。

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