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七節 「月下の結束」

 煌々(こうこう)と輝く満月の下。村の広場には3人の男女が集まっていた。言うまでもない。ハルバート、セリア、テオボルトだ。


 本来であれば、僕の立場ではこの状況に立ち会うことはできない。しかしその後の顛末が気になって、こっそりテオボルトの後を追いかけてしまった。彼らに見つかりさえしなければ大丈夫……のはずだ。今は3人の近くにある背の高い草むらで、息を潜めて様子を伺っている。


「テオボルト……」


 息を切らして現れたテオボルトの姿を見て、ハルバートがその名を呼ぶ。僕が宿でテオボルトと話している間に、セリアが彼を慰めていたのだろう。少しだけ、晴れやかな表情の勇者がそこにはいた。


「ハルバート、何も分かっていなかったのは俺の方だった。すまない」


 テオボルトは開口一番、ハルバートに謝罪する。


「俺は自らの内から湧き出る怒りを、お前にぶつけた。しかしそれは間違っていたのだ。俺が叱責するべきはお前ではなく、何も踏み出すことのできない、俺自身だった」


 テオボルトが自らの内心を吐露する。目を背けたくなるようなその胸の内とは対照的に、彼の表情はすっきりとしていた。


「いいんだ。テオボルトの言ったことは、全部当たっていた。オレが戦士として立ち上がったこと、そして数々の戦いを4人で乗り越えてきたこと。その意味を……オレは見失っていた」


 ハルバートも、自身の内面と向き合っていた。自分自身がどうあるべきか。彼も、彼なりの答えを見つけたようだ。


「もう邪竜の血には負けない。自分が犯してしまった過ちも、これから自分の手で償っていこうと思う。エミリーにも……ちゃんと謝りたい。そしてもう一度、4人で旅を続けたい。今は心からそう思っている」


「ハルバート……」


 セリアも、ハルバートの様子を見て安堵しているようだ。もしかしたら今回の一件は、彼女が一番の被害者だったのかもしれない。


「ふっ、この短い間に、随分と雰囲気が変わったな、ハルバート」


「ああ、もう間違えない。だから、またオレと一緒に戦ってくれるか、テオボルト」

 ハルバートが、右手を前に出す。


「勿論だ、友よ。お前無くして、この旅はない」


 ハルバートの差し出した手を、テオボルトが固く握り返す。彼らの旅は、まだ終わらない。寧ろここからまた、新たに始まるのだ。


「だがもし、またお前が自らの闇に飲まれるようなことがあれば、そのときは必ず俺が止めてやる。どんな手を使ってでもな」


 テオボルトが、にっかりと歯を見せて笑う。


「はは、お手柔らかに頼むよ!」


 ハルバートも、呼応するように破顔する。彼らはやはり、最高の相棒だ。



 そのとき、広場の入り口で砂を踏む音が聞こえた。突然の気配に、皆がそちらを振り返る。



「皆さん……!」


「エミリー!」


 月明かりに照らされたその人物の正体を目にして、セリアが歓喜の声を上げる。セリアはそのまま駆け出し、その影に抱き着いた。ハルバートとテオボルトも、驚きと喜びに満ちた表情でそちらへ歩み寄る。


 そこには、診療所で眠り続けているはずの、エミリーの姿があった。


「エミリー、もう傷は大丈夫なの?」


「ええ、きっとセリアさんの応急処置が良かったんだと思います。私は長い間、眠っていたようですね。すっかり血も止まって、傷も塞がっています。皆さんには、ご迷惑をお掛けしました」


 エミリーがぺこりと頭を下げる。初めて彼女の人となりを目にするが、非常に物腰が柔らかく、温かい心を持った少女のようだ。想像するに、ハルバート達が彼女の存在に助けられてきたことも、きっと大いにあるだろう。エミリーの純真さは彼らの精神的支柱として、欠けてはならない物のはずだ。


「エミリー、すまない。オレはあろうことか、仲間であるお前を自らの手で傷付けてしまった。きっと、オレを許すことは出来ないと思う。だけど、それでも謝らせてほしい。本当にすまなかった」


 ハルバートも、また腰を折る。自分の罪を認め、次へと進むための誠意として。


「いえ、いいんです、ハルバートさん。あの時は、ハルバートさんも冷静ではありませんでした。ハルバートさんも……苦しんでいました。だから、仕方のないことです。どうかお気になさらないで下さい。さあ、頭を上げて」


「ありがとう、エミリー。本当に……すまなかった」


 エミリーに促され、ハルバートが上体を起こす。ハルバートの目線の先には、笑顔で彼を見守るエミリーの姿があった。


「もう謝らないでください、ハルバートさん。もう、済んだことです。またこれから、みんなで歩いていきましょう!」


「ああ……そうだな。そうだよな、エミリー! ありがとう。またこれからも、よろしく頼む!」


「はい!」


 ハルバートとエミリーが、固く手を握り合う。兄テオボルトとの関係を結び直したばかりのその手は、妹エミリーへと繋がれた。


「ふふ、上手くまとまったわね。じゃ、エミリーの復帰を祝して、それに私たちの再始動を祝して! 宿でご飯でも頂きましょう?」


「それが良かろう。エミリーも、一度宿へ来ると良い」


 テオボルトが、エミリーの肩を抱く。こうして見ると、確かに心の優しい2人は、よく似た兄妹だと思えた。


「あ~、お腹空いた。今日まで何食べても全然おいしくなかったんだから! さーて、今日は取り返すわよ~!」


 セリアが腕を回して意気込んだ。


 そう言えば、つい聞き入ってしまって油断していたが、これはまずい。彼らが帰って来てしまう! 急いで宿に戻らねば……。


 そのときだった。月明かりを遮って、ひとつの影が降りてきたのは。


「盛り上がっているところ申し訳ないが、お前たちはここで死ぬ。お食事会は、冥土で楽しむことだな……!」


 影はゆっくりと彼らの前に降り立ち、逆光で不鮮明だったその姿が露わになる。2メートルほどの体長に、蝙蝠のような翼、執事服を身にまとった黒ずくめの魔人が、そこにはいた。


「お前は……マルクァス!」


 ハルバートがその名を叫ぶ。


 僕はさっぱり聞いたこともない名前だが、彼らの様子から察するに、おそらく邪竜の眷属の一人だろう。きっとここまでにも、何らかの因縁があったに違いない。


 と言うことはもしかして、ここで敵側幹部クラスと主人公たちとの戦いが勃発するのか? だとすると、昨日の魔犬とは比べ物にならない重要な現場を、僕は目撃できるかもしれないぞ……!



 そう期待した矢先、僕の足は物音を立てないように後ろ側へゆっくりと動き出していた。



「……は?」


 自らの意思と逆行して、身体が広場から遠ざかり始めたことに僕は妙な声を漏らす。


しかしそのままその動きが止まる事はなく、僕の足は彼らから十分に距離を離したところで、一目散に宿へと走り始めていた。

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