夜が満ちる
ぴかぴかと赤色に発光する誘導棒を振っていると、夜があらわれた。それは朝でもなく、昼でもなく、まぎれもなく夜なのだ。朝の輝きも、昼の怠惰もなく、夜の静寂を身にまとっていた。
夜は暗かった。
朝は鮮明で、昼は明瞭で、夜は暗黒だ。
夜は言った。
「この先はどこに続いてる?」
私は実態のない暗い影のような存在に語りかける。
「朝です」
「朝と夜は同居できない。だから俺はまっすぐ行く」
夜は右折をうながす私の誘導に従わずに、直進する。
私はそれを咎める勇気もないので黙って見送った。
夜は進んでいく。
「朝と夜は同居できない」と夜は言ったけど、朝でも夜が明けない極夜と夜でも朝が暮れない白夜は、どちらが朝でどちらが夜なのだろうと考えて、それなら本人に聞いた方が早いと思って、夜を追いかけた。
夜は、静寂で暗黒で、悲しそうだった。
夜も、朝や昼みたいに、子ども達の顔が見たいのかもしれない。
だったらこの先に行かせるべきではない。
「夜さん、待って!」
言ったけど、夜は落ちた。
崖下に落ちて、そこには静寂と暗黒が満ちていた。
私は、今が朝なのか昼なのか夜なのかわからなくて、足元に広がる無機質な光景に夜を感じた。
川上弘美さんの(第115回)芥川賞受賞作「蛇を踏む」に収録されている掌編小説集「惜夜記」を読んでて、冒頭に「夜」というフレーズが入ると、ストーリーは相変わらず意味不明だけど、めちゃくちゃセンスあるなって思って、その幻想的な世界観に感銘を受けて書きました! 正確には書かずにいられませんでした!