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《『桜庭姉妹の日常』シリーズ一覧》

桜庭姉妹の日曜8:くもペン

作者: 賀茂川家鴨

桜庭初花さくらばそめか

「初花は菊花きっかお姉ちゃんのただ1人の妹なのです。嘘なんか吐いていないのです……たぶん」

 やあ。僕はいま、初花そめかの部屋にある押し入れの中で、布団にはさまれて寝ている。

 押入れから外に腕を突き出してみる。

 …………。

 おかしいな。いつもなら初花が僕を引っ張りだしてくるはずなのに。

 ずるりと

 僕は桜庭菊花さくらばきっかだよ。長い栗色の髪が自慢の、いまどきのJKさ。

 学校帰りで、そのまま押入れの布団に入って寝ているんだ。

 初花と一緒にジェットこたつで帰ってきたはずなんだけどなあ……。まだ酔ってるのかな?

「う~ん?」

 ずるずると布団から滑り出て、初花の畳張りの部屋を見渡す。ちなみに、ボタンひとつでフローリングに切り替えられるよ。

 のっそりと立ち上がって、初花をさがす。

 初花はサッシの傍でちょこんと体育座りしていた。

 僕と同じ栗色の髪を小さなポニテにしているのが妹の初花そめかだよ。

「おーい、初花?」

「……きれいなのです」

 初花はぼんやりと外の青空を眺めている。うーん……ちょっと元気がないなあ。

 よし。



「ダーイブ!」

 初花の横に頭からべしゃりと倒れるよ。畳だから全然滑らないや。

「菊花お姉ちゃんは、初花を妹だと思いますか」

「うん? そりゃそうだよ。こうやって気楽にちょっかいを出して楽しめるのは僕の妹の初花だけだよ」

「いまは、冗談はいいのです」

 背筋に力をこめて、顔を上げる。初花の円い栗色の瞳と目が合った。

「初花は僕のかけがえのない妹、家族だよ」

「そうですか」

「急にどうしたんだい?」

「わたしが初花かどうか心配になったからです。もしかしたら……初花がお姉ちゃんに優しくされたり、学校のみなさんに避けられたりしているのは、その……理由があると思ってしまったのです。本当のわたしは初花ではなくて、初花だと思い込んでいるだけの赤の他人なのかもしれないと、ちょっとだけ、思ってしまったのです。菊花お姉ちゃんは、もし初花が初花ではなかったとしても、妹だと思ってくれますか」

「正直、昨日の話を聞いて安心したよ。でもね、僕は初花が1人でも2人でも、妹として歓迎するさ。それに、僕はもしかしあら偽者かもしれないじゃないか。初花は僕が偽者だと思うかい?」

「そんなことはないのです」

「僕は桜庭菊花だけど、僕が人間かどうかは答えられないよ。真面目な話をしたらお腹がすいてきちゃったよ。初花の作ったおやつが食べたいな」

「……しょうがないお姉ちゃんなのです」

 初花に頭をなでられた。少し元気になったかな。笑顔になったみたいだ。



「おやつがほしいのはわかったのです。いまから初花がつくってあげるのです。でも、いたずらするのもいいかげんにするのですよ。お布団はちゃんと床に敷いて寝ないと、疲れがとれないのですよ」

「善処するよ……あっ、やめて、いたい! ごめんて!」

 あたたかい両の手のひらで、頭をぎりぎりと締めつけられる。笑顔が怖いよ……。

「まったく。最近、甘やかしすぎたのです。このままだとお姉ちゃんがだめなお姉ちゃんになってしまうのです」

 ふと力を緩められ、頭のてっぺんにぽんと手を置かれた。頭のコリが取れてすっきりしたかもしれない。

「痛くしてごめんなさいなのです。菊花お姉ちゃんのお世話は、ほかの人に任せられないのです」

「そうかもしれないね」

「……お姉ちゃんは初花のことをもっと頼ってくれてもいいのですよ? 徹夜ばかりしていたら体調を崩してしまうのです。お料理とかお掃除とか、書類の整理とか、それくらいなら初花にもしてあげられるのです。だから、初花を見捨てないでほしいのです……」

 うーん……。将来、初花が典型的なダメ男に引っかかりそうで心配だよ。

「こんな可愛い妹を見捨てるわけないじゃないか。もっと自信を持ってほしいな。僕も、節度をもってふざけるようにするから」

「しょうがないお姉ちゃんなのです……今度変なことをしでかそうとしたら、首筋に手刀を入れて眠らせるのです」

「いやいや、それ、首の骨が折れて永眠しちゃうよ?」

「……そんなことはしません。手刀を入れる素振りをして、お姉ちゃん専用の睡眠薬をお注射するだけです」

「えっ、そんなものを隠し持っているのかい?」

 おかしいな。なんだか少し前に、初花に注射を打たれたような気がするよ。でも、はっきりした記憶がない。

「それ、僕、平気? 随分と即効性があるものだよね? 後遺症は残らない?」

「たぶん平気なのです。お父さんに作ってもらいました」


   *


 僕は自室にこもって、初花の手作りブルーベリーサンドクッキーを頬張りながら、ノリノリで新しい製品の実験をしているよ。

 うん、仕様通りに動いているね。初花に見せてあげよう。


   *


「ちょっと青空に雲を描いてみようと思うんだ」


 僕は初花の部屋で畳に寝転がっている。……頬が痛いから、やっぱり立とう。

 初花は正座していたけれど、飛び上がるように後ろへ下がった。

「くも? 虫は苦手なのです!」

「スパイダーじゃなくてクラウドのほうね。この《くもペン》を使えば、雲が描けるよ」

 太い油性ペンくらいの太さをした金属製の白いペンを初花に手渡す。

「横のボタンを押しながら宙に描いてごらん」「こうですか?」

 初花がペンを走らせると、ペン先からもくもくと、ふわふわした雲が出てくる。

 僕は、手にすくって口に入れてみせた。初花が目を円くしている。

「お砂糖でできているから、食べられるよ」

「《くもペン》じゃなくて、わたあめペンなのです?」

「いまはね。ペンの頭の部分を、上から見てこう……右に回すと、ちゃんとした雲が描けるよ」

 僕は《くもペン》の頭を回してみせた。初花が宙にペンを走らせると、もくもくと霧のような雲の軌跡ができた。

「詳しい説明は省くけど、空気中の水分を集めて、ペンの中で素早く雲に変化させているんだ」

「はあ」

 初花は雲で星やハートの記号を描いてみた。でも、雲はすぐに消えてしまう。

「もうちょっと雲が残ってほしいのです」

「ペンの頭を回すほど出力が上がって、雲の生成量が増えるようになるんだ。ただ、あんまり出力を上げると危ないから、カチッと音がするところ以上に回さないでね。一応ロックしてあるし、耐久テストしたから大丈夫だと思うけど……」

「わかりました」

 初花はペンの頭を回そうとする。でも、何故かうまく回らない。

 僕と初花は小首を傾げた。

「硬くて回らないのですよ?」

「おかしいなあ。まだ全然出力を出していないよ? テストのときは問題なかったのになあ」

「ていっ」

 初花は腕に力を込めて、勢いよくペンの頭を回した。

 ポキン、と小さな音がして、ペン先からもくもくと白い雲が出始める。

 天井が真っ白な雲で覆われていく。

「あっ」

「と……とれちゃったのです。ごめんなさい」

「ごめん、設計ミスかもしれない。でもこれ、金属製なんだけどなぁ……」

 あたふたする初花の手から《くもペン》を抜き取って、ガラス戸と網戸を開き、ベランダにぽいと放り込む。

 ガラス戸を締め切り、畳へ仰向けになって寝そべった。

「このままだと、初花のせいで、お部屋の中も外も雲だらけになってしまうのです」

「あの出力だと、あんまり電池持たないから、あと5分も出しっぱなしにしていれば止まるよ。無理に止めようとして水素爆発されたほうが困るんだ。でも、どうして折れちゃったのかな……」

 スキャニングと指差し点検をしたはずだけど、小さなヒビでも入っていたのかな?


 ふと、部屋のドアがドンドンと叩かれる。

「僕が出るよ」

 僕は小さくドアを開いた。

 廊下でよく挨拶する黒髪のかっこいい20代くらいのお姉さんがいた。

「どうした? 火事か?」

「ちがうよー」

 お姉さんは、対未確認生命体や防諜などのために組織された桜庭重工防衛隊の、第2師団隊長だよ。

 防衛隊といっても、予備自衛官からの派遣隊員と専属警備員の寄せ集めだけどね。

 全部隊の指揮権は、原則、お父さんが持っている。お父さんがいないときはお母さんが、2人もいないときは僕か初花が持つ。でも、第2師団は親衛隊みたいなもので、お父さんとお母さん、僕、初花が指揮権を持っているよ。といっても、実質的には、第2師団の主な任務は、僕達の身辺警護になっている。

「お姉さん、今、暇?」

「頭のおかしい訓練は終わったし、やることは見回りくらいだ。ぶっちゃけ暇ではある。つっても、貴様らの相手をするのも仕事の1つだ」

 警備のお姉さんは、専属警備員では数少ない女性だからって理由で、僕達姉妹の警備を2年前くらいからしてくれているよ。あとはお風呂場とか女性寮とかかな。

「研究所の彼とはうまくいってる?」

「特に進展はない。向こうは仕事で忙しいみたいだからな」

「そっか。お姉さん、何か造ってほしいものはあるかい?」

「まともな医療キットがほしいな」

「それはお父さんに任せたほうがよさそうだね。ほかには? 今年度の研究予算はまだたっぷりあるし、ヘリとか戦車とか、宇宙戦艦とかもつくれるよ?」 というか設計図あるよ?」

 僕がニヤリと笑ってみせるけど、お姉さんは大して驚いてくれなかった。もう慣れちゃったかな?

「……いや、そこまでしてもらわなくていい。山道を走れるタフな乗用車があるといいな。貴様ら、学校以外は引きこもってぼっかりだろう? 貴様らが休みの日に、俺がドライブに連れてってやるよ」

「うん、言われてみれば、僕達、最近引きこもってばっかりだね。乗り心地がよくて頑丈で長持ちする車だね。4輪駆動にして、6人乗りくらいでいいかな」

「ああ。気が向いたらでいいから、頼むぜ。何かあったら呼べよ。じゃあな」

 軽く敬礼されて、そっと戸が閉められた。


 さてと。2分くらい経ったかな?

「うん。まあ、予想はしていたけどさ」

 青空にどんどん雲が広がっていき、太陽の光が遮られていく。

「いやな予感がするので、布団を押入れに入れておくのです」

 初花はガラス戸を開き、もくもくした雲海を突き抜けて、布団を丸々全部運んできた。ちょっと重そう。

「……僕も手伝おうかい?」

 初花は布団を置くと、後ろ手でガラス戸を閉め切った。

「お姉ちゃんはあのペンを見張っておくのです」


   *


 エアコンで除湿を回した部屋で、僕と初花は目覚まし時計を傍らに、ガラス戸とにらめっこしていた。

「カップラーメンができる時くらいの間が経ったよ」

 外は雲一面の大雨、時々雷まで鳴りはじめた。砂漠の緑化に使えるかな?

 暴走していた《くもペン》が動作を止めたことを確認して、回収する。

「今日の天気予報は大外れだね」

 ペンの頭がきれいに破断している。修理するより造り直したほうが早そうだね。今度は最大出力を下げて設計しようかな。


   *


 壊れたペンを自室で解体して部品を回収し、設計図を見直す。

 どこもおかしくはないはずだけどなあ。お父さんに見せてみたけど、問題なかったし。

 ふと窓の外を眺める。もう、まっくらじゃないか。デジタル時計は午後7時を示している。

 ドアがコンコンとノックされた。

「お姉ちゃん、入るのです」

「はーい」

 パソコンを操作してドアのロックを解除する。

 黄色いエプロンと三角巾を身につけた初花がとことこと入ってきた。

「ごはんの時間なのです」

「うん」

「夕飯はお姉ちゃんの大好きなカレーライスにしたのです。十分寝かせたので、来てほしいのですよ。みなさん食堂に集まっているのです」

「行く!」


   *


 32畳くらいはある広いダイニングに、関係者がごった返している。あまりに人が増えたから社内食堂が新設されたんだ。

 料理は希望者の中から当番制になっていて、企業からバイト代が出る。今日は料理好きのお母さんと初花が全部切り盛りしている。昨日はお父さんが料理したけど、お父さんの料理は、いつも全くアレンジしないレシピ通りの味で、あんまり人気ではないよ。ちなみに僕は、まずレシピに手を加えてから、レシピ通りにつくる。おいしいレシピさえあれば、設計図感覚で、おいしいものが作れるはずなんだけどなあ。いつぞやのケーキのレシピは材料しか書いてなかったから頭を抱えたよ。まあ半分悪ふざけだったけど、みんなでちゃんと全部食べたよ。食べ物は粗末にできないからね。

 2杯目のカレーをがつがつ食べながら、ごはんを食べ終えたお父さんが変なポーズととっているのを眺める。

 腰に変身ベルトを巻いて研究員とノリノリで遊んでいるみたい。僕も混ざりたいけどカレーがおいしくて離れられない。

 このとろっとした深み、カレー特有のスパイス、ジューシーな鳥肉のうまみ、初花の愛情がたっぷり詰まっている。

「お父さん。椅子に乗ったらだめなのです。倒れたら危ないのですよ」

 お父さんが初花に平謝りしている。、酔っているわけでもないのに、はしゃいでるなあ。

「おかわり!」

「お姉ちゃん、これで3杯目なのですよ?」

「お、おかわり……」

「お姉ちゃんに悲しい目で見られたら初花は断れないのです」

「ありがとう!」

 初花からカレー皿を受け取り、もりもり食べる。

 前に座っていた第2師団隊長のお姉さんがぽかんとしてこちらを眺めている。

「……よく食うなあ」


   *


 僕は初花の畳部屋で仰向けに寝転がっていた。

「お姉ちゃん。食べてすぐ寝たら牛みたいなのです」

「動けない……」

「しょうがないお姉ちゃんなのです。布団を敷くので、初花と練るのですよ」

 ふわりと敷布団が広げられ、まくらが2つ、立て続けにお腹の上までとんできた。

「うぐっ、ぐえっ」

「よいしょっと」

 敷布団の上にずるずると運ばれて、毛布と布団がかけられる。

 菊花がもぞもぞと隣に入ってきた。

「おやすみなさい、お姉ちゃん」

 目覚まし時計をセットし、隣のリモコンで、部屋の電気が消された。

「うん、おやすみ」



 初花の小さな吐息が、僕の頬にかかけられる。

 僕達の何気ない、かけがえのない1日は終わり、新たな1日がはじまる。(了)

◆あとがき

「もしもし、かもさん? メタに片足突っ込んでいる桜庭菊花だよ」

「知ってます」

「クローン技術なんてないし、僕はいつまでもJKの1年生じゃないよね?」

「前者は、何か勘違いしているようですが、まあいいです。ただ、後者は……」

「あれかな? メタ的にこのままのほうがいい?」

「…………」

「季節感などを現実に合わせているため、おかしいところが出てくるかもしれないけれど、あんまり気にしないでって言えばいいんだよ。そしたら、僕がある日とつぜんスーツ姿で8頭身になって出てきても問題ないよね?」

「だめです」

「だめかー」

「この大規模調整槽、すなわち、箱庭の中では、観測者に不都合な要素は意図的に排除されています。これを解決するためには観測者から権利を奪うか、観測者に対して説得を行ってください」

「相変わらず煙にまくような言い方ばっかりだなあ。観測者ってかもさんのことだよね?」

「ここでいう観測者の意味であれば、違います。刺激を与えるためにお遊びで投入されたU.F.O.の意味を考えてみて下さい」

「僕にとっての本質的な観測者は、かもさんただ1人なんだけどなあ」


◆おまけ:カットしたセリフ(長い+メタい)

「もしも僕の記憶を受け継いだ瓜2つのクローンがつくれたとしても、それぞれ僕が僕であることには変わりないよね? もしも僕らが観測者に脳みそだけ抽出されて、かりそめの世界を見せられていたとしても、箱庭にいる僕らにはそれを証明する手段を持たないよね? もちろん、僕はアナキシマンドロスやソクラテスの壁を超えていかなければならないと思っている。でも、僕が僕であるかどうかは、あくまで哲学とか技術とかの領域であって、そんなものは、いるかどうかもわからない観測者にしかわからない」


 なんて言ってみたけど、僕は第三の壁を簡単に越えられる立場にいるし、観測者に片足を突っ込んでいるようなものなんだけどね。でも、それは何の解決にもならない。問題にすらならない。僕はいまのところ、この静止した箱庭しか居場所がないのだから。


「僕みたいな発明家にとって、哲学は倫理的基盤として重要視することはある。けれどね、そこでの哲学は、前提として、人間というものを操作的に定義した上でのものにすぎないんだ」

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