初めての兎友達
「さすがにいないか…」
巨大な樹木を前にして、俺は悲しげにそう呟いた。
一歳だったころ、止血しようとして毒を与えてしまったドラゴンのことがずっと気にかかっていたのだ。
だがドラゴンが生きてるにしろ死んでるにしろ、あれから四年もの月日が流れているのだ。
生きていれば移動するだろうし、死んでいれば獣に食われる。
どのみちもう行方はわからない。
もし生きていれば――罪悪感は取れるのだろうか。
ひとつの生命を殺してしまったという罪悪感は、今もなお小さな棘となって心に突き刺さったままだ。
「さて……そろそろ出発するか」
前に進まなければならない。
この世界で俺は獣の王になると、決めたのだから。
そうして家を出てから一週間が経った。
空腹で倒れそうになりながらも、そこらへんに自生している草とか虫とか食べることでなんとか耐え忍んでいた。
魔獣から逃げたり、お腹を下してしばらく動けなくなったり色々とあったが、なんやかんやで歩き続けること、ついにいくつもの家々が並んでいる場所が視界に移った。
いわゆる兎人族の住む集落だ。
もしもバンコが半魔でなかったなら、ここで暮らしているはずだったのかもしれない。
だが別に父バンコを恨んだりはしていない。
バンコはいい父親で、優しくしてくれるし、そもそも異世界での俺の実の父親だ。
恨めるはずもない。
「た、たすけてくれぇー!だれかぁあああ」
叫び声がして振り向くと、馬に乗った集団が通り過ぎて言った。
集団は檻に似た荷車に何人もの兎人族を閉じ込めていた。
彼らはどこへ行くのだろうか。
というか……。
「俺は生きてここを出られるのだろうか……」
この集落の第一印象は、地獄の二文字であった。
人通りは少ないし、見るからに治安悪そうだ。
「と、とりあえず学校探すか……」
通行人に聞こうかと何人かに声をかけるも、全員無視して逃げるように離れていった。
仕方がないので自分の足で探すこと数分、大きな建物を視界に捉えた。
「公立兎人共通学校――ここか」
学校は、かなりボロい木造の建物だった。
校庭を横断して校舎へと入る。
てきとうに教室を見てまわったが、どの教室も机と椅子が等間隔に置かれ、黒板らしきものが1つだけ置かれているだけのシンプルなものだった。
しばらくそれらの光景を眺めた後、俺は族長と呼ばれる人物の元を訪れた。
一軒だけ大きな家があるうえに、〈族長のお住まい〉なんて看板まであったので探す手間はほぼいらなかった。
学校からも差ほど距離はない。
族長の外見は、ライオンラビットという品種の兎に似ていた。
顔まわりに百獣の王のライオンの鬣のような、長くて柔らかそうな毛が生えている。
「おぬし、見ぬ顔だが……名をなんという」
「あっ!は、はいぃ!俺はカイセルといいます」
「カイセルか。おぬし、好きな食べ物はなんじゃ?」
「……」
「どうした?さっさと言わぬか。それとも言えぬ訳でもあるのか?」
「――え?あ、すいません。好きな食べ物ですか?えっと……ランゴ、ですかね」
族長に凄まれて正気に戻ると、慌てて返事をする。
若干間を置いて返事してしまったが、よく考えれば俺はランゴとキャロントしか食べたことがないのだから、迷うような問題でもない。
族長は髭を撫でながら、なにか思案するような顔つきになる。
「そうか……ランゴか」
神妙な面持ちで、まさか好きな食べ物を聞いてくるとは……。
しかし、いったいこの質問に何の意味があるんだろう。
突拍子なさすぎたこともあって、返事が遅れてしまったじゃないか……。
族長の周囲には何人もの護衛がいる。
こんなに様々な兎人族と出会ったことがなかった上、半魔であることがバレないだろうかという不安も相まって、極度に緊張していた。
必死で想定していた質問に身構えていたため、予想外の質問に柔軟な受け答えができなかったのだ。
「ふむ……」
族長は年老いていた。
背筋は丸みを帯び、小柄だ。
体毛は真っ白がほとんどだが、母の雪原のような白さとは異なり、色褪せたような白さであった。
両目周辺と耳の毛色は黒く、全体的な白さに僅かに付け足される黒色はより一層に威厳を増長させ、族長らしさを強調していた。
「カイセルとやら、親の名を教えてはくれぬだろうか?」
「はい。父はべヘム、母はドラムといいます」
「……出身は?」
「この集落、つまり≪アンダーレイブ≫です。しかし生まれてすぐに両親は俺を連れて旅を始めたので、今日はこの集落に初めてきたような感覚ですね」
これらはあらかじめ想定し考えていた事柄だったため、すぐに返答できた。
だがこの返答を聞いた族長の顔が険しくなったのを、俺は敏感に感じ取っていた。
「カイセルおぬし――半魔であるな?」
「は、はい?」
なんでそうなる!?
なにかおかしなことを言ったのだろうか。
「獣人が持たぬ魔力を僅かながら感じるのが何よりの証拠じゃが、最初は気のせいかと無視したのじゃ」
「……」
「じゃがそれが疑念に変わったのは、好きな食べ物はなにかと聞いたときじゃ。おそらく極度の緊張感に襲われていたおぬしは、予想していなかった他愛もない質問に戸惑い、答えを窮してしまった」
(あんたエスパーかよっ!)
しかし実際のところ、それは図星であった。
俺は族長と会う上で質問されそうなことを事前に考え、返事を暗記した後にここへ訪れた。
そのため好みの食べ物という、あまりに突拍子もない質問に一瞬頭の中が真っ白になっていたのだ。
典型的な面接あるあるだな。
「初めは単に緊張のせいかとも思ったのじゃがな。なにより確信に変わったのは、おぬしの毛色じゃ」
「え?毛色?」
「そうじゃ。ワシもすっかり忘れておったがな、この集落で白い毛色の兎人族は珍しいんじゃ」
「え、でも……ここに来るまでに何人か白い毛色をした兎人を見かけましたが」
「そりゃ老人なんかは老けて毛色も白くなるがな、おぬしのような生来の白い毛色は珍しいのじゃ」
たしかに言われてみれば、俺が見かけた白い毛色の兎人はみんな高齢者ばかりだった。
そうか、人間の髪が老いて脱色するように、兎人族も老けたら毛色が白くなるのか。
「この集落はおぬしのような真っ白で綺麗な毛色の兎人族は真っ先に奴隷商に連れて行かれる。数年前、おぬしの両親――まあソヨンとバンコであろうが――あやつらがいた頃とはずいぶん様相が変わっているのじゃ」
ふと集落に来たときのことを思い出した。
最初に見た、馬にのって檻みたいな荷車引いてた連中のことが脳裏に浮かんだのだ。
今思えば、捕まってた兎人族は奴隷として売り飛ばされるのだろう。
気づけば俺は縄でぐるぐる巻きにされ、首元に護衛たちの剣が突きつけられていた。
俺はここで殺されるのだろうか。
「ワシはおぬしのような不誠実な奴が大っ嫌いなんじゃ」
「不誠実?……それはどういう意味ですか?」
どうする。
どうすればいい。
なにか策は……この絶体絶命の状況をひっくり返す、起死回生の一手。
「虚言や詭弁を弄し、表情を取り繕う輩には誠実な奴はおらんという意味じゃ」
「別に僕は詭弁を弄してなんて――」
「弄しておろう今まさに。誠実を装いおってからに、罰してくれるわ!」
時間の流れがゆっくりになる。
思考は高速に回転してはいるが、空回りだ。
考え抜いた末に導かれたのは、起死回生の一手などないという結論であった。
「…………誠実ならいんですか?」
「ふむ?まあ罰を軽くするくらいはしてやったろうのぅ。だがもう手遅れじゃ」
「今ここでっ!――――俺なりの誠実さを証明します」
「おぬしがなにをしようともう………」
俺は両膝を地面につけると、頭を深く垂れる。
日本流の土下座だ。
母さんの話では、この世界での土下座は深い謝罪の意味の他に、屈辱的な行為でもある。
「虚言も詭弁も、こうして土下座していることが!!――――――生きることに誠実であることの証です」
「…………」
族長の冷徹な視線が突き刺さる。
なにを言ってるんだコイツはと、誰もが思った。
もちろん俺も思ってた。
自分がなに言ってんのか全ッ然わからん。
だがしかし、大量の汗を吹き出しつつも、俺は必至に命乞いをするしかないのだ。
「どうか!!どうか命だけはっ!この卑しい私をお許しください。何でもしますので、どうかお許しを!族長殿っ」
駄目だ、なにも思いつかない。
起死回生の一手はないと判断した俺は、苦し紛れにそんなことを口に出していた。
もう、なにやっても無駄だ。
ならば潔く、俺は開き直る。
生きるために出来ることはなんでもやる。
ホームレス時代はそんな当たり前なことに気づかされた。
この世界でも俺は、生きることに忠実になる。
それだけだ。
護衛たちの剣が俺の首元へと当てられる。
剣は振り上げられ、一斉に下ろされる。
たまらず目を瞑った俺の耳に響いてきた声。
突如として響いた誰かの笑い声。
俺はおそるおそるまぶたを持ち上げ、目をあけると族長は深いため息をついていた。
失望した、といわんばかりの態度だ。
「……つまらんやつじゃの。虚言や詭弁も誠実さの証と申すとはのぅ」
振り下ろされようとしていた剣は、空中でぴったり静止していた。
首ちょんぱ寸前の位置である。
「安心せい。もともと殺す気などないのじゃ、試して悪かったのぅ。おいお前ら、縄を解いてやれ」
「「「……」」」
しかし誰一人として動かない。
俺へと剣先を突き付けたままだ。
「なにをしておる、早く縄を解かぬか!」
「族長!よいのですか!半魔の奴なんかに慈悲など与えるべきではありませんっ」
護衛の一人が族長にそう進言した。
くっそ、あと少しで救われかけたというのに余計なことしやがって。
――刹那、息が苦しくなる。
海底の奥深くまで沈められたかのような圧力が、全身を襲う。
背筋をなぞるヒンヤリした冷たさは、ナイフを直接肌にぴったり合わせているかのようだ。
その寒さはどこまでも自身を死の恐怖へと誘い、身を震わせる。
「お前…………ワシに歯向かうんか?」
族長の一言で、空気が何倍にも緊張感を孕む。
これは族長の殺気だ。
採集なんかで何度も味わった、肌のピリつく感じ。
先程俺が土下座してたときとは比べ物にならない圧力だ。
指先ひとつ動かせない。
「……と、とんでもありません」
護衛の一人がどうにか一言、そう声に出した。
族長から感じられる圧迫感は護衛たちも同様に感じるらしい。
誰一人として動けないなか、その護衛は声を出した。
きっと相当の凄腕なのかもしれない。
なぜなら俺は唇を動かすことさえままならないのだから。
「……ワシの殺気を受けて言葉を発せられるとはな、ペスよ。やはりおぬしは優れた護衛じゃな」
「はっ、ありがたきお言葉」
「さぁ、縄を早く解いてやれ」
族長から受ける強烈な圧迫感が完全に消失すると、護衛たちはせっせと俺を縛る縄をほどき始めた。
だがいまだに護衛達はおびえているようで、顔が真っ青のままだ。
この爺さん、何者だ?
屈強そうな護衛たちが子犬のようにさえ思えてくる。
「そしてカイセルとやら、おぬしもなかなかじゃな」
「……俺ですか?」
「その若さでワシの殺気を受けて正気でいられるなんぞ、ラゴス以来じゃぞ」
「獣帝ラゴス……」
バンコが言ってた獣の王のことだ。
まさかこんなにも早く、父さん以外の人物からラゴスの名を聞くとは。
俺がそう呟くと、族長は興味深げに俺を見つめる。
「おぬし、ラゴスを知っておるのか。――――ああそうか、バンコが教えたのじゃな」
「はい、唯一無二の絶対王者だったと聞いております」
「確かにそうじゃな。あれはこのワシでも勝てない相手じゃったわ。一度闘ったが、おかげであやうく死ぬところじゃったわい」
そう言うと族長は豪快に再び笑い始めた。
しかし俺は同じように笑える気持ちにはならない。
俺が目指している高み、獣の王座は遥か上空にあると知ったからだ。
先ほどの族長の殺気を受けて、平然としていられ、さらに圧倒するほどの実力者。
それが獣帝ラゴスなのだ。
だが他の護衛たちは特に驚く様子もない。
ペスとかいう一番強そうな護衛は、族長と一緒になって笑ってるくらいだ。
自分の仕える主が殺されかけたというエピソードなのに、なぜ笑えるのだろうか。
「族長も冗談は程々にしてください。いくら半魔といっても、風潮されては困ります」
「なんだペス、おぬし信じとらんのか?」
なるほど、そういうことか。
ペスを含め、護衛達はみな信じていないようだ。
道理で驚かないわけだ。
そりゃそうだ、殺気ひとつで相手の動きを止めれる族長が半殺しにされたなんて、護衛ならなおさら信じられないだろう。
「まあよい。ワシとてあのような異物の存在を、いまだに認められずにおるのじゃからな」
バンコは俺でも獣帝を目指せるなんて言っていたが、ほんとに可能なのだろうか。
だんだん自信がなくなってきた……。
「カイセルとやら、この集落を≪アンダーレイブ≫と呼ばんほうがええぞ」
「え、どうしてですか?」
「≪アンダーレイブ≫という名は商品を多く入手できる奴隷商が名付けた呼び名じゃからな。この集落の正式な名称は≪ワイズ村≫。ワシの名に因んだ地名じゃ。バンコもソヨンもワシとは犬猿の仲じゃからな、おそらくおぬしには≪アンダーレイブ≫と教えていたはずじゃ」
正式名称ってアンダーレイブじゃねーのかよっ。
まあいかにも蔑称っぽい感じだもんな。
いかに犬猿の仲の相手の名前といえど、俺の両親はどんなつもりで俺に蔑称を教えたのやら。
族長が教えてくれなきゃ、意図せず住民たちに喧嘩を売ってしまうところだったぞ。
「おぬしのことが気に入ったとはいえ、癪には触る。次は気を付けるのじゃぞ」
「た、大変失礼いたしました」
「それとカイセル。おぬし明日からこの屋敷にくるのじゃ」
「えっと、理由をお聞きしても?」
「なんじゃ?嫌なのか?」
「いや、そういうつもりじゃ……」
そもそも俺に拒否権はない。
父さん母さんに聞いたところ、土下座はこの獣人界では下僕同然の扱いを受けても構いませんという覚悟を示すものでもあるらしい。
つまり今の俺は、族長の奴隷も同然なのだ。
「わかっておると思うが、今のおぬしはワシの奴隷も同然じゃ。拒否権はないのじゃぞ」
「……承知しております」
「よいな。明朝六時じゃぞ」
こうして俺は解放され、見事この地での立ち入りを公式に認められた。
もちろん両親まで許されたわけではないが、ひとまず半魔のことで罰せられることはなくなった。
その報告とアンダーレイブが蔑称だった件も含めて、あとで両親に手紙を送っておこう。
あ、俺文字かけないんだった。
***
学校の管理は族長が行っており、俺は族長に母が書いた手紙と入学金を渡すと、無事に入学を認められた。
もちろん、母や父に関する話は設定を変えている。
「しかし……この集落はやけに静かだなぁ」
族長曰はく、百人くらいは住人がいるとのことであったが、いまだに誰かにすれ違うことすらできずにいた。
くー!誰でもいいから人に会いたい!
と念じていると、天が願いを聞きいれてくれたのだろうか、一人の老婆が歩いているところを見かける。
「すいません、このあたりで一番安い宿か寮ってどこですかね?」
俺はたまたま通りかかった風を装いつつ、聞きたい情報を聞き出そうとする。
老婆はおもむろに身体を支えている杖を持ち上げ、一軒の家を指す。
「あそこじゃ」
「教えてくれて助かった。ありがとー婆さん」
「待たんかアンタ」
そのまま立ち去ろうとすると、老婆に引き止められる。
俺は立ち止まり、半ば振り返ると老婆を見る。
今にも倒れてしまいそうな脆弱さを感じさせる老婆。
族長と同等かそれ以上の威厳すら感じさせる。
「ワタシもあの宿に泊まりたいんじゃ……じゃが見ての通り腰を痛めておってのう。すまんが背負って向こうまで連れて行ってくれないかい?」
内心ではさっさと宿へ行って休みたいところだが、このお婆さんには道を教えてもらった恩がある。
しっかりと徳を持って接するべきだろう。
心まで卑しくなれば、俺は終わりだと思っている。
まぁ、ホームレス時代は心もかなり醜かったという自覚があるが……。
過ちを改めざる、というような過ちをしないようにこれからは心掛けよう。
「わかりました、では俺の背中に乗ってください」
「ありがとねぇ」
お婆さんを背中に乗せると、俺はなるべく揺れないよう注意して進む。
と、お婆さんが俺の毛を一本引っこ抜き、じっと見始めた。
「あの……俺の毛がどうかしましたか?」
「あんた……毛色が白いのは生まれつきかい?」
「あぁ、はい。まあ……」
先程の族長との会話もあってなんと答えるべきか一瞬迷ったが、嘘もつけないので頷いた。
「そ、そうかい!?ふーん、珍しいねぇ?」
明らかに驚いた婆さんだったが、誤魔化すように平然を装うと何気ない会話を続けた。
優しそうな婆さんだし、気を遣ってくれているんだろう。
そういや族長も白い毛色が珍しいとか言っていたな……。
面倒事には巻き込まれたくないし、後々ローブでも手に入れるか。
俺はより一層丁寧に婆さんを背負い直すと、爆発物を背負ってるかのような慎重な足取りで進んでいく。。
「そうみたいですね。あ、あの宿でいいんですよね」
「…………」
「お婆さん?」
「ん?んーそうじゃ、あれじゃ。すまんがあそこまで頼むぞ」
俺は婆さんに言われた通りに進み、婆さんの身体に障らないようゆっくりと宿へと向かった。
「ありがとねぇ。ここワタシの宿だから、なにか必要なものがあったら言いな」
「ええー!おばあさんの宿だったのかよっ」
商売上手のおばあちゃんに、うまいこと誘導されたものだ。
だが宿が見つかっただけよしとしよう。
≪アンダーレイブ≫での初日を野宿でやり過ごすことになることより数段マシだ。
「いくらですか?」
「1泊2トルだね」
実は出発前に両親から大金を貰ったわけだが、入学金と教科書代でほとんどすっからかんなのだ。
今は6トルしかないので、3泊しか出来ない。
4日以内にはなにか稼ぐ手段を見つけないとな……。
「あ、でもあんたには助けて貰ったから、一ヶ月無料でいいよ」
「はえ!?いいんですか?」
「なんなら食事付きじゃ。お得じゃろ?泊まらんか?」
「泊まります!」
即答したはいいが、正直なんで無料なのかは気になるところだ。
だがそんなことを気にしていては仕方ない。
どんな理由があるにせよ、きっと野宿よりはマシなはずだ。
「部屋は209号室使いな。はいこれ、鍵。なくすんじゃないよ」
「あ、お婆さん。実は少し聞きたいことがあんだけど……」
奴隷商のこととか、この集落について色々知っておきたい。
一応、事前に母と父から話は聞いてきているが、状況はかなり変わっているようだ。
できれば新鮮な情報を得たい。
「おお、それならアンタの借りる部屋の隣にちょうど同い年くらいの坊やがおるでな。知りたいことはその子に聞くとええ」
「お、同い年!?それって―――」
「おっと、もうこんな時間じゃ。すまんが来客の予定があるのでな」
せめて男なのか女なのか聞きたかったのだが、お婆さんは慌てて受付の奥へと消えてしまった。
同い年の兎人族、できれば女の子がいいな……。
だがこの際、男の子でもいいや。
とにかく友達になりたい。
両親以外で初めて信頼できる存在になるのかもしれないのだから、知りたいことを尋ねるだけなんて選択肢は俺にはない。
階段を上がり二階までたどり着くと、まず真っ先に向かうのは同い年の兎人族がいるであろう部屋。
扉を二度ノックすると、わずかに開かれた扉の隙間からノソっと顔が出る。
兎人族の耳、身長は俺より高い。
外見的にはたぶん男の子。
かなりガタイがいいから、もしかしたら年上かもしれない。
が、幼い顔立ちからそこまで年が離れているというわけでもなさそうだ。
「誰?」
「あ、俺今日から隣の部屋を借りることになりました。わりと長い間ここに住むつもりなんで、よろしく」
「うん、よろしく」
素っ気ないともとれる態度だが、これが普通なのだろう。
やばい、ここでおさらばしてしまう雰囲気だ。
なにか会話を続けなければ……。
「俺五歳なんだけど、君は?」
「……五歳」
「おお!!同い年やん!」
「……もういい?俺このあと予定あるんだよね」
「あっ、ちょっと待って」
部屋の中へと引っ込むのを寸でのところで引き止めた。
その男の子は嫌々といった風に、再びにょきっと顔を出す。
「名前教えてくれない?」
「……レイ」
「レイ君か!俺はカイセル――――」
「――――じゃ、急いでるから」
その男の子は、そう言い放つと部屋へと戻ってしまった。
(レイ……まずは友達一人目だなっ!)
兎人族の同年代。
俺はそんな兎人族と初めての友達になった――――と少なくともカイセルは思っていた。
前世ではホームレス時代はもちろん、それ以前の裕福な頃でも友達の少なかったカイセルは盛大に勘違いしていたのだった。