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最弱種族に革命を!  作者: 滝原秋真
第一章 兎人族編
6/12

兎は友達が少ない

あれからさらに二年たって、俺は五歳となった。

二年前から父バンコと採集に出かけるようになった現在、俺の脚の速度はなかなかなものと自負している。

この二年間で俺は多くの魔物と遭遇した。

遭遇するたびにバンコはその魔物のことを教えてくれた。

採集は危険だらけだったが、おかげで気配の消し方や音を立てない歩法、敵を素早く察知する技術なんかも学んだ。


採集の他にも、最低限の護身術なんかも学ぶようになった。

《脱兎の本能》がある以上、護身術も意味なく思えるかもしれないが、父バンコの話では兎人族同士の闘いにのみ、《脱兎の本能》は働かないらしい。

仲間同士での争いのみ許される種族というのも、なんだか悲しい話だ。


ともかく、そんなわけで多くを学び、学校に行かなくてもよいという選択肢もあるにはあるのだが……。

安穏とした家族との生活も幸せだと思うが、このまま家族以外の人間と接触しないというのは憚られる。

友達がほしい!彼女とかほしい!

しかし両親には言い出しにくい話で、俺はなかなか意思表示できずにいた。

ここまで愛情たっぷり注いでもらってるわけで、ここで学校に行きたいと言えば、裏切りのように思えるのだ。


「学校に行きたいか?」


「「えっ!?」」


だからこそ、バン父さんの発言に俺はもちろん、ソヨン母さんまでもが驚きの声をあげた。

学校にいきたいか、と言われれば返事はイエスだ。

だが実際には難しいだろう。

まず学校は我が家の近辺にはない。

行くとしたらかなり遠くに行かなければならないだろう。

そしてそれはソヨン母さんに心労をかけることになる。

それが俺には気がかりで、今まで学校のことを口に出せずにいたのだ。


「バンさんちょっと待って……学校って、まず家の近くにないじゃないの」


「それはカイセルに遠出してもらうしかない」


「仮に遠出するとしても!本人が行きたがらないんじゃダメよ!カイセルちゃんはまだ五歳だし、まだまだ私たちと一緒にいたいに決まってるわ!」


バンコはおそらく俺の本心を見抜いているのだろう。

それで唐突に学校の話を持ち出したんだ。

母は天然なのでまだ気づいていないのだろう。


「カイセルだって、同年代の兎人族とじんぞくと会ってみたいだろ?」


「それはいずれでいいじゃないの!!カイセルちゃんは一人で遠出できる歳じゃないでしょ!?」


ソヨン(母)とバンコ(父)は二人して顔を見合わせると、困ったような顔になる。

もう五歳になるわけだし、友達の一人だってほしい。

だが両親のこの反応はいったいどうしたものか。


「学校はここからかなり離れた《アンダーレイブ》という場所にある。通うとなると、お前は家を出てそこで生活しなければならない」


「え、どういうこと?引っ越せばいんじゃないの?」


この家は藁でできているうえに、家具らしきものもあまりない。

ランゴやキャロントは一年中果実がついているので、貯蓄などはせず、その日の食料はその日に採集し、その日に食べてしまう。

そのため引越しするにしても、持ち物はせいぜい麻布袋と小刀、鍋くらいだ。

引越し自体はそう難しくないはずなのだ。


「カイセルちゃん、お母さんとお父さんはね……《アンダーレイブ》には入れないの」


ソヨンが訳ありな顔でそう告げる。

戸惑っていると、ソヨンはそのまま説明をし始めた。


「前にも話したと思うんだけどね、半魔っていうのは存在自体が疎まれてしまうの。だから半魔であるおお父さんも、妻である私も立ち入りが禁止されているの」


「なら半魔である俺も駄目ってことか……」


「ごめんね……カイセルちゃん」


ソヨンが申し訳なさそうにする。

美人な母にそんな顔されるのは、俺もツラい。


「いや、カイセルの場合、《アンダーレイブ》に入るだけなら問題はない。俺やソヨンみたいに顔は知られていないし、カイセルの外見から半魔だと識別するのは難しい。なにせお前は、魔族の血を四分の一しか受け継いでいないクウォーターだからな」



バンコがそう訂正するが、バレたら非道な扱いを受けるかもしれない危険はあるだろう。

もしかすると、ホームレスの頃よりもキツイ思いをするかもしれない。


「半魔としてよく知られているダークエルフなんかは灰色の肌が特徴だし、俺は真っ黒な毛色だ。これは黒寄りの肌である魔族の特色の現れなんだが、幸いにもカイセルはソヨン似の真っ白な毛色をしている。魔素濃度の高い地帯にでも行かない限りはバレはしないだろう」


たしかにその通りだ。

半魔のことに関してはバレなければ問題ないだろう。


だが……よくよく考えてみれば入学費は不要なのだろうか。

小学校に入るみたいなものだと考えてたからか、先程まで差ほどお金のことを気にしていなかった。

入学金がたとえ高額でなかったにせよ、食費代と宿泊代、授業料に教材費とこれらを俺の現世での両親が払えるとは思えない。


それに、だ。

仮に俺が独り暮らしを向こうで始めるとして、両親たちは安心して毎日を過ごせるだろうか。

いや、きっと不安に違いない。

だって五歳の、たった1人の息子だぞ?

出来れば側で見守っていたいはずだ。

それも半魔の息子ともなれば尚更だ。


「俺……行かないよ」 


学校は諦めたほうがいいのかもしれない。

両親に教えてもらって、もう少し年月を経てからでも学校は遅くはないと思うしな。

今俺が家を出て行ったとき、両親の心労はいかほどなのだろう。

学校へ行きたいと口に出してはみたものの、考えてみれば無理な話だったのだ。


「……なんでだ?」


「……え?」


「どうして行かないなんて言うんだ?それが本意でないのはわかっている」


バンコは厳しい口調でそう俺を問い詰める。

いや、本人に問い詰めてる意識などないのだろう。

だが俺には物凄い圧力を掛けられているように感じるのだ。


「それは…………半魔、だし……」


俺が答えに窮していると、キッと睨まれる。

バンコは――――怒っていた。


「半魔だからなんだってんだ……」


「え?」


バンコの瞳は、あのときのように真紅に染まっていた。

怒ると赤くでもなるのだろうか。

ソヨンもそれに気づき、バンコを宥める。

次第にバンコの瞳は赤みを失い、元の黒い瞳へと戻った。


「俺は半魔の血が二分の一も入っている。だから感情が乱れればすぐに目は真っ赤になっちまう」


「俺も怒るとそうなっちゃうのかな?」


「いや、何度も確認してみたがその兆候は見られなかった。感情で魔族の血が覚醒することはないだろう」


魔族の血の覚醒……瞳が真っ赤になる現象のことか。

しかしバンコはなにをそこまで怒ったのだろうか。

俺が簡単に諦めたりしたのが気に入らなかったのだろうか。


「お父さん、どうしてさっきあそこまで怒ったの?普段は優しくてあまり怒ったりしないのに」


バンコは基本的には温厚で優しい父親だ。

この五年間でもあまり怒られたことがなかった。

だからこそ、先ほどのバンコは衝撃だったのだ。


「カイセル、お前にはまだ未来がある。その可能性は無限だ。なろうと思えば、お前は獣人の王にすらなれると思っている」


「獣人の王?」


「ああそうさ。今は獣人の王座は空いている。種族間の軋轢は未だ残り、国家らしい国家がないのが現状だ。だがお前ならその軋轢をなくし、獣人全体をまとめあげることもできるだろうと、俺は信じている。自慢の息子だからな」


自我の強い獣人という種族は基本的に群れない。

もちろん兎人族など弱い部族は群れることもあるが、獣人の群れを統制するのは非常に難しく、基本的には烏合の衆になるからだ。


「獣人の王なんて……」


「馬鹿げてるか?」


バンコが俺の心を見透かしたかのようなタイミングで代弁した。

だが実際、馬鹿げている。

俺もソヨンから教えてもらった知識で獣人をある程度知っているが、どの獣人も傲慢で自分勝手らしい。

たとえ王なんて概念があるとして、烏合の衆の王座になんの意味があるだろうか。


「だがかつてはいたんだよ。獣の王、獣帝じゅうていラゴスって奴がな」


獣帝じゅうていラゴス?聞いたことない」


「そりゃあな。なにせ獣帝ラゴスは半魔だったからな」


「えっ!?」


「純粋な獣人でない奴が獣人の長なんて、傲慢な獣人たちからすれば恥だろ?だからみんな喋りたがらないのさ。だが老いた爺さん婆さん世代なら誰もが知ってるはずだ」


「爺さん婆さんって……ならなんで父さんはそのラゴスって人を知ってるの?」


「ははっ、そりゃあ俺は半魔だからな。こう見えて二百歳だぜ?」


「二百!?」


「ああ、正確には221歳だったかな」


見た目30代くらいに見えるからそんくらいなんだろう、と軽く考えていたがまさか二百代とは。

魔族の血が半分流れているだけでそんなに長生きするものなのか。

ん?

じゃあ母さんは何歳だ?


「言っとくがソヨンは32歳だぞ?言葉には気をつけろよ?」


素直に母さん何歳?なんて聞こうとした瞬間、バンコが血相変えて俺に耳打ちしてくれた。

危ない危ない、地雷を踏むところだったぜ……。

今でもニコニコと笑みを絶やさないソヨン母さんがめちゃくちゃ怖いです……。


「獣の王はな、人間界やエルフどもみたいに複雑じゃねぇ。シンプルに≪一番強い奴≫が王になれる」


「一番強い奴……ね」


「そうさ!地位も身分も、財産も権力も必要ない。なんせラゴスは初めはスラム街のガキに過ぎなかったとこから、弱冠23歳で獣人族の頂点にまで上り詰めた男だからな」


スラム街、か。

きっとラゴスという獣人も、生前の俺と似たような貧しい生活をしていたんだろうな。

そこから一気に王座まで上り詰めたというのだから、正直眉唾な話だとも思うが……。

もし本当なら凄まじい下剋上だな。


「半魔のお前だろうと、そのチャンスはきっとあるんだ」


獣人の王……か。

そんな逸話があったなんて、人里離れた場所に住んでいるため知らなかった。


「そんなお前に、半魔だから、なんて陳腐な理由でなにかを諦めてほしくないんだよ。俺のせいでお前を苦しめるようなことにはなってほしくねーんだよっ!」


なるほど……バンコの心境が理解できた。

自分が半魔で苦しんだ経験があるからこそ、息子には同じツラい経験をしてほしくない。

自然な親の心理だな。

ならば俺も――覚悟を決めよう。


「わかった。諦めないよ、父さん母さん。俺、学校に行く。《アンダーレイブ》でしばらく暮らすことにするよ」


「カイセルちゃん……いや!!行かないでカイセルちゃんッ!!」


ソヨンが泣き始めてしまう。

今までバンコと俺のやりとりを黙って聞いていたソヨンだったが、本心では行ってほしくないはずだ。

二人とも《アンダーレイブ》には嫌な思い出があるみたいだし、半魔である俺をそこへ送るのには相当の勇気がいるはず。

それでもバンコは俺の背中を押してくれた。

ソヨンだって心境は複雑だろうが、最終的にはバンコと同じ結論に至るだろう。


「母さん……。俺、やっぱりどうしても行きたい。やりたいことがあるんだ」


「ソヨン、行かしてやれよ。俺だって不安はあるが、カイセルのためを思えばこれが一番だと思うんだ」


「カイセルちゃんのためを思えばっ!?カイセルちゃんのためを思うなら、この家で守ってあげるのが一番に決まっているじゃないのよ!!」


ソヨンも泣いてるのか怒ってるのかわからないくらいに感情をかき乱し、バンコに反論する。

こんなとき、腹を痛めて生んでくれた母親が一番不安になるだろうからな。

こんなにも俺のために泣いて、怒ってくれている。

そのことが、場違いだとは思いつつも、嬉しくて仕方なかった。


「自由でないことがどんなにツラいかは、ソヨンと俺ならよく知っているだろう?この家に閉じ込めておくよりも、外に放って自由にさせてやるほうがカイセルのためなんだよ……」


気づけばバンコも俺も、涙目になっていた。

ソヨンもバンコの涙をみて、冷静になったのか癇癪かんしゃくを起こしたみたいになっていたのが落ち着き始める。


「……そうね、カイセルさんも不安なはずなのに私ったら、自分勝手に考えて」


「ソヨンが一番不安なのは俺もわかってる。だけど、ここでカイセルを閉じ込めてたらコイツの人生はこの家で潰してしまう。可能性ある未来を潰しちまうんだ。それだけはしたくない、だろ?」


「ええ、そうね。そのとおりだわ。カイセルちゃん、大変だと思うけど、それでも行きたい?」


「うん!」


即答であった。

俺が学校に行きたいと言い出したのは、友達をつくりたいとか、そんな些細な理由だった。

だが、今は違う。

新たな夢ができた。

それを叶えるためにも俺は、家を出る。


「そう……わかったわ。行ってきなさい」


「それで、出発はいつにするんだカイセル」


「明日」


「「ええっ!?」」


新たな夢。

それは――獣人族の王になることだ。

獣人族の王になり、俺は国家をつくる。

そして俺の目指す国家とは、差別のない自由で豊かな国だ。

人間だろうとエルフだろうと、もちろん半魔だって生活できる。

そんな国を造るためにも俺は王になる。

≪一番強い奴≫に……第二の獣帝じゅうていになってやる。

そう決意したのだった。



***



カイセルが寝静まった頃、静かに家を抜け出す二人の影があった。

バンコとソヨンである。


「話があるって、どうしたのよバンさん」


「落ち着いて聞いてくれソヨン」


「……?」


「――新たな魔王が生まれた」


魔王、それは魔族のなかで最も強く、知性も非常に高い生命体。

魔王という存在は、数百年単位で現れる変異体のことだ。


「新たに玉座につく魔王が親半魔派か、そうでないかはわからないが……この家に留めていてはカイセルに危険が及ぶ」


「……それがほんとの理由なのね」


「ああ。カイセルを兎人族の群れに溶け込ませておいたほうが安全だ。外見では普通の兎人族なわけだしな」


「……またあの時みたいな戦争が起きるのね」


ソヨンはガタガタと震えていた。

バンコとソヨンは以前の魔王誕生の際に勃発した人魔大戦の経験者なのだ。

バンコが魔王近衛隊に参加したのもその最中のことだ。


「大丈夫、ソヨンのことは俺が守るから」


バンコはぎゅっとソヨンを抱きしめる。

それでもソヨンの震えが収まることはなかった。


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