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最弱種族に革命を!  作者: 滝原秋真
第一章 兎人族編
3/12

安穏な日々

転生して1年が経過した。

俺の名前はカイセルと名付けられた。

この世界で最初に見た兎耳の二人はどうやら両親だったようで、一緒に過ごしている。

現世での俺の種族は人間ではなく、どうやら兎人族とじんぞくという獣人の一種らしい。

つまり俺の頭には兎の耳が生えているし、尻には丸くて可愛らしい尻尾シッポがある。


自分でふにふに触ってみるが、あまり気持ちいいとは感じない。

自分の脇を自分でコチョコチョしてもくすぐったくないの同じだろう。


「もうカイセルちゃんやめてっ、くすぐったいー」


だから俺が母に抱きついては耳をふにふに、尻尾シッポもみもみしてしまっても、それは仕方のないことだろう。


ゲームや小説では珍しくもないが、人型の兎というのは地球にはいなかった人種だ。

両親は聞いたこともない言語で話している。

英語や日本語だって、きっと通じないだろう。

兎人族とじんぞくの言語も少しずつ理解してきているが、たまにわからないことある。


「もういい加減やめてよカイセルちゃんくすぐった、ひゃっ、そこはっ!」


母をモフモフにぎにぎしているのは、なにも自分が楽しみたいだけではない。

いわば、おねだりの一種だ。

子供なのだから、おねだりのひとつくらいあってもいいだろう。


「お外だめ?」


「ダメですよー、か弱いカイセルちゃんにとって、お外はとっても危険な所なんですから」


俺はこうして毎回、外出したいとおねだりしている。

だが外出はこの通り禁止されており、俺は自分の家の外見すら見たことがない。

きっと可愛い自分の息子が心配でしょうがないのであろう。

それが俺もわかっているからこそ、文句はいえない。

だが、家の周辺を散歩するだけなら……いいのではないだろうか。


***


草原がいっぱいに広がる見晴らしのいい場所。

そこにぽつねんと、俺の家はあった。

風で雑草が一定方向に傾いている。

俺は家の近くなら、といいつつも我慢できずに家に背を向けてどんどん歩き出した。

童心に返ったような(もちろん今は子供なのだが)心持ちであった。

家が小さな点に見えるくらいの距離、そこに俺は一本の樹木を見つけた。

枝張りも樹高も尋常では考えられない巨大さであった。

と、そこで俺は樹木の足元で倒れている一匹の生物を視界に捉えた。

体長は一メートルくらいだろうか。

背中には小さな羽根があり、尻尾や角もある。

銀色の鱗は妙な魅力を秘めており、見ているだけで吸い込まれそうになる。


「見たことない生物だな」


見たことはない生物であったが、外見的には伝説上の生物と酷似していた。

日本ではゲームやアニメでよく出てくる、最強のモンスター。


「龍……なのかな。たぶん」


俺は確かめるようにその生物を観察していくと、横腹の位置に切り傷のようなものを見つけた。

かなり出血していて、どうして最初に気づかなかったのか不思議だった。


「……止血しないと死ぬよな、これ」


そこで俺は先ほど自生していたある植物のことを思い出し、取りに戻るため一旦その場を離れることにした。


「たしかここらへんに――あったっ!」


家と大樹のちょうど中間地点のあたり、そこに自生しているギザギザした葉の植物。

これがこの世界でなんなのかはわからないが、それは日本でよく見かけるヨモギという植物に非常によく似ていた。

俺は汁が滲み出すくらいまでヨモギらしき植物をよく揉んで、龍の傷口に当てた。

とりあえず止血のために衣服の一部を破り、なんとなくこんな感じかなーくらいに巻いておいた。


「これでよくなるといいけど……」


よくならないかもしれない。

とりあえず母さんに話してみよう。

実は外出は許可されたものではなく、母さんが昼寝している間にこっそりと抜け出してきたのだ。

このことを話せば、こっぴどく怒られること間違いなしだろう。

だが命と比べればそれくらい、大したことではない。

そう思い直し、俺は全力で家へと走り出した。



***


一歳児と未成熟な身体なので途中何度も転びながらも、家までたどりついた。

母さんはぐっすり寝ていたので、ゆすって起こす。


「母さん!お母さん!」


「……ん、あらカイちゃんどうしたの?」


俺は外出したこと、その後に見たことない生物に遭遇したこと、怪我をしてたのでヨモギみたいな草で止血してあげたことを話した。

ソヨン母さんはその生物の特徴を聞いた瞬間、青い顔をして、その生物は今も生きているのかとか、意識はあるのかとか、なにもされなかったかとか凄い剣幕で質問攻めにされた。


「どうしたの急に」


「カイちゃん、その生き物はね。ドラゴンといって、とても凶暴で怖い生き物なの。だから助けちゃダメだし、見かけたらすぐに逃げなさい」


「もしかして……退治しにいくの?」


助けちゃ駄目、と言われ母さんは殺しにいこうとすると思った。

しかしソヨン母さんは首を横に振る。


「そんなことしないわよ。近づくのも危険だから」


「そっか……よかった」


危険だと言われたドラゴンを心配する俺を見て、ソヨン母さんはうれしそうに微笑んだ。

頭を優しくなで、「優しい子ね」と抱きしめてくれる。


「でももう外出は駄目よ?めっ!」


「はーい」


外の景色はすばらしいものだった。

自分の精神年齢を考えると、年甲斐もなくはしゃいでいたと思う。

それでも楽しかったことは事実だ。

異世界での生活は、きっとこれからも新鮮なものばかりだ。

これが俺がより異世界に希望を抱くきっかけとなったのは言うまでもない。


「でもカイちゃんよくヨモギなんて知っていたわねぇー」


「うん!家のまわりにいっぱい生えてるってお父さん言ってたし、それでわかったの!」


それを聞いたソヨンの表情は少し強張りを見せた。

まるで知らなかったかのような、いや、自分の記憶と齟齬があるような。


「家の周りにヨモギなんてあったかしら」


「あるじゃーん」


俺は論より証拠と家の入り口付近に生えているヨモギを引っこ抜いた。

うん、これこれ。

やっぱり生えているじゃないか。


「これでしょ、お母さん」


しかしそれを見たソヨン母さんの反応は、俺の予期していたものとは異なっていた。

てっきり母さんはそんなとこにあったかーと、俺を関心するものだとばかり思っていた。

だが実際は少し悲しそうな表情をした。


「カイちゃん、よく聞いてね」


「なに?」


「それはトリカブトといって、ヨモギとよく似てるけど、毒があるの。だからカイちゃんはそれを食べちゃ駄目だし、薬につかっても駄目よ」


――え?


***



あれから俺は一度も外出していない。

だからあのドラゴンがどうなったかも知らない。

やはり死んでしまったのだろうか。


外出禁止令はドラゴンの一件以来、より厳格になった。

しかし不満はない。

たとえ外出できなくても、毎日家族と楽しく暮らせる幸せを知っている俺としては、これ以上のものは望みはしないのだから。

それに幸せな生活を送れていることこそ、奇跡みたいなものなのだ。

なにせ俺は一度、死んでいるわけだし。


我が家の内装は藁で出来ており、扉はなく、人が通れるほどの大きな穴がある。

つまり藁で作られたストローベイルハウスが我が家であり、転生してきた俺にとっての全世界だ。

そんな俺は日々をどのように過ごしているかというと―――。


「お話して、お話し!」


「はいはい、もうカイセルちゃんはお話が大好きですねぇー」


前世と変わらず、勉強に励んでいた。

勉強は前世のときから元々好きだったし、新たな人生、転生した当初は思う存分勉強できると思っていた。

さらに言えば俺の知識不足が招いたドラゴン事件を燃料に、俺の知識への渇望は拍車をかけた。


しかし残念なことに、本などはこの家には一切ない。

ゆえに口頭でしか知識を得られないのだ。

勉強のための設備はホームレス時代よりも劣悪といえるかもしれない。

なにせ前世では、探せば本があちこちに捨ててあるのだから。

だが母親とはいえ、こんな美人とお喋りするだけで知識を得られるのだから、前世と比べれば勉強し甲斐もあるしモチベも上がる。


初めに俺が母親から聞く話は童話とか、逸話とかだった。

人間界での勇者の話や、獣人界の王の話、エルフの話や、神話など多岐に渡る。

しかし今となってはどれもすべて聞き飽きてしまった話だ。

現在は父さんの冒険鐔や魔法の話なんかを聞くことが多い。


「お父さんはねぇ、魔王に気に入られるくらい凄い冒険者なんだからっ!」


「魔王に?」


「そうよ!お父さんは可愛らしい外見のせいで≪癒しのバンコ≫なんて呼ばれてはいたものの、冒険者としての腕は超一流で、魔王近衛隊に参加したくらいなんだから!」


「へぇー」


外見的に可愛らしいという部分には納得しかねるが、そんなにすごかったのか。

少し意外だな。

普段の様子からそんなこと想像もできないし。

それに魔王近衛隊って、討伐隊じゃないのか?


「魔王討伐隊、じゃなくて?」


そう率直に尋ねると、ソヨンはぷうっと頬を膨らませ、怒ってるぞ!とアピールしてくる。

ただただ可愛い。

っと、母親相手にそんなこと思ってはいけないな。

たとえ美人だろうと現世では母に当たるのだから、反省せねば。


「たしかに童話なんかじゃ魔王は悪者として描かれているけど、そんなに極悪非道なわけじゃないのよ?むしろ可愛いくらいで……」


「魔王が可愛い?女の人、なの?」


「ううん、男の子なんだけどぅ……とにかく可愛いのっ!お父さんと同じくらい!」


魔王だけど、男性で、そのうえ可愛い?

益々想像しにくいな。

ソヨン母さんの可愛いは、あの強面のお父さんすら該当してしまうので、あまり当てにしてはいけないだろう。


「だからって魔王の近衛隊になったわけじゃないんだけどね?ほら、お父さん半魔でしょ?だから魔王討伐隊に入ろうとしても、逆に退治されそうになっちゃったのよー」


半魔とは魔の血を引く者、つまり魔族との混血を意味する。

だが魔族と他種族だと子孫を残せる確率は極めて低い。

俺のパパンはそんな数少ない例のひとつってことのようだ。


「退治!?」


「そっ、退治。おかしいでしょ?」


ソヨン母さんはクスクス笑った。

いやお母さん、それ笑うところじゃないですよ?

それにしても魔族との混血ってだけで、討伐対象になり得るのか。

まったく恐ろしい世界だ。


「でも魔王様は半魔のお父さんを快く、自分の配下としてくださった。だから私も魔王様を悪い人だとは思ってないのよ。たとえお父さんにあんなことをしようと……ね」


あんなことって?と言いたかったが、聞いてはいけないことのように感じて思いとどまった。

ソヨンの笑顔が一瞬、こわばったのを俺は敏感に察知していたのだ。

これは魔王を純粋に敬っているわけでもなさそうだ。



「カイちゃん、何度も言ってることだけどね。魔族の血は忌み嫌われることが大半なの」


奴隷制度が当たり前に存在するこの世界で、希少性が高く戦闘力の低い半魔は、恰好の標的になりやすいのだろう。

そのせいか、ソヨン母さんは俺を心配しすぎる癖がある。


「だから――」


「ただいまソヨン、カイセル」


母さんがすべてを言い切る前に、出入口に父さんの姿が見えた。

背負っている麻布はパンパンに膨れ、手には果物を抱えている。


「おかえりバンさん」


ソヨン、というのは俺の母親の名前だ。

バン君とは父さんの呼び名で、本名はバンコだ。

父親であるバンコは昼間は外で食料の採取に出かけている。


「今日もキャロントとランゴを沢山持ってきたぞー」


キャロントとは人参のような食べ物のことで、ランゴはリンゴみたいな食べ物だ。

だが味は俺の知る人参やリンゴとは異なり、めちゃくちゃ酸っぱくて癖のある味だ。

兎人族は基本的にはこうした野菜系しか食べない。


「おかえり父さん!」


俺は元気よくバン父さんの胸に飛び込む。

バンは俺を軽々と抱っこすると、よしよし、と頭を撫でてくる。

髪がくしゃくしゃになるが、嫌ではない。


「今日もいい子で待ってたかー?」


「うん、お母さんからいっぱい話聞いてたんだ。父さんの話もしたんだよ!」


子供っぽい喋り方は、一応こうしたほうがいいだろうという配慮からだ。

一歳児が両親に向かって敬語というのは相手に敬意を払うどころか、逆に心配されてしまうだろう。

特に心配性のソヨン母さんのことも考えると、子供の演技をしているのが一番だと考えたのだ。


(……某名探偵の心境がわかる日がくるとはね)


「そうか、でも悪いな。どんな話をしたのか聞きたいところだけど、お母さんの料理の手伝いしなくちゃ……」


「いいわよそんなのー、バンさんはゆっくり休んでて!ね?」


「え?いやでも、俺が作ったほうがおいし――」


「――ね?」


なんだろう、一瞬やさしいソヨン母さんの背後に般若の残像が見えたような……。

心なしか、バン父さんも怯えた表情をしているように見える。


「……よ、よし!カイセルはお父さんと、遊んでるか!」


「う、うん!そだね……」


「カイセルちゃんもちょっと待っててねー。すぐにご飯つくりますからねぇー」


それから待つこと一時間、母親のソヨンは完璧な料理を提供してくれた。

だかもちろんそこには肉はない。

野菜や調味料、水のみで作られたものだ。


お肉が食べられないのは悲しいが、元々俺は地球ではホームレスである。

一時期は水や段ボールで何とか腹を膨らませようとしたものだ。

むしろこのような豪華な食事に感謝すべきだろう。

味はかなり酸っぱいけど、食べ物ではあるのだから。


(お母さん、お父さん……神様。いつもありがとう)


地球での暮らしを考えれば、なんと幸せな日々なのだろうと思う。

真冬の夜でさえ、両眼をギラギラとさせながら空き缶を集めなければならなかった地球の暮らしとは天と地ほどの差がある。

地球での俺には家族もなく、家もなく、同年代の子供には馬鹿にされ、散々な暮らしぶりだった。

異世界での生活はさほど裕福というわけでもないが、温かい家族がいる。

子供のうちは食事だって準備されるし、借金もない。

もし学校があるのなら、また学校に通うこともできるのだ。

ここへと転生させてくれた神、そして温かく接してくれる両親には、感謝してもしきれない。


俺が涙を流し始めたのを見て、両親たちは困惑し始める。

だけど一度あふれ出した涙は洪水のように止まらなかった。


「どうしたの?急に泣き始めちゃって……」


「……もしかして、ランゴが嫌いなんじゃないか?」


「えっ!?そうなのカイセルちゃん。でも好き嫌いは駄目よ?めっ!」


「そうだぞカイセル?栄養たっぷりなんだからしっかり食べなきゃ。ほらっ、食べなさい」



決して裕福ではない。

地球でホームレスになる以前の、贅沢な暮らしは望めないだろう。

だが、それでいい。

地球での俺のホームレス生活は、日々借金の返済やら食費のため労働をし続け、どんな悪天候でも日銭を稼がなければならなかった。

人を騙してでも、暴力をふるってでも、金や食べ物を得なければならなかった。

トラックに引かれて転生しなければ、生涯をホームレス生活で終えただろう。



しかし現実に、俺は異世界へと転生した。

地獄にいた俺に、這い上がるチャンスを天がくださったのだ。

この世界での俺の地位がどんなものかはまだわからない。

まだ両親以外と会ったことがないのだから。

けれども、借金はない。

勉強もまだ遅れていない。

年相応の子供でいられているのだ。


(こんな平穏な日々が、ずっと続けばいいのにな)


両親たちの優しさに触れ、そう思わずにはいられなかった。

前世を含めた誰よりも優しいソヨン母さん。

前世を含めた誰よりも頼もしいバン父さん。

俺は二人が大好きだし、これからもずっと一緒にいたい。

わずか一年ばかりの付き合いだが、俺と二人の両親との間には確かな愛情が芽生えていたのだった。


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