兎人族に異世界転生
居眠り運転のトラックに跳ねられてから、どれだけの時間が経ったのだろうか。
視界は真っ暗で、なにも見えない。
自分はどうなっているのだろうか。
重傷をおっているのだろうか。
だがそれにしては…………暖かい。
まるで日向ぼっこでもしているような、気持ちのよさがある。
いつまででもそうしていたいような、そんな気がする。
しかしそんな時間ともお別れを告げなければならないようだ。
視界に光が差し込んできた。
とうとうあの世にいかなければならないようだ。
さよなら父さん、母さん、そして妹よ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
死んだと思ってから一週間が経過した。
水が耳に溜まったみたいな状態だったのが、少しずつ周囲の音を拾えるようになってきた。
しかし瞼は未だに開けず、自分が今どんな状況なのかは、よくわからない。
~2週間後~
瞼が開けるようになったが、視界がボヤけてハッキリしない。
ここは天国なのだろうか。
それとも病院なのだろうか。
~3週間後~
「طفلي الجميل」
誰かの声がする。
知らない言語だ。
天国ならば天使の声といったところか。
病院に搬送されたならば、日本国内にいるはずだ。
しかしこの言語が日本語でないことだけは確信できる。
となると、俺は死んでしまったのだろうか。
「صبي」
視界が徐々にはっきりしてきた。
透き通ったような声だ。
改めて声のする方向へと視線を向けると、そこには女性の顔が……って近っっ!
誰だこの人……めっちゃ美人や!!
黒い瞳に、西洋人のように整った目鼻立ち。
やはりここは天国だったようだな……。
肌は黄色人種に近い………ん?
そこで俺は気づいてしまった。
頭部に日本の細長い耳があることに。
こんな美人に兎のような耳が生えているなんて、まさか本当にここは天国なのか。
この状況に戸惑っていると、おもむろに眼前の女性が自身の乳房を俺の顔へと近づけてきた。
ちょっ、なにやってんのこの人!?
痴女なの!?変態さんなの!?
…………よくわからないが、とりあえずここは天国なんだな。
おいしく頂いておこう!
「عيون مثل الأب」
もうここは天国だと確信し始めたところに、別の野太い声が耳に響いた。
先程の女神のような透き通った声とは似ても似つかない、底に響く声だ。
そこで綺麗な顔立ちの女性にズイッと近寄る人影が視界に映る。
人影の頭頂部にも、やはり兎のような耳があった。
さらにいえば、人影は男だった。
彼らは同じ種族なのだろう。
綺麗な顔立ちの女性は、雪のように真っ白な兎の耳を持っている。
だが男の登頂部にピンと張られた両耳は、真っ黒な毛色だった。
その艶のある漆黒の毛色は、鴉を彷彿とさせる。
「あぁ……ゥアウァアア」
あなた方は誰ですか、と尋ねようと声を絞り出す。
だが喉から発せられたのは、意味を持たない擬音でしかなかった。
自身の肉体を今更ながらに確認すると、身長は縮み、指は丸みを帯びていた。
これではまるで赤ん坊である。
と、そこで俺はある可能性に気づく。
………これ、異世界転生じゃね?