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最弱種族に革命を!  作者: 滝原秋真
第一章 兎人族編
11/12

兎の宿命

全身の毛がぺったりと肌に吸い付いている。

水浴びでもしたのだろうか。

と思っていると、再び水を浴びせられる。

どういうわけかと瞼をおもむろに開くと、巨大な兎人たちに囲まれていた。


「やっと起きたか」


そのうちの一人がそう呟いた。

手には空っぽのバケツを持っていた。

腕を動かそうとするも、じゃらじゃらと音を立てるだけであった。

拘束されていると気づいた途端、意識は覚醒していく。

そうだ、思い出した。

確かローブの集団と戦って……。


(マイケルたちは!?)


辺りをキョロキョロと見回すが、俺しかいない。

どうやら目的は最初から俺だったらしい。



「お前は人質となった。大人しくしておけば命は――」


だが俺はこのとき、パニック状態だった。

ここはどこなのか。

自分はどうして拘束されているのか。

息が苦しい。


「――俺に人質としての価値はない!助けてくれ!」


そう叫ぶと、巨大な兎人たちは一斉に笑いだした。

なにが面白くて笑っているのか、俺にはまったくわからない。

まさか、信じていないとかか?


「本当だっ!ワイズさんに雇われて囮役をさせられていただけで、俺はワイズさんの娘じゃない!この格好も女装で、中身は男なんだよっ」


すると彼らの笑い声は一瞬にして静まり返る。

水をぶっかけてきた兎人が手下に指示して、俺の下腹部を確かめる。


「に、ニックさん!コイツ本当に男です!」


「なんだと!?――やってくれたなぁッ!?」


ニックと呼ばれた男が、俺の顔面を幾度となく殴りつけてくる。

そうして殴られ続け、意識が朦朧としてきた頃。


「ニック!やめろッ」


制止の声にぴたりと反応し、ニック・サラバンは動きを止めた。

彼らは一斉に横並びに整列すると、道ができた。

奥から大きな足音がして、おもむろに視線を向ければ抜きん出て巨大な兎人が現れた。


「私はラルフ・アズトワール。フレッシュ族の族長だ」


「ぞく……ちょう?」


辛うじてその言葉を発する。

毛色は赤茶で、フレッシュ族の特徴である巨体だ。

だが他のフレッシュ族と比較しても明らかにでかい。

十メートルくらいはあるかもしれない。


「なんだ?族長がワイズだけかと思ったか?」


実をいうと、指摘のとおり俺はワイズさんが唯一無二の族長かと思っていた。

兎人族のみんなを率いている人物かと思っていたが、実際には部族ごとに軋轢が存在し、ワイズさんの敵対勢力もこうして存在していたのだ。


「ワイズは一応、外交的には種族長の立場として出向くことが多いが、あくまで仮の立場だ。正式に種族長と認められたわけではない」


どうやらワイズさんに対してかなり対抗意識があるらしく、ムキになって説明していた。

ニックがそれに続いて肯定の意思を発言する。


「まったくそのとおりですぜ。姉御とワイズのヤローではスピードは劣っていても、パワーは断然姉御のほうが勝っているんだ。姉御こそが種族長に相応しい」


「ニック、それは違うぞ」


だがフレッシュ族族長のラルフはそれを否定した。

ラルフはしゃがみこむと、ニックの頭を優しく撫でる。

まるで親が子供と同じ目線に合わせたみたいな体格差だった。


「戦闘力でいえば、悔しいがワイズのほうが一枚上手だ。アイツは《獣気》を使えるからパワーでも私と互角を張れるんだよ。だがな、私はそれでもワイズを認めていない」


と、そこでラルフは俺へと視線を向けた。

だんだんと意識が磨り減っていくのを感じ取ったのか、ラルフは水をかけるように指示する。

ばしゃり、と水が浴びせられた。


「私は兎人族が好きだ。どんな部族だろうと愛せる自信もある。だがな、ワイズは違う。あいつが裏でなにをしたか、知ってるか?」


俺は辛うじて首を横に振った。

ワイズさんとは知り合って間もない。

そんな裏のことまで把握してるわけがなかった。


「あいつはなぁ、人間たちとある取引をしたんだ。それは自分の娘、ルルティナの安全を保障するかわりに、村での人攫いを黙認してんだよッ!」


「姉御……」


ニックが沈痛な面持ちでラルフを見つめている。

しかしラルフは徐々に興奮してきたのか、饒舌にしゃべりだした。


「村では毛色の珍しい兎人族は攫われ、人間の国に奴隷として売られる。それからあいつらはデケェー顔するようになった。今じゃあアイツらに自分のガキ殺されても文句のひとつ言えやしねぇーッ!」


ラルフが大粒の涙を流し始めた。

そこで俺は気づいた。

俺たち兎人族は〈脱兎の本能〉の影響で他種族への殺意を抱けない。

殺意を抱く前に、恐怖に支配されてしまうからだ。

おそらくラルフさんも大事な人を失ったんだろう。

その恨みを胸に募らせ、けれども張本人である人間たちへとその怒りをぶつけられず、同種族であるワイズさんに積もり積もった恨みをぶつけることでしか心の均衡を保てないでいるのだ。


「姉御、もうそれ以上はやめてください!」


「――息子はッ!連れ去られる兎人族を助けるために人間たちに歯向かって、無残に殺されたんだ!」


「姉御、落ち着いてください!」


「連中から兎人を庇い、盾になることしかできなかった息子をぉぉおッ!アイツらわぁあああ――ぁぁ」


と、そこでラルフさんは倒れた。

巨体が地に倒れ、地震が起きたかと錯覚するほどの揺れが起こる。

どうやらニックが手刀で気絶させたようだった。


「お前らぁ、急いで姉御を医者に見せろ。持病の心臓病が悪化してるかもしれねぇ」


と、そこでニックが俺へと振り返る。

そこにはどこまでも冷酷な表情が浮かんでいた。


「オラァ、姉御が好きだ。だから、姉御のためならお前みたいなガキも容赦なくコロス」


「……」


「今日のところは勘弁してやる。お前ら、コイツを牢屋に閉じ込めておけ」


そうして俺はワイズ村が閑散としている理由を知った。

兎人族の宿命。

逃れられない弱者の立場。

ラルフさんの狂ったように泣き叫ぶ姿。

目を閉じても、瞼の裏にこびりついて離れることはなかった。

ひとつの末路を、見た気がしたのだ。


***


~~レン・キースSIDE~~


公共兎人共通学校は三学年まであるわけだが、スクールカーストの頂点は三年生かというとそうではない。

獣人族は基本的には実力主義だ。

そして現在、学校で最も権力を持つ人間はレイという一年生であった。

レイは決して学業が優秀というわけではない。

だが彼が圧倒的なまでの戦闘力を有していた。

レイは兎族最強と謳われたアルミラージ族の末裔である。

肉体的にはもちろん、戦闘センス、五感の鋭さ、他の兎人族と比較しても郡を抜いたスペックであった。

レイはその武力で学校を瞬く間に支配下に置き、全学年において自身の子分をもった。

男女ともにレイへと媚を売ってくる、それがこの学校では当たり前だ。

だが未だにそれをしてこない人間が3人いる。


「レイ様」


「……キースか。カイセルの様子は探ってきたか?」


「それが……奴は学校に来てないみたいですね。それもここ数日のことです」


「そうか。ルルティナとティファはどうだ?」


「はい。アイツら、レイ兄貴に挨拶もしていないくせに、呑気にも授業中におしゃべりしてましたよ」


レイ兄貴への挨拶はなによりも優先事項だろ!と憤るキース。

キースは七歳のロップイヤ族であり、三年生であったがレイの忠実な舎弟であった。

だがレイはおもむろに立ち上がると、キースを殴り飛ばした。


「ぐふぁっ!」


キースは壁に強く打ち付けられるが、キースには痛みよりも驚きのほうが大きかった。

従順なキースがレイに殴られたのは、これが初めてだったのだ。


「いきなりなにすんですか兄貴!」


「んなことぁーいんだよ!それより……ルルティナは嫌がらせみたいなこととかされてなかったか?」


「……は?」


キースはなぜそんな質問をしてくるのか、意味がわからなかった。

てっきり呼び出して、強引に屈服させる()()()()()()を使うものと思っていたのだ。


「だーかーらー、何度も言わせるなッ!」


「は、はい!特にそういった動きは見られませんでしたっ」


「そうか……」


キースはようやく終わったかと安堵した。

が、レイの質問は続いた。


「他には?」


「え……他、ですか?」


「てんめぇ……」


「あーはい!ありますあります!えっとー」


キースはわけもわからず焦りだした。

他には特になにもない、と言えばよかったわけだが、キースはなぜだか何か言わなければ殺されるくらいに感じていた。

必死になにか言おうと部下は頭をフル回転させたところで、ふと脳裏にルルティナが描いていた似顔絵を思い出した。

描いているときのルルティナの表情からしても、おそらくそういうことなのだろう。


「そ、そういえば!ルルティナには想い人がいるようでした」


「お、想い人……だと?」


「は、はい!授業中に恋する乙女みたいな顔で、ノートに男子の絵を描いていたんですよ!」


「……なん……だと?」


キースはレイの反応から、どうやら有益な情報を与えられたようだと安堵した。

だからだろうか、キースは調子に乗って饒舌に喋りだした。


「俺の一族は目がいいんですよ!多分あの似顔絵は、カイセルって奴だと思います。白い毛色ってのも似顔絵と一致しますし、顔の特徴からも間違いないと思います」


「…………」


「兄貴ではなく他の男に忠誠を誓っているのかもしれませんね。兄貴を差し置いて、そんなことは許されません。兄貴、ヤっちゃいましょうよ、ルルティナって女を!あれは上玉ですよー、兄貴もきっと喜ぶと――――」


と、そこでキースは尋常ではない気配を感じとる。

身の毛のよだつ心地がして、レイへと視線を向ける。

レイはかつて見たことがないほどキレていた。


(や…やっちまった……)


全身から溢れだすのは魔力。

アルミラージ族は兎人族のなかでも特殊であり、魔力を扱える唯一の部族である。

そしてレイもその性質をしっかりと受け継いでいた。


「――きさまぁあああッ!」


魔力がレイの右拳へと集中していく。

レイは部下のすぐ真横の壁へと強烈な一撃を放った。

木造の壁はバキバキに砕け、吹き飛ばせれる。

キースは圧倒的な武力に尋常ならざる恐怖を覚え、じょぼじょぼとションベンを垂れ流しにしていた。


「ルルティナにぃッ!一度でも触れてみろ、俺がテメーを粉々に砕いてやらぁッ!」


「ひぃっ!?」


キースは白目をむきながら気絶した。

レイは気絶したキースには見向きもせず、教室へと向かう。

と、そこで授業開始のチャイムが鳴った。

しかしレイの足取りはゆったりと落ち着いている。

教師ですら恐怖で叱かってこないレイにとって、授業なんて気が向いたら出る程度のものだった。



「それにしてもカイセルとかいったか?」


レイは自身の記憶を辿る。

そこで自分の借りた宿部屋の隣人がカイセルだったと思い出す。 


「アイツか……容赦しねぇーぞ…」


レイは重度の片想いを抱いていたのだった。



***


カイセルがフレッシュ族に捕まっている頃、マイケルを筆頭とするルルティナのボディーガードたちはワイズへの報告を行っていた。


「負傷者5名、死亡者はゼロ。現在はトラにフレッシュ族の尾行を行わせてます。奴らの根城はそう遠くないうちに暴けるはずです」


ワイズは愉快そうに髭を撫でた。

その近くにぺスはいない。

ぺスはワイズの側近であるが、現在はルルティナの護衛任務へと当たらせていたのだった。


「それで――カイセルはどうなったのじゃ?」


「はっ、作戦どおりフレッシュ族に捕らえられております」


「そうかい。上手くいけばカイセルは逃げられるじゃろうが……」


「殺される可能性のほうが高いでしょう」


マイケルは淡々とそう告げた。

そこにはなんの感情もない。

彼らは忠実なワイズの手駒であった。


「そうじゃな。ラルフはワシを死ぬほど恨んでおるしな」


ワイズもあっさりと肯定した。

が、マイケルはある懸念があった。

それはルルティナだ。

もしルルティナがカイセルの死を知れば……そうでなくても行方不明になれば、心に傷を負うかもしれない。


「よろしいのですか?」


「ん?カイセルか?よいのじゃ、バンコとソヨンとはそこまで仲もよくないし、なによりルルティナが最近あやつに好意を寄せているようじゃし。ちょうど邪魔じゃと思ってたおったのじゃよ」


ワイズは悩む素振りすらせず、あっさり言う。

ワイズにとって、ルルティナは所有物のような感覚なのである。

それをマイケルも知ってはいるが、一応の確認をしただけであった。

と、どこからともなく現れたローブの兎人がマイケルへと耳打ちする。


「――ワイズ様、ちょうどトラから連絡が入りました。無事、根城を突き止めたそうです」


トラ、とはマイケル筆頭のボディーガード軍団の一人であり、敏捷が優れているため諜報員のような役割を担っている人物だ。

トラはマイケルへと耳打ちした後、スッと姿を消した。


「そうか。じゃあ戦闘の準備が整い次第、攻めるとするかの。なんなら人間たちにも協力を求めるのもありじゃな」


「ですがよろしいのでしょうか?これでは反対勢力も活気付かせてしまうのでは?」


実のところ、フレッシュ族のような組織は珍しくなく、多くの部族からワイズは恨みを買っていた。

ワイズに恨みを持つ連中が最近では組織だって活動するようになり、そのことをマイケルは懸念しての発言であった。

マイケルは心の底からワイズに忠誠を誓っている。

それをワイズもわかっているからこそ、本来なら無礼にあたるようなこのマイケルの発言も、むしろ自身の考えを整理させてくれる役割として認めていた。


「むしろ逆じゃな。これは見せしめの意味もあるのじゃから」


「しかし奴らが黙っているとも思えません」


「そうじゃな。じゃがフレッシュ族以外には兎人族にたいした戦力はないのじゃから、あいつらさえどうにかすれば後は問題ないじゃろう」


ワイズは愉快そうに髭を撫でる。

機嫌が良いときは決まって髭を撫でると、マイケルは知っていた。

と、不意に気配がしてマイケルは後ろを振り向く。

現れたのはワイズの側近、ペスであった。

マイケルはなぜだかこのペスという男が好きになれず、またペスも同様であったらしい。

鋭い視線を向けると、ペスもギロリと一瞥するだけであったが、そこには嫌悪やら敵意やら負の感情が込められているのをマイケルは感じ取っていた。


「おお、ぺスか。ルルティナの護衛ご苦労じゃったな」


最初は密かに護衛せよとティファに指示を出したワイズであったが、後々心配になってペスも護衛に付かせることにしたのだ。

ペスはマイケル以上に信頼されている、ワイズの側近であった。

ゆえにマイケルはそんなペスに妬ましい感情も持っていた。


(なにより俺のことが眼中にない、みたいな素振り。それが苛立つんだよッ!)


ペスはなにやらワイズに耳打ちする。

それにワイズは満足そうに頷いた。


「ふっふっふ、楽しみじゃ」

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