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不死の勇者は理不尽を謳歌する ~ドM、勘違いで【守護者】や【狂戦士】と呼ばれ困惑する~  作者: 溝上 良
第三章 アマゾネスの女王編

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第九十九話 決着と乱入者

 










「ああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」


 エリクの絶叫が響き渡った。

 腕の切断面から、ボタボタと大量の血液が地面に落ちて染み込んでいく。


 いや、量があまりにも多い。

 絶え間なく大量の血液が流れていくので、染み込みきれずに水たまりのように溜まっていく。


 まさに、血の池と化していた。

 ガブリエルの攻撃をもろに受けてしまった大きな理由は、彼女の戟が死角から襲い掛かってきたことである。


 本来のエリクであれば、体勢を崩されながらも剣を線上に置くことはできたかもしれない。

 それができなかったのは、彼が片目を失っていたことである。


 両目があった万全の状態のエリクであれば、あの攻撃は見えていたのだ。

 しかし、片目を喪失した今の彼の死角は、非常に広くなっている。


 そこから襲い掛かってくる攻撃を、うまく対処できるほど慣れたわけでも能力があるわけでもなかったのだ。

 これを見ていた観客のアマゾネスたちは、大歓声を上げる。


 同情はしない。それは、戦士にとって侮辱以外の何ものでもないから。

 彼女たちの考えは、そこに尽きた。


 顔をしかめているのは、エリクと付き合いのあったカタリーナやアンネくらいであった。

 しかし、それでもガブリエルを非難することはないだろう。


 そもそも、闘技場の試合というものは、こういうものなのだ。


「ほいっと」


 クルクルと回りながら宙を舞っていたエリクの腕をつかむガブリエル。

 彼女はそれを、大切そうに胸に抱いた。


「強い戦士と戦った証……大切にするからね、エリクくん」


 エリクの血が付着することも構わず、豊満な肢体で抱きしめる。

 むしろ、彼の血を浴びたがっているようにも見えた。


 恍惚とした表情は、悪いことをしたとは微塵も思っていないようだ。


「だから、エリクくん。君はもう戦わなくていいよ。降参もする必要はないよ。あたしが止めるから。これで、君は自由だ。当然、ユーリくんも解放してあげる」


 腕の代わりに、ガブリエルはエリクとユーリを解放することを確約した。

 彼女の本来の性格が強く出ていることと、この条件があるからこそ、彼女は彼の腕をもらったことを悪く思わないのであった。


 本当なら、死んでからしか出ることが許されないアマゾネスの闘技場。

 それを、腕一本で解放してあげると言っているのだ。これほど嬉しいことはないだろう。


 今のガブリエルの脳裏からは、エリクは妹に拉致されてここに放り込まれたという事実は飛んでいた。

 彼女は満足そうに頷いて……。


「よし、じゃあこの試合は――――――」

「少し、待ってください」


 ガブリエルの言葉を遮ったのは、エリクであった。

 キョトンとして彼を見る。


 エリクは衣服の切れ端を引きちぎり細長い布を作ると、それを強く切断された腕に巻きつけたのであった。


「ぐっ……!!」


 布を咥えている歯を強く食いしばる。

 そんなことをすれば、激痛が彼を襲っているだろう。


 しかし、エリクは決して力を緩めることはなかった。

 強く締め付けることによって、出血を止める。


 そして、彼は片手で剣を構えたのであった。


「最後まで勝負……お願いします」


 エリクの言葉を聞いて、大歓声が上がった。

 今度こそ、カタリーナやアンネも大きな歓声を上げる。


 ガブリエルは、エリクの顔をポカンとしたまま見つめていた。

 冷や汗はびっしりと顔中に浮かんでいる。


 顔色は恐ろしく悪く、真っ青だ。

 片目を失い、片腕も失った。


 しかし……しかし、それでもこの男は……。


「あたしと戦おうとするの……っ!!」


 ガブリエルの顔は歓喜に歪む。

 絶対に勝ち目のない戦い。相手は自分よりも圧倒的強者だ。


 それなのに、エリクはまだ戦おうとする。

 それは、まさにアマゾネスたちの望む、戦士のあるべき姿であった。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 エリクは声を上げて突っ込んでくる。

 必死な表情を見ていると、何だか身体が熱くなる。


 豊満な胸の内で、心臓が高く鳴っていることが分かった。

 なんだろう、この感覚は? 初めての感覚だ。


 だが、嫌ではない。心地いいとも言えるかもしれない。

 考えて答えを出したい。


 だが、今はそれをするべき時ではない。

 今自分がなすべきことは、決死の覚悟で向かってくる強い男に、全力で以て相手をすることである。


「あはははははっ!!」


 こんな楽しい戦いは初めてだ。

 そう思いながら、ガブリエルは戟を振り上げるのであった。











 ◆



 それからのエリクとガブリエルの戦いは、一進一退の手に汗握る素晴らしい試合……というわけではなかった。

 それもそうだろう、そもそもの実力が違うのだから。


 さらに、エリクは片目を失っており、全身は傷だらけ。

 つい先ほどは片腕を切り飛ばされ、その怪我で失った血も多い。


 立っていることさえつらいはずなのに、エリクは何度も諦めずに圧倒的強者であるガブリエルに立ち向かい、剣を振るった。ドMゆえに。

 結局、ガブリエルは傷一つ負うことはなかった。


 いや、エリクの蹴りが何度かくらったことはあったが、大した体重も乗っていない弱弱しい攻撃である。

 全身傷だらけのエリクと比べれば、ガブリエルはまさに無傷といっていいほどの圧倒的な戦いだった。


 だが、それでも戦っていた彼女と観客のアマゾネスたちは、心の底から楽しい時間を過ごした。

 観客たちは、女王と愚直に正面からが戦いを挑む男の姿に。


 ガブリエルは、こんな圧倒的な戦いでも決してあきらめずに何度もぶつかってくる男の姿に。

 彼女たちは魅了されてしまったのである。


 しかし、その魅力的な時間は、意外と早く終わりを迎えることになった。

 カランという儚い金属音と共に、エリクの手から離れた剣が地面に落ちた。


 観客たちも静まり返る。

 ガブリエルも、振り上げていた戟を下ろした。


「エリクくん……」


 エリクは倒れなかった。ただ、立ち尽くしていた。

 片腕を失い、大量の傷を負って血を流しても、彼は倒れることはなかった。


 ガブリエルは、一歩一歩ゆっくりと彼に近づいていく。

 この気持ちは、なんというのだろう?


 どんどんと近くなっていくエリクを見て、そう思った。

 ガブリエルは、感動していたのだろう。


 アマゾネスの誰よりも戦士らしく、男らしく、強者に立ち向かった決して強いとはいえない青年の姿に、感動していたのだ。

 このような男がいたのだ。世界には、こんな魅力的な男がいたのだ。


 近づいていくと、エリクの身体がいかにボロボロかということが明らかになる。

 その痛々しい傷やアザを見て、ガブリエルは顔をしかめることはなかった。


 むしろ、素晴らしい絵を見たような感動と興奮を得ていた。

 これこそが、アマゾネスの価値観である。


 ついに、手の届くところまで来た。


「エリクくん……凄かったよ」


 ガブリエルはエリクの身体を、大切そうに抱きしめた。

 腕を切り飛ばしたときは、もうこれは自分のものだ、決して離さないというような強い抱き方だったが、今の抱擁は違った。


 突くだけで簡単に壊れてしまう美しいガラス細工を扱うように、優しく、優しく抱きしめたのだ。

 そこにあるのは、エリクに対する敬意、感動、そして……。


「ありがとう、エリクくん。君みたいな強い戦士に会えて、あたしは……アマゾネスは幸せだよ」


 ガブリエルの身体に浮かんでいた文様が消えていく。

 それは、戦いが終わったことを示していた。


 観客たちが歓声を上げようとして……。


「まだだよ!!」


 アンネが観客たちを制した。

 その強い口調に、多くの視線が集まる。


 彼女の姉であるガブリエルも、怪訝そうな顔を浮かべる。


「アンネ、まさか、まだエリクくんに戦わせようと言うの? もう、この子は限界で……」


 ガブリエルの表情は剣呑なものになっていた。

 いくら妹でも、怒るときは怒る。


 彼女は、何もエリクを殺すつもりなど毛頭ないのだ。

 これ以上彼を戦わせ続けるということは、すなわち彼に死ねと言うことと同義である。


 ゆえに、ガブリエルがそんなことを認めるはずもなかった。

 しかし、アンネはその強い怒気を向けられても、平然と首を横に振った。


「違う、違うよ、お姉ちゃん」

「…………?」


 アンネの顔は、歓喜に輝いていた。


「勇者は、負けていない」


 何を馬鹿なことを、と言う声はなかった。

 本来であれば、出てもおかしくないはずだ。


 見るからにエリクは満身創痍、今死んでしまってもおかしくないくらいだ。

 それなのに、何故皆声を上げることはなかったのか。


 それは、ガブリエルに抱かれているエリクが。

 彼の腕が、ゆっくりと動いていたからである。


 恐ろしく緩慢でプルプルと震えた、か細く弱弱しい動きであった。

 その動きは、彼の身体を抱きしめているガブリエルも感知することができた。


 だが、動くことができなかった。

 エリクを突き飛ばせばいい。腕を払いのければいい。


 それなのに、そんな簡単なことをすることができなかった。

 エリクの血だらけの手はそのままゆっくりと上がっていき……。


「……触り、ました……」


 ガブリエルの背中に描かれた文様に触れたのであった。

 むず痒さを覚える彼女であったが、それよりも別の強い感情が溢れ出した。


「エリクくん……君はまだ……諦めていなかったのか……」


 愕然としながら尋ねるガブリエル。

 それにエリクが答えることはなかった。


 すでに、意識を失っていたのである。


「そっか……。これは、あたしの負け、かな」


 ガブリエルはそう言って、エリクの身体を優しく抱きしめた。

 それと同時、アマゾネスたちの大歓声が上がった。


 新入りの剣闘士が、最強の剣闘士を倒し、屈強なアマゾネスを二人倒し、そしてついにはアマゾネスの女王をも下したのである。

 その興奮と衝撃は、彼女たちが未だ味わったことのないものであった。


「まったく……女王が負けたのに、こんなに大騒ぎするなんて……。色々と複雑だなぁ」


 ガブリエルは苦笑する。

 よく見れば、妹であるアンネも隣にいたカタリーナと抱き合って大喜びしているではないか。


 彼女たちのために、自分を殺してやりたくもない女王として頑張っていたというのに……。


「でも、あたしも嬉しいから怒れないよね」


 ガブリエルはそう呟いて、改めて宝物を抱きしめる。

 負けて嬉しい。そう思えるときが来るなんて、夢にも思わなかった。


 そういうアマゾネスとしての幸せは、女王となってから捨てたと思っていたのに……。


「エリクくんは罪な男だなぁ……」


 彼を抱きしめていると、必然的に自身の身体をも押し付けることになる。

 豊満な胸の奥では、心臓の音が高く鳴っていた。


 ガブリエルに、恋愛の経験はない。

 そのため、この感情がそういった類のものなのか、断言することはできない。


 だが、もしそうなら……。


「本当、酷い男だよ」


 ガブリエルは、血と泥に汚れたエリクの頬をつく。

 彼はこの闘技場から解放される。


 この感情を知った後に、自分の元から離れるなんて、酷い男だ。


「まずは、エリクくんを治療しないとね」


 傷だらけになったエリク。

 彼を闘技場から解放するにせよ、自分の元にいてもらうにせよ、まずは回復してもらわなければならない。


 そう思って彼を治療室に運ぼうとして……。


「ばくはーつ!!」


 そんな陽気な声と共に、とんでもない爆風と衝撃が発生した。

 闘技場の一角が吹き飛ばされ、アマゾネスたちの悲鳴が起こる。


 突然のことに目を丸くするガブリエルであったが、強い気配を感じて目を細める。

 爆発して崩れた外壁から、いくつかの人影が現れた。


 そして、戦闘を歩いていた重厚な鎧を身に着けた女騎士が、恐ろしく冷たい顔を彼女に向けていた。


「エリクさんを私以外がボコボコにすることは認められません。断罪します」

「いきなりやってきておいて、嫌な言いぐさだなぁ」




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