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第九十八話 アマゾネスの女王

 











 ビリビリと空気の振動みたいなものを感じる。

 それは、目の前に立つガブリエルから発せられるものだと、はっきりと分かった。


 観客のアマゾネスたちが発する歓声でも空気は震えていたのだが、目の前のアマゾネスの女王が発するものは、その威力がまったく違った。

 何百人何千人の歓声よりも、一人の女の戦意をぶつけられている方が、エリクの快感は強くなるのであった。


 敵意ではない。殺意でもない。

 純粋な戦意で、エリクの心と身体は恐怖と歓喜に震えるのであった。


「(いったい、どれほどのものなのでしょうか……?)」


 先ほどまでの戦いでは、手加減していたと言っていた。

 では、本気になった彼女の力は……。


 油断なくガブリエルを睨んでいたエリク。

 その視界から、彼女の姿がふっと消え去ったのであった。


「……はい?」


 思わずキョトンとしてしまうエリク。

 しかし、すぐに目と思考をめぐらせる。


 この距離で目に見えぬ速さで動くということは、ほとんど不可能だろう。

 ということは、ガブリエルがいるのは……上空。


「はぁぁぁぁっ!!」


 ガブリエルはすでに戟を振り上げ、落下と同時にエリクに叩き付けようとしているようだった。

 受け止める? いや、純粋な力でも彼女の方が上だろうに、こんな状態で受け止めたら、下手をすれば武器を破壊されてそのまま切り裂かれてしまうかもしれない。


 エリクはとっさに後ろに下がった。

 それと同時、ガブリエルの攻撃が地面に直撃した。


「ぐっ!?」


 ズガンという重たい破砕音と共に、戟が地面に叩き付けられた。

 そして、地面を破壊する。


 砂煙をあげるどころの話ではなく、地面を瓦礫に変えてしまった。


「これは……」


 エリクの頭に思い浮かぶのは、エレオノーラであった。

 彼女も重厚な手甲を使って、見事に地面を破壊してみせたことがある。


 エレオノーラとガブリエル、どちらが強いのかという疑問も思い浮かんできた。

 だが、当然今考えるべきことではない。


「ていっ!」

「がはっ!?」


 ガブリエルは叩き付けた戟をくるくると回すと、柄の部分でエリクの腹部を殴りつけた。

 剣で防ぐこともできず、もろに腹部にもらってしまう。


 いくつかの骨にひびが入ってしまうほどの衝撃を受け、エリクは何度目になるかわからないが地面を転がるのであった。


「げほっ、げほっ!」


 腹部を抑えて地面を見つめ、苦しそうに咳をするエリク。

 内心快感で悶えているが、傍から見れば勝負ありとみなされてもおかしくない状況。


 だが、本性を露わにしたガブリエルは、追撃を止めない。


「そんなに戦闘中にのんびりしていると、命が危ないよー?」


 エリクのまさに頭上から聞こえる声に、ゾッと背筋に冷たいものが走った。

 苦しいが、今はうずくまっている場合ではない。


 エリクは本能に従って、とっさに飛びずさった。

 それが、彼の命を救った。


 エリクがとっさに身体をずらしたため、ガブリエルの戟は彼の頬を少し深く斬る程度で済んだのであった。


「ぐっ……!?」


 うまく着地することもできず、再び膝をつきながらガブリエルを見上げるエリク。

 今までの彼女ならば、エリクが動けないでいるときに攻撃を仕掛けてくることはなかった。


 彼女の言う通り、本当に手加減していたのだ。

 エリクが再び立ち上がることを待って攻撃をしており、致命的な隙を何度も見逃してくれていたのだ。


 力も上がったと思う。だが、ガブリエルが本気になってなによりも変わったのは、容赦がなくなったことではないだろうか?


「ふっ……あはははははははっ!!」


 エリクの頬を切った時に口元に返り血を浴びたガブリエルは、それを舐めとって大きく笑った。

 楽しそうに、大きく口を開けて。


「やっぱり、戦いっていいなぁ! 楽しいなぁ! ずっと我慢してきたんだもん……楽しくて仕方ないよ!」

「ぐっ……!」


 ガブリエルは本当に心からこの瞬間を楽しんでいるように笑い、エリクに攻撃を仕掛ける。

 重量のある戟を、小枝を振り回すようにいとも軽そうに自在に操る。


 エリクはかつて、アンネの防御を一切捨てた攻撃を嵐のようだと思ったが、まさにガブリエルの攻撃はそれの上位互換であった。

 姉妹だから、攻撃方法も似ているのかもしれない。


 だが、そんなのんきなことを考える余裕も、次第になくなっていた。

 ガブリエルに手加減してもらっていた時でも、すでにエリクはボロボロだったのだ。


 力を解放して容赦なく襲い掛かってくるようになった彼女を相手にしていれば、傷はますます増えていった。


「ただの戦いじゃなく、強くて諦めが悪くて……泥臭い男の子! あぁ、こういう男の人と戦えるのって、こんなに幸せなんだ……!」

「ぐっ……がはぁっ!!」


 胸を思い切り蹴られて、大きく息を吐き出すエリク。

 激痛と息苦しさで目の前が朦朧とするが、それでもガブリエルから目を離すことができない。


 褐色の頬を赤らめて蕩けた表情を浮かべながら、圧倒的な暴力を振るってくる彼女から目を離せば、次の瞬間には首を飛ばされているだろうから。

 振り下ろされる戟を剣で受け止め、ガキィッと甲高い金属音を響かせる。


 ギリギリと力で押しあいになるが、しかし本来であればエリクはあっけなく押し切られているはずである。

 力は圧倒的にガブリエルの方が上だろうし、ボロボロでいつ意識を失っても不思議ではないエリクと、完全に無傷の彼女。


 体力は多少消耗しているだろうが、まだまだ元気そうだ。

 一方、エリクは満身創痍。今にも倒れてしまいそうだ。


 力が残っているのは、明らかにガブリエルであった。

 それでも、この状態で小康しているのは、彼女がエリクに話しかけたかったからである。


「ねえ、エリクくん」

「なん……でしょうか……っ?」


 余裕の表情のガブリエルと、必死の形相のエリク。

 まさに、戦いの趨勢はこの表情に現れていた。


「アマゾネスはね、気に入った男を捕まえて夫にするってことは知っている?」

「聞いたことは……ぐっ! あ、りますね……っ!!」


 ギリギリと鍔迫り合う位置が下がって行く。

 どんどんと、エリクの顔面に戟の刃が近づいていく。


「あたし、エリクくんのこと気に入っちゃった!」

「こ、光栄です……っ!」


 見目麗しい女性からそう言われるのは男の本懐かもしれないが、今まさに命を削り取ろうとして目を爛々と輝かせている彼女に言われて嬉しがる男はいるのだろうか?

 ……エリクは命をとられることには嬉しがるが。


「でも、エリクくんは待っている人たちの所に帰らないといけないから、あたしと一緒になることはできないよね。そのために、今まで一生懸命頑張ってきたわけだし」


 シュンと落ち込むガブリエル。

 しかし、次の瞬間には、またニッコリと笑みを見せる。


 その笑顔は、以前までの人を温かい気持ちにさせるものではなく、どこかおぞましさを感じさせるものだった。


「だから、代わりに身体の一部をちょうだい?」

「…………はい?」


 ガブリエルのプルプルした唇が動いて発せられた言葉に、エリクは目を丸くする。


「寂しくないように……エリクくんがここにいたっていう証がほしいな。ダメ?」


 言っていることは、とても可愛らしい。

 男がいなくなるのが寂しくて、何かしらの代わりになるものを求める。


 男心をくすぐるかもしれない。

 だが、その要求しているものが問題だ。


 誰が、自身の身体の部位を取り除いて分け与えることができるというのか。

 しかも、相手は別に妻でもなければ恋人でもない女性である。


 その要求には無理があった。……エリクがドMでなければの話だが。

 別に了承の意を伝えてもいいのだが、予想外のことだったので返答できずにいると、ガブリエルは彼の様子を省みずにニコニコと笑いながら話しはじめた。


「そうだなぁ。やっぱり、一番は目が欲しかったな。ずっとエリクくんと見つめ合うことができるし。……でも、もう片目はなくなっちゃったから、両方なくすと不便だよね?」

「まあ……そうですね」


 おそらく、失った部位もミリヤムにかかれば回復することはできるのだろうが、今ここに彼女はいない。

 視力を失うということもM的には体験してみたい苦難ではあるのだが……。


「じゃあ、やっぱり人によって特徴が出る耳か鼻かな? 鼻は一つしかないけど……まあ口で息もできるしいいよね?」

「ど、どうでしょうか……?」


 あまりにも軽い調子で自身の身体の部位を抉り取られる算段をつけられているので、エリクの背筋はゾクゾクしてしまう。

 自身の身体の部位が、まるで物のように扱われている……。


「(素晴らしい……っ!)」


 この男でなければ耐えられなかったことだろう。


「でも、あたしは強かったエリクのことを忘れたくないんだ。だから……その象徴をもらおうかな」


 ガブリエルの力がふっと緩まり、戟を全力を以て受け止めていたエリクは前のめりに姿勢を崩してしまう。

 強い男の……戦士の象徴とはなんだろうか?


 この場合、ガブリエルがそう考えるのは、どれだけ苦痛と絶望を味わおうが決して剣を手放さなかった、エリクの……。

 ヒュッと戟が鋭く振るわれた。


 姿勢を崩していたエリクはそれを避けることができず、バッと利き腕を切り飛ばされてしまったのであった。




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