第九十四話 打ち負かしたあと
「……また、ここですか」
目を開けば、清潔な白い天井が見えます。
匂いも医薬品のもので……ここ最近、私がとても親しんでいる匂いでした。
ヴィレムセ王国の勇者をしている間は、必ず隣にミリヤムがいてくれましたから、彼女の回復魔法で私の傷はすぐに全快していました。
離れてさらに彼女の大切さがわかりますね。
「あ、起きたー!」
ずいっと私の眼前に現れたのは、アンネさんの顔でした。
彼女はニッコリと笑って、私を見つめます。
「おはよう、勇者!」
「おはようございます」
そう言って、再び見つめ合う私たち。
……この時間はいったい? それに、やけに近いような気がします。
「ほら、何してんだ。起きたばかりであんたの顔は見たくないだろ」
「わっ!? なにするんだよ、カタリーナ!」
ふっとアンネさんの顔が消えると同時に、カタリーナさんの男前な声も聞こえてきました。
身体を起こすと、いつも厄介になっている病室にアンネさんとカタリーナさんが来てくれていました。
カタリーナさんがアンネさんの首根っこを掴んで、引き離してくれたようです。
「よっ。傷は大丈夫かい?」
「少し痛みますが……問題ありません」
カタリーナさんの問いかけに、そう答えます。
自身の身体を見下ろすと、様々な場所に包帯が巻かれてあり、うっすらと血がにじんでいる所も多々ありました。
見た目からすれば、かなり痛々しいでしょう。私はこの痛みが心地よくて幸せです。
カタリーナさんと戦った時よりも、治療されてある場所が多いですし痛々しく見えます。
それは、彼女たちの戦い方と武器に違いがあります。
カタリーナさんは防御をして隙を見てカウンターを仕掛ける戦い方であり、武器も相手を打撲させる盾です。
一方、アンネさんは自身が傷つくこともいとわないでひたすら攻撃を続ける戦い方であり、武器も二本の剣です。
改めて考えると、やはり二人とも正反対ですねぇ。
「でも、見事だったよ。アンネが負かされるところなんて、久しぶりに見たね」
「そうなんですか?」
カタリーナさんの言葉に、私は納得していました。
あれだけ強かったら、そうそう負けることはないでしょうね。
アンネさんより強いアマゾネスがゴロゴロいると言われた方が興奮しますが……。
しかし、アンネさんが不満そうに頬を膨らませているのはいいのでしょうか?
「むぅ……あたしの前で言わなくてもいいじゃん」
「なに拗ねてんだい。あんたも負けたけど少し嬉しそうにしていただろ」
「それはそうだけどさぁ……。だって、こんな男の人、初めてだったんだし……」
負けたのに嬉しい?
私の同志になりうる資格を持っているのかと思ったのですが、アンネさんはそんな感じには見えませんねぇ。
しかし、戦い方はまさしくMの道に通ずるものが……。
「戦って負けたのは悔しいけど、自分を倒せる男を見つけて嬉しい。そんな二つの感情が、今あの子の中にあるんだよ」
悩んでいると、こっそりとカタリーナさんが教えてくれました。
ああ……やはり、私の同志ではなかったわけですね。
やはり、M道は人を孤独にする……。
「……そう言えば、カタリーナさんはどちらなんですか?」
ふと気になったことを問いかけてみる。
キョトンとしていたカタリーナさんでしたが、ニヤッと笑って身体を近づけてきます。
豊満なスタイルなのに、アマゾネス特徴の薄着のせいで感触が……。
「どっちだと思う?」
小さく呟くと同時に、甘い吐息が届いてきます。
こ、蠱惑的……! こういう女性に、手玉にとられたいものです。
「こらっ! 勇者に近づきすぎっ!」
「おっとっと……」
私がドギマギとしていると、カタリーナさんはアンネさんに引き離されてしまいました。
彼女はカタリーナさんを睨みつけると同時、私のことも睨んできます。
「勇者も! 怒らないとダメでしょ!」
「えぇ……? 何故ですか?」
私は悪女が大好きです。
カタリーナさんは心根が優しそうなのでダメですが、あの感じはドキドキするので好きです。
私が問いかければ、アンネさんは褐色の頬を赤らめて恥ずかしそうにそっぽを向き……。
「だって、あたしに勝ったんだから、あたしのことも気にしてくれないと……」
……勝ったから相手を気にする?
うーむ……アマゾネスには、私程度には理解できない習慣でもあるのでしょうか?
「ふっ……まあ、とにかくおめでとう、エリク。トーナメントを勝ち上がったアマゾネスに連勝するなんて、大した男じゃないか」
カタリーナさんはアンネさんを見て微笑むと、そう祝福してくれました。
アンネさんとの戦いで、私は何とか勝つことができていました。
カタリーナさんの時より比べものにならないくらい出血を強いられ、下手をすれば出血多量で命を落としかねなかったのですが……まあ、私は不死ですので死にませんが。
アンネさんの暴風のような攻撃の嵐。私は何とかそれを防ぎ、反撃の機会をうかがいました。
彼女の戦闘スタイルは、激しく動く必要があります。
したがって、体力の消耗も非常に速くて大きいのです。
それでも、すぐに動けなくなるほどアンネさんの体力は少なくなかったのですが……私も不死。普通の人なら動けなくなるような苦痛と出血量でも、私なら動けるのです。
ひたすら快楽に耐え続け、アンネさんの動きが少し鈍ったころに反撃を開始。血だらけになりながら、何とか勝利を掴みとったのでした。
「でも、ああいう戦い方をしていたら、長生きできないよ、あんた」
「えー! 勇者はあの戦い方だからいいんじゃんか! 自分を蔑ろにしても戦い続けることができる……狂戦士だよね!」
私のことを心配して忠告してくれるカタリーナさんと、それに不服そうなアンネさん。
「そりゃあ、アタイだって泥臭いのは好きだけどさ。死んじまったら元も子もないだろ?」
「大丈夫だって! あたしとカタリーナに勝ったんだよ? それなら、大体の人を相手にしても勇者なら……」
「次の対戦相手を知って言っているのかい?」
「うっ……」
自信満々に胸を張っていたアンネさんでしたが、カタリーナさんの言葉に黙り込んでしまいます。
……何ですか、その私好みの不穏そうな空気は。
私の次の対戦相手であるアマゾネスは、お二人がそんな感じになるほどの強者なんですか!?
「だ、大丈夫だし!」
「はいはい。まあ、アタイもこいつには期待しているからね」
苦笑しつつ、カタリーナさんは立ち上がりました。
「さて、そろそろお暇させてもらおうかね。アタイたちがいたら、いつまでたっても休めないだろうし」
「ああ、ありがとうございました」
「なに、お礼を言われるようなことはしていないさ」
カタリーナさんはそう言うと、どこか色気のある笑みを浮かべて横に来て腕に抱き着いてきました。
彼女の女性らしい匂いと柔らかさを感じられます。
えーと……何でしょうか?
「アタイたちを倒した時点で、もう期待は十分に応えられているんだけどね。でも、次の相手に勝ったらもっと良いってことさ」
耳元でささやかれて、思わず身体を反応させてしまいます。
こ、こそばゆい……。
カタリーナさんだけでなく、アンネさんもそれに習うように逆の腕に抱き着いてきました。
「あたしたちに勝ったから、勇者はあたしたちのことを好きにしていいんだよ?」
アンネさんも蠱惑的な言葉を耳元でささやいてきます。
……アマゾネスって、そんな感じなんですか?
「でも、できれば次の相手も倒してほしいな。そうしたら、三人のアマゾネスが勇者のものになるんだよ?」
闘争を好むアマゾネスの身体は、鍛え上げられて整った方が多いと思います。
なるほど、そんな彼女たちを何人も侍らすことができれば、男としては言うことがないのかもしれませんね。
私も、闘争好きなアマゾネスに囲まれてボコボコにされることには、確かに引きつけられてしまいます。
「じゃあね。頑張るんだよ」
「もし負けても、あたしたちは勇者の味方だからねー」
カタリーナさんとアンネさんは、そう言って去っていきました。
彼女たちなりに応援してくれたのでしょう、ありがたいことです。
「ふぅ……」
私は息を一つ吐きます。
次のアマゾネスにボコボコにされつつ勝つことができれば、私は晴れて闘技場から解放され、ミリヤムたちと会うことができるのです。
今、彼女たちは何をしているのでしょうか?
戻ってきた私を手荒く迎え入れてくれたら嬉しいのですが……。
そんなことを考えながら、もう一度眠りにつこうとしていると……。
「エリク」
再び声をかけられました。
目をやると、そこにはユーリさんの姿が……。
な、何の用でしょうか……。
「エリク……よくぞ、アマゾネスに勝ってくれた。流石だ」
「ど、どうも……」
ユーリさんは私の手を滑らかに覆い、ニッコリと微笑みました。
何でしょう……この背筋を走る悪寒は……。
「ここまで来たら、もはや戦うことを止めろとは言わない。最後まで、頑張ってくれ」
「……わかりました」
ユーリさんの真摯な目に、私も真剣に頷きます。
ふっ……私ともあろうものが、何を考えていたのでしょうか?
ユーリさんは、私のことを心から心配してくれて応援もしてくれているのです。
悪寒を感じるようなことなど、何もないはずです。
「……もし、アマゾネスを倒すことができたら、俺にできることなら何でもやるからな」
ぷいっと顔を逸らし、頬を染めながらそんなことを言うユーリさん。
……何もないはずです。
◆
「あー……楽しみだなぁ。本当に、本当に……。こんな気持ちになったのは、どれくらい前だろう? 初めてかな? でも、やっぱりエリクくんは凄いなぁ」
一人の女性が呟いていた。
彼女の顔は、まるで恋する乙女のようで……。
「明日、楽しみだなぁ。簡単に壊れないよね?」