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第九十三話 二人目のアマゾネス

 










 私の姿は、再び闘技場にありました。

 昨日の今日で強敵アマゾネスを相手にする私……ふっ、良いですね。


 観客たちも大勢詰めかけてきており、まだ試合が始まっていないのに歓声が聞こえてきます。

 最初、私が剣闘士として戦い始めたときは、こんな大勢のお客さんが入ることはなかったのですが……感慨深いものですねぇ。


 これだけの人に、不様にのた打ち回っている姿を見られるのは、興奮します。


「エリクー!」

「勇者ー!」


 声をかけられた方に笑いながら手を振ると、キャアキャアと女性たちの賑やかな声が聞こえてきます。

 ……まるで、王都でたまに見かけるアイドルにでもなったような気分ですねぇ。


 あれらも人気が凄まじかったですが……まさか、私がこんな好意的な歓声を受けるようになるとは……。

 私としては、罵声の方がいいんですが……。


「遅いですねぇ……」


 私は思わずつぶやいてしまいます。

 私の対戦相手であるアマゾネスの方が、まだ来ていないのです。


 放置プレイですか……嫌いではありませんが……。

 手持無沙汰なので観客席を見ていますと、ふと知り合いを見つけました。


 そう、この前の試合で私を打ちのめしてくれたカタリーナさんでした。

 軽く手を振れば、苦笑しながら手を振ってくれます。


「おーい、エリクー!」


 口元に手を添えて、カタリーナさんが声をかけてきます。

 いつの間にか、名前呼びになってますね。いいんですけど。


 犬とか下僕とか言われる方が興奮しますが……。

 しかし、何でしょうか?


「今日の相手、気をつけなよー!」


 カタリーナさんは、私に忠告をしたかったようですね。

 しかし、彼女のような強者から気をつけろと言われるような相手……。


「いったい、何者なんでしょうか?」


 どんな素晴らしい方なのでしょうか?


「あったしだよー!」


 私が呟いた言葉に応えるように、そんな陽気な声が聞こえてきました。

 その女性は空から降ってきて、くるりと見事に空中で回転、地面に叩き付けられるようなことはなく、スタリと降り立ったのでした。


 私は空から落ちて叩き付けられましたからね、エレオノーラさんを助けたとき。

 あれもまた、よかったのですが……。


 しかし、今は前に降り立ったアマゾネスのことです。


「やっほ。よろしく、勇者」


 軽やかに地面に降りたち、ニッコリと快活な笑みを向けてくれるのはアンネさんでした。

 カタリーナさんが気をつけろという相手……それが、彼女なのでしょうか。


「二人目のアマゾネスの方は、アンネさんなんですね」

「うん、そうだよ。勇者と戦うために、あたしも頑張ったんだからねー」

「頑張った、とは?」

「勇者、人気だったからねー。アマゾネスの中でも戦いたいという人が多くて、こっちでもトーナメント戦があったんだよ」


 アンネさんからもたらされた衝撃の言葉に、私は目を丸くします。

 そんなことがあったのですか……。


 それなら、私と戦いたいと言ってくださるアマゾネスの方全員と戦いましたのに……。

 まあ、そうなったらとても全勝することはできないと思いますが。


「ということは、アンネさんも……」

「うん、トーナメントも結構楽しかったし、あたしは良かったけどねー。でも、カタリーナが最初に勇者と戦うってなった時は焦ったなぁ。勇者がそこで負けて、あたしが戦えないかと思ったもん」


 アマゾネスのトーナメントを楽しかったと言えるほどの実力者ということですか……。

 カタリーナさんも勝ち上がったということでしょうが、彼女と同程度の力を持っているのであれば、私のMは大変満足させられそうです。


「でも、やっぱりあたしの見る目は正しかったね」


 アンネさんはふふんと自慢げな表情を浮かべた。


「最強の剣闘士を倒して、アマゾネスも倒した。こんなことができる人、そうそういないよ」

「恐縮です」


 まあ、片目は失ってしまいましたし、不死のスキルがなければ後遺症、下手をすれば死んでいてもおかしくないダメージを負いましたがね。

 しかし、どれもこれも、私にとってはご褒美でしかありません。


「良い経験をさせてもらっていると思います」

「でしょー!?」

「おぉ……」


 アンネさんが急に顔を近づけて、同意を求めてきました。

 ふわりと香る女性らしい匂いが、アマゾネスでも女性なんだなぁということを教えてくれます。


 そんな私の考えを知らないアンネさんは、不満そうに頬を膨らませました。


「勇者も良い経験ができて、あたしたちアマゾネスも良いものが見られているから、完全にウィンウィンだよね? それなのに、お姉ちゃんはあたしのことをげんこつして叱ってきてさぁ……アマゾネスらしくないよねぇ」

「私に同意を求められましても……」


 私は構わないのですが、一般的にいきなり人を後ろから殴りつけて気絶させ、命を取り合う危険な闘技場に放り込むのは、やはり怒られて当然なのではないかと思いますが……。

 私は全然いいんですよ? 何なら、ここから脱出してすぐに再び拉致をしていただいて構いません。


 ……あ、でも一度ミリヤムたちの顔を見ておきたいですね。


「お姉ちゃんも、なんだかんだ言って勇者の戦いをずっと見ているんだよ? あたしに怒るくせに、あんなにのめり込んでいるのを見れば、釈然としないよねぇ」


 こっそりと、口元に手を添えて教えてくれるアンネさん。

 そう言えば、カタリーナさんとの戦いの後、見舞いに来てくれたガブリエルさんは見ているとおっしゃっていましたね。


「のめり込んでいるんですか?」

「うん、凄いよ。お姉ちゃんはあたしや他のアマゾネスと違って、あんまり闘技場には興味なかったんだ。強い男は、自分で見つけたいみたいなこだわりでもあったんじゃないかなぁ? それか、ただ単にお姉ちゃんのお眼鏡にかなう男がいなかったか、だよね」


 それなのに、とアンネさんは続けます。


「お姉ちゃんの勇者に対するのめり込み方は半端じゃないよ。何だか、最近はずっと勇者のことしか話していない感じがするし……まあ、あたしも勇者が気になって仕方なかったから、全然いいんだけどさ」

「照れますね」


 興味を持っていてくださる、ということは期待されているということです。

 その期待を裏切れば、どのような顔をしていただけるのでしょうか。


 私、気になります!


「でも、今日はお姉ちゃんじゃなくてあたしが相手なんだからね。ちゃんとあたしを見てくれないと、怒っちゃうんだから」


 アンネさんはそう言うと、腰に下げていた剣を抜き放ちました。

 それも、一つではありません。二つです。


 つまり、彼女は双剣使いなのでしょう。

 二つの剣を同時に操るというのは、大変難しいです。


 まず、剣一つの重さが片手で容易に振り回せるほど軽くはないということ。

 そして、片手で敵の攻撃を受け止めたとき、相手が両手だと押し負けやすいということが、素人の私でも思い浮かびます。


 手数が多く、また武器が二つもあれば安心感もあるので、できることならば多くの人が二つの剣を使いたいことでしょう。

 それでも、その装備をすることなく、騎士団などでも一本の剣で戦うことが想定されているということは、双剣を扱うことは非常に困難だということです。


 流石、戦闘種族のアマゾネスというところでしょうか。


「さっ、もう始めようか。あたしも勇者には期待しているんだから、がんばってよ……ねっ!」


 アンネさんはそう言うと、地面を思い切り蹴って私の方目がけて走り出しました。

 その動きは、とても速いものでした。


 以前の戦いでは、巨大な盾を武器にしてあまり動きをとらないカタリーナさんを相手にしたからか、余計にアンネさんの素早さが際立っているような気がします。

 私も慌てて剣を抜き、彼女の攻撃に備えます。


「えぇいっ!」


 アンネさんは楽しそうに笑いながら掛け声を出し、私に切りかかってきました。

 まるで、独楽のようにクルクルと回って、剣を横なぎにしてきます。


 私はそれを両手で持つ剣で受け止めますが……。


「ぐっ……!?」


 私の手がビリビリと痺れました。

 お、重いですね……。


 片手の斬撃、しかも体格もがっちりしているというよりかは、細身のアンネさんの攻撃なのにもかかわらず、私の感想はそういうものでした。

 なるほど、アマゾネスの中でも強いというのは本当のようです。


「おぉっ! これくらいなら、勇者でも受け止められるよね。だったら、連撃だぁっ!」

「くぅぅ……っ!!」


 一度、アンネさんの攻撃を受け止めてから、まるで嵐のような絶え間のない攻撃が襲ってきました。

 二つの剣を手足のように自在に操る彼女の手数の多さに、私は全て対処しきることができませんでした。


 なんとか致命傷は避けるのですが、頬や胴体、腕や足に切り傷がついていきます。

 観客たちは大歓声を上げます。


 激しい近接戦闘を行っているように、彼女たちからは見えるからでしょう。

 しかし、実際は私が一方的に攻撃を受けているにすぎません。


 戦いとはとても言えません。ひたすら、暴風が去っていくのを身体を小さくして待つしかできないのです。

 これはまた……良い……!


 距離をとって一度息を吐くことすらできません。

 離れようと後退すれば、アンネさんもすぐに迫ってきます。


 上から横から下から、彼女の攻撃は絶え間なく襲ってきます。

 は、激しい……! これが、アンネさんの戦い方なのでしょう。


 相手に反撃をさせる暇も与えず、ずっと彼女の攻撃の時間です。


「ぐあっ!?」


 私は、身体の片側に一つ深い傷を負ってしまいました。

 血が先ほどとは比べ物にならないほど噴き出します。


「あっ! やっとまともに攻撃が入った! もぉ……勇者の防御、堅いんだから」


 アンネさんは嬉しそうに笑います。

 それなりに仲良くしていたはずの相手を切ってこの笑みを浮かべられるのは、アマゾネスくらいではないでしょうか?


 しかし……。


「ぐっ……!」


 私は思わず傷口に手をやります。

 その手もすぐに血でべったりと染まってしまいます。


 良い一撃をもらってしまいました。

 快楽的にはウキウキなのですが、戦闘的には少しマズイですねぇ……。


 ですが、ここで諦めるわけにはいきません。


「きゃっ!?」


 私はアンネさんの腹部を蹴り、無理やり距離をとります。

 剣を振るうことに集中していた彼女は、もろにそれを受けて後ろに倒れこんでしまいました。


「もぉっ! 女の子のお腹を蹴るなんて、勇者もダメだなぁ」


 アンネさんは大したダメージを受けている様子もなく、すぐに起き上がると頬を膨らませて私を睨みつけてきました。


「申し訳ありません」

「ううん、全然良いよ! 一般的に男としてはダメかもしれないけど、アマゾネス的にはナイスだよ!」


 今度はニッコリと笑みを浮かべるアンネさん。

 どっちなのでしょうか……?


 さて、しかし、アンネさんも強いですねぇ……。

 防御を意識しない、攻撃に全振りの戦闘スタイル。


 多少傷を負っても構わないという感じなのでしょうね。カタリーナさんとは正反対です。

 だからこそ、仲良くできているのかもしれませんが。


 ……お互い、血まみれになるインファイト……悪くありませんねぇ……。


「さ、休憩はもういいかな? じゃあ、早く再開しよう! あたし、すっごく胸がドキドキしているんだ!」


 剣を振ってアピールするアンネさん。

 頬を染めて口にしていることは胸の高鳴りを覚えさせるのですが、実際は血みどろの戦いを求めているので私くらいのMしか喜ばないでしょう。


「ええ、そうですね」


 私も剣を構えます。

 ここで、苦痛を味わってもいいのですが、負けるわけにはいかないのです。


 カタリーナさん、アンネさんと続くアマゾネスの戦士たち。

 彼女を倒せたとして、最後に残っているアマゾネスの戦士はどのような人なのでしょうか。


 最後の一人……ということは、少なくとも彼女たちと同等、うまくいけば彼女たちより強いアマゾネスが待っているということです。

 ドMの私は、断固としてその女性と戦わなければなりません。


 私は強い決意を持っていました。


「よし、いっくよー!」


 軽やかにジャンプして私に向かってくるアンネさんを、私は嬉々として迎え撃つのでした。



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