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第九十二話 見舞い客

 










「ふっ……また病室ですか」


 鼻をくすぐる医薬品の匂いと、剣闘士にあてがわれる部屋には存在しないフカフカのベッドが、私の居場所を教えてくれました。

 以前、ユーリさんと戦ってズタボロになった私が収容された病室です。


 今日もボロボロにされたので、ここに運んでいただいたのでしょう。


「うっ、ぐっ……!」


 起き上がろうとすると、全身が痛みました。

 切り傷のような鋭い痛みではなく、全身を殴打されたような鈍い痛みです。


 カタリーナさんの武器は盾でしたからねぇ……あれで何度吹っ飛ばされたことか……。

 コブやアザだらけになっていることでしょう。


 それが心地いい……!!


「あっ、起きた?」

「ガブリエルさん……」


 私のベッドの近くに座ってこちらを見てくるのは、ガブリエルさんでした。

 また、私のことを見ていてくれたのでしょうか? とても優しい女性ですね。


 しかし、アマゾネスの女王にこうして見てもらっているとは、私もなかなかの人間になったようで少し調子に乗ってしまいそうです。

 そんな私の鼻っ面をへし折ってほしい……。


「あの……お仕事は大丈夫なのでしょうか?」

「ん? エリクくんは全然心配しなくていいよ。そもそも、あたしたちの街は自治権があっても外交なんかはしないから、女王とはいってもあまり仕事はないんだよね。基本的に自助の街だし」


 自助……アマゾネスらしいですね。

 国や王に助けてもらうという考えよりも、自分でどうにかしようという考えが根付いているのでしょう。


 まあ、ヴィレムセ王国もレイ王が割と冷淡ですので、国民は国に助けてもらうことはあまりできないのですが。

 しかし、それでも魔物や盗賊が出れば騎士団を送り込んで民を守ったりするので、国がなければマズイこともあるでしょう。


 一方、アマゾネスはそれすらしないでしょう。

 というよりも、戦闘種族の彼女たちの街を襲おうとする者がまずいないでしょうし、襲ってきたとしても嬉々として迎撃するでしょうね、アマゾネスなら。


「それよりも、試合! よかったよ!」


 ガブリエルさんはグイッと顔を寄せて、キラキラとした目を向けてきてくれます。

 ふわりと野性的ですが臭くはない香りが鼻をくすぐります。


 ついうっかり大きく揺れる胸に目が行きそうになりますが……それを見たらビンタでもしてくれたのでしょうか?


「ありがとうございます」

「いや、本当よかったよ! まさか、最強の剣闘士に続いてカタリーナまで倒すんだもん! 流石に予想していなかったなぁ」


 うんうんと腕を組んで喜びを露わにするガブリエルさん。

 彼女の言う通り、私は何とか連戦最初の相手であるカタリーナさんを倒すことに成功しました。


 あの戦いは、とても気持ちがいいものでした。

 カタリーナさんの巨大な盾を駆使した鉄壁の防御、そして油断しているとプッシュで攻撃を仕掛けてくるカウンター。


 この二つの組み合わせのおかげで、彼女には大したダメージは入ることなく私が一方的に地面を転がされていました。

 顔面に良いものをもらったので、鼻血が止まりませんでしたしね。


 しかし……。


「本当に、エリクくんはあきらめないよね。何度地面を転がされてボロボロになっても、それでも攻撃を仕掛け続けるんだもん」


 ガブリエルさんは感心したように言います。

 私がカタリーナさんを倒すためにしたことと言えば、ひたすら諦めずに攻撃を続けたことです。


 どっちかが体力切れになるまで、私はそれを続けるつもりでした。

 カタリーナさんも鍛えられており、あの巨大な盾を見事なまでに操っていたのですが、様々な攻撃を受け止めたりたまにカウンターをしたりする際に動かす労力というものは、非常に大きかったはずです。


 結果、もう彼女が盾を動かすことができなくなるまで私が攻撃を続けて、最後は彼女から降参を受けたということです。

 傍から見たら、私が勝者というのはおかしかったでしょうね。


 なにせ、血だらけで砂だらけだったのは、敗北したカタリーナさんではなく勝者の私の方だったのですから。

 彼女に剣を突きつけていた時も、フラフラで倒れそうでしたし。


 実際、勝利宣言が行われたすぐ後に、私は倒れてしまいました。

 とはいえ、観客のアマゾネスの方々も異議を申し立てることはなく歓声を上げてくれましたし、対戦相手のカタリーナさんも満足したように笑ってくれていました。


 彼女の私を見る目が何だか獲物を見るような目だったのは、気のせいでしょうか?


「綺麗な勝ち方でなくて、皆さんを失望させてしまったかもしれませんね」

「そんなまさか!」


 ガブリエルさんは笑って首を横に振ります。


「確かに、勝てばいい、という考えはあまりアマゾネスは持っていないよ。でも、エリクくんみたいに血と汗を流しながら、地を這いつくばるようにしながらも戦い続けて勝つっていう泥臭い戦い方は、すっごく人気があるんだよ」

「そうなんですか……」

「うん! あたしも大好きだし!」


 ニッコリと笑ってくれるガブリエルさんの笑顔は眩しいですね。


「でも、連戦だからもう明日には次のアマゾネスとの戦いがあるけど……大丈夫? 日程を遅らせようか?」

「いえ、大丈夫です。それくらいのインパクトがないと、私や他の人まで解放するなんて大事を認めてくれる人はいないでしょうから」


 ガブリエルさんは心配そうにそんな提案をしてくれますが、私は拒絶させていただきます。

 ドM的には、今からでも構わないくらいなのです。


 カタリーナさんはとても強いアマゾネスでした。

 次に戦うアマゾネスもそれくらいの強さだとすると……ワクワクが止まりませんねぇ……。


「うんうん、そうだね! それでいこう!」


 ガブリエルさんは、私の返答に凄く嬉しそうに頷いていました。

 ……もしかして、鎌をかけられたのでしょうか?


 先ほど私が頷いていたら、私の願いを却下していたとか……?

 ……いえ、ガブリエルさんがそんな意地悪なことはしないと思いますが……。


「じゃあ、明日の試合も見ているから、頑張ってね!」


 ガブリエルさんはそう言って、ニコニコと機嫌良さそうに出て行ってしまいました。

 ……元気な人ですね。周りの人も元気にしてしまうような人です。


 さて、ガブリエルさんの言う通り、明日は頑張って苦痛を味わわなければいけません。

 今のうちに、できる限り体力を回復させておかないと……。


 そう思っていると、再び扉がノックされました。

 中に入ってきたのは……。


「怪我の具合はどうだ?」

「ユーリさん……」


 ハーフエルフの魔法剣士、ユーリさんでした。

 かつて、私をズタズタにしてくださり、片目をも奪い取って行ってくださった、まさにドSの剣士です。


 ……片目を差し出したのは私の方でしたが。


「……アマゾネスに勝ったらしいな。流石、利他慈善の勇者だ」

「恐縮です」


 ユーリさんもアマゾネスを何度か倒したことがあると言っていましたが、やはり倒せる剣闘士は少ないのでしょう。


「……もう、いいんじゃないか?」

「はい?」


 ユーリさんは暗い顔つきでそう言ってきました。

 その目は、私のことを明らかに気遣ってくれていました。


「俺に勝った時点で、お前は解放されるにふさわしいことを成し遂げたんだ。これに、アマゾネスの一人も倒した。お前を解放することに不満を言う者はいないだろう。……まあ、もっとお前の戦いを見たいというアマゾネスは多いだろうがな。お前の戦い方は、アマゾネスの好みにドンピシャだ」


 ふっと笑うユーリさん。

 冗談を交えて言っていますが、要は私がこれ以上アマゾネスと戦わなくていいようにしようとしているわけですね。


 断固として、お断りさせていただきます!

 私からアマゾネスの方々を遠ざけて、あのすばらしい苦痛を奪おうだなんて……認めませんよ!


「いえ、私は戦います。私の解放はもちろんですが、私のように不当に捕まっている人のことを知れば、放っておけませんから」

「いや、お前みたいに拉致されるほど理不尽な奴はいないが……」


 ふっと笑いかければ、呆れたように目を細めるユーリさん。

 そうですか……つまり、アマゾネス関連で最大級の理不尽を味わえたということですね。嬉しいです。


「もちろん、ユーリさんのことも助けますとも」


 だから、そんなこと言わないでください。私からアマゾネスを取り上げるなんてこと。

 言外にそう言えば、ユーリさんはうっすらと目に涙を溜めていました。


「ふっ……。自分を散々傷つけ、片目すら奪った男に、そうまで優しい言葉をかける、か。利他慈善の勇者……お前にふさわしい名だな」


 ユーリさんはそう言いながら、私の手を握って顔を近づけてきました。

 ……あれ? 少し近い気がしますが。


「いいか、エリク。もし、俺の助けがあれば何でも言え。たとえ、お前がアマゾネスに負けて俺たちが解放されなくなっても、その気持ちは確かに受け取った。必ず、お前の助けになるからな」

「は、はぁ……」


 ユーリさんの熱い言葉に、私はうろたえてしまいます。

 握られた手が熱いです。


 その熱の高さに、何だかゾクリとするものを感じるのでした。



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