第九十話 アマゾネスの評価
ガブリエルはアマゾネスの街を歩いていた。
そう言えば、最近マイン・ラートから書状が届いていたようだが……後回しにしていた。
普段であれば、仕事として目を通していたのだが、今のこの街では特別なことがあってそちらに掛かりきりなのだ。
それは……。
「ねえねえ。この前戦っていた剣闘士、どう思う?」
ガブリエルの耳が大きくなった……気がした。
二人で歩いているアマゾネスたちの会話を盗み聞きする。
「この前って……ユーリくんと戦っていた剣闘士?」
「そうそう。新人で下剋上を成し遂げた……エリク、だっけ?」
「あー、いいわよね、彼。ユーリくんみたいに特別強いというわけでもないんだけど……」
「血みどろになりながらも自分よりも強い敵に立ち向かっているのが……いいよね! アマゾネス的に!!」
うんうんと頷くアマゾネスたち。
ガブリエルも頷いていた。
「痛いのって、やっぱり恐怖を覚えるからね。私も戦うのは好きだけど、痛いのは嫌いだもん」
「普通はそうだよー」
そうだろう、とガブリエルは頷く。
闘争を好むアマゾネスたちでも、苦痛を味わいたいという者はいないだろう。
いたとすると、どれほどひねくれた性癖を持っているのだと話題になっているはずだ。
闘って打ち勝つことは好きでも、血みどろになって傷だらけになることは避けたい。
アマゾネスだって、女性なのだから。
「でも、エリクは……」
「そう! あんなにボロボロになりながらも、全然戦意が衰えなかったでしょ!? 私、あの時見に行っていてよかったわ。ユーリくん目当てだったけど、思わぬ掘り出し物を見つけた、みたいな」
「あー。私の妹はどうせユーリが勝つと言って見に行かなかったんだよね。話題になったことを知って、凄く悔しがっていたわ」
ガブリエルもあまり闘技場に赴くことはないのだが、あの時は見に行けてよかったと心から思っている。
普段はずっと抑え込んでいたアマゾネスとしての本能が、あの試合を見て解き放たれたような感覚すら覚えている。
「やっぱり、あの試合の名シーンは見ておいた方が良かったわよね」
「あー、あれね。エリクが……」
『片目を自ら差し出したシーン!!』
二人のアマゾネスたちと同じように言葉を発してしまうガブリエル。
怪訝そうな二人からばれないように身を隠した。
不思議に思いながらも、二人は会話を再開させていた。
「やっぱり、あれよねー。あんなことができる男なんて、見たことなかったもん」
「たまに戦場で戦う騎士よりも弱そうなのに、騎士でさえもできないことをやってのけるんだもん。胸がドキドキしちゃった」
うんうんと頷くガブリエル。
片目という非常に重要な身体の部位を差し出せる者が、いったいどれほどいるだろうか。
一般人は到底無理だとして、鍛えられた戦士や忠誠に篤い騎士でもほとんどできないだろう。
ただ、目の前の相手を倒すためだけに、情報の多くを収拾する目を捨てることなんて。
それが、アマゾネス的にはドストライクであった。
「男はやっぱり見た目じゃないのよね。エリクもそんなに強そうじゃないのに、精神的な意味ではとっても強いわ!」
「そういうことがあるから、闘技場って止められないのよねー」
それには、ガブリエルはうーんと頭を悩ませる。
犯罪者を叩き込んで戦わせ、それを見てアマゾネスが楽しむ。
それだけだったら問題はないのだが、エリクのようにまったく罪もないのに放り込まれた者を戦わせるのは、ガブリエルの良識が受け入れることをしなかった。
聞けば、ユーリも無実なのに叩き込まれたとか……。
エリクがアンネに拉致されたこととは違って、ユーリの場合はマインが送り込んできた中にもぐりこんでいたわけだから、アマゾネス側がどうこうできる話ではないが……。
これは、いつか改善しなければならないと思う。
「それに、解放されるためにアマゾネスと連戦するって! あー……私も戦いたかったなぁ」
「アマゾネスと一対一で戦おうと求める剛毅な男なんて、あんまりいないからね。まあでも、エリクは勝てないわよ、流石にね」
「私たちみたいに戦いたいってアマゾネスが多くて、トーナメント戦で勝ち上がった女が戦えるってしたもんね。エリクと戦うのは、私たちの中でも強いアマゾネスだもん。流石に無理か」
エリクとユーリの戦いの後、エリクと戦うアマゾネスを決めることになった。
血だらけになり、片目を失いながらも戦い続けたエリクの人気は、一気に跳ね上がっていた。
その結果、エリクの対戦相手に立候補するアマゾネスがあまりにも多すぎたため、ガブリエルはトーナメントを行い、勝ち上がった二名をエリクと戦わせることにしたのである。
すでに、その結果は出ており、今話している二人のアマゾネスは負けてしまったのだろう。
そんな勝ちあがったアマゾネスと連戦するのは、流石にエリクでも不可能だろうと思われていた。
「まあ、正直エリクに勝たれてさっさとここから出て行かれる方が寂しいんだよね」
「そうよね。やっぱり、もっとこの闘技場に留まって、いい試合を何度も見せてほしいわ」
二人はそう言って歩いて行った。
ガブリエルも追いかけることはせず、聞き耳を立てるのも止めた。
「一般的なアマゾネスは、ああいう風に思っているんだね……」
ふぅっと息を吐くガブリエル。
良識のある彼女からすれば、エリクを解放することは当然のことであり、決まったことである。
このアマゾネスとの連戦に敗北したからと言って、彼をずっとここに閉じ込めるつもりは毛頭ない。
口にはしないが、ガブリエルもエリクの分は悪いと思っていた。
やはり、根っからの戦闘種族であるアマゾネスとでは、経験も考えも違うだろうし。
だから、たとえ負けたとしても、必ずここから脱出させよう。
それが、馬鹿な妹がしてしまったことの償いだ。
「でも……」
もし、もしだ。
もし、エリクが二人のアマゾネスを続けて倒し、自ら解放への道に手を伸ばそうとしたならば……その時は……。
「あたしと、戦ってほしいなぁ」
ガブリエルの顔は赤く染まり、目はトロンと蕩けていた。
まさに、恋する乙女といった様子だ。
恋……もちろん、異性間の甘酸っぱいものではない。
アマゾネスたちにとっての恋とは、血と闘争がつきものなのだ。
血みどろになり、身体の部位が欠けても、それでも戦い続けようとするエリク。
そして、そんな彼と素敵な死のダンスを踊るのは、自分だ。とても楽しそうな笑みを浮かべている。
「楽しみだなぁ……」
ガブリエルは、今ちょうど始まるであろう戦いに思いをはせるのであった。
◆
ガブリエルが考えている時、闘技場は満員御礼であった。
大歓声を受けているのは、これから戦う一人の男と一人のアマゾネスだ。
「いい勝負をしようじゃないか、ねぇ、勇者」
「頑張りましょう」
エリクとトーナメントを勝ち上がったアマゾネスの一人、カタリーナ。
彼らが衝突する。