第九話 あるまじき常識人
デボラ王女は先ほどまで着ていたドレスを脱ぎ去り、行動のしやすい活発な衣装へと変わっていました。
確かに、あのままダンジョンに行くと言えば、身代わりになる私にとっては素晴らしい状況になりそうでしたが、流石に止めざるを得なかったでしょうね。
私程度の力では、デボラ王女のことを守りきれないです。
……身を挺する必要があるので、それはそれでよかったですね!
「……あれ?お兄ちゃん、どうしたの?」
私たちと会話をしていたオラース王子を見て、デボラ王女はキョトンとした表情を見せます。
オラース王子は決してこの城から動かないレイ王や、彼が溺愛していて城の中に閉じ込められているようなデボラ王女とは違い、積極的に国中を回って問題の解決などに紛争しているので、私と同じようにほとんどこの城にいないのです。
……本当、この国の王族とは思えないほど人間ができていますね。
他の王族を見習っていただきたい。
「デボラ、俺のことは兄上と呼ぶようにと……今はそうじゃない!」
「何が?」
キョトンと首を傾げるデボラ王女。
そのあどけなさは、先ほど私の身体を爆破しまくった張本人とは思えません。ありがとうございました。
「お前、勇者殿をどうして父上に呼び出させたりした!?」
「え?僕、ダンジョンに行きたかったんだ。だからだよ?」
「そ、そんな個人的な理由で勇者殿を……」
ふらっと足元を崩すオラース王子。
おぉ、危ない……。
私としては、個人的な理由で振り回される理不尽を享受できるので言うことはないのですが……。
「ま、まさか……勇者殿たちに何かしでかしていないだろうな……?」
おそるおそるといった様子で私とデボラ王女を見ます。
……ここで、爆破されまくりました、なんてことを言えばもうデボラ王女の爆発を受けることはできなくなりそうですね。
ここは、私の曖昧スマイルで濁しましょう。
「エリクの身体を爆発でボロボロにしました」
「み、ミリヤム……」
ダメでした。ミリヤムがあっさりとばらしてしまいました。
これは、彼女なりのデボラ王女への意趣返しでしょうか?
私も被害をこうむっていますよ!
「なっ……なっ……!?」
オラース王子は目をむきます。
まあ、『癇癪姫』の爆発は非常に強力なものです。
私だって、私自身のスキルとミリヤムの回復魔法がなければ、絶対に死んでいたでしょうから。
そのような痛みを味わえる幸福、わかりますか?
「そうそう、お兄ちゃん聞いて!勇者、凄いんだよ!僕の爆発を受けても、ケロッとしていたんだから!」
デボラ王女はオラース王子の気持ちなどまったくわからず、面白い玩具を見つけたように嬉しそうに報告します。
彼女に罪悪感なんてないのでしょう。
それならば、『癇癪姫』として悪名高いはずもありません。
ケロッとはしていませんでしたねぇ。死、一歩手前でした。
……玩具、良い響きですね。
「ぐっ、ぐぐぐぐっ……!こ、この馬鹿……!!」
オラース王子は顔を真っ赤にして怒りを露わにしていますが、それをデボラ王女にぶつけることをしません。
いえ、できないのです。ここでデボラ王女の気に障って癇癪が起きれば、とんでもない被害が出るのですから。
王城の崩壊、王子の死。
ヴィレムセ王国の、終焉の始まりになるでしょうね。
「ゆ、勇者殿は大丈夫だったか!?いや、こいつの癇癪を受けて平気なわけはないだろうが……」
「ええ、大丈夫でしたよ。私には、ミリヤムがいますからね」
だから、もっと爆破してくれていいんですよ?
自重なんていりません。気張りなさい。
「大丈夫じゃなかった。普通だったら死ん――――――むぐむぐ」
「ふふふっ」
また余計なことを言うミリヤムの口を塞ぎます。
……口の中に指を入れれば、噛み千切ってくれたりするのでしょうか?
サーッと顔を青くしていくオラース王子。
私とミリヤムの様子を見て、その爆発の規模を悟ったのでしょう。
ええ、倒れこもうとした時にそれを許さないとばかりに叩き込まれる爆発は、ここ最近では一番良いものでしたよ。
「ダンジョンに行くのはダメだ!」
「えー、何で!?」
「お前はこの国の王女だぞ!?危険なダンジョンなんかに送るわけにはいかないだろう!」
「大丈夫だよ!僕は強いし……それに、勇者も結構やるみたいだし!」
ふっ……耐久力ならお任せください。
そして、デボラ王女に向かう攻撃も、私の身を以て防いでみせましょう。肉の壁として。
「デボラ!勇者殿に迷惑をかけるな!」
「うぅぅぅ……!め、迷惑なんてかけてないもん……!」
うるうるとデボラ王女の目に涙が溜まりはじめます。
普段なら気づいているオラース王子ですが、頭に血が上り過ぎてまだそのことに気が付いていないご様子。
ふーむ、また彼女が癇癪を起こすまでスタンバっていてもいいのですが、流石にオラース王子とミリヤムに向かう爆発を私の身だけでどうにかできるとは思えません。
ミリヤムは私にとって必要不可欠ですし、オラース王子はこの国の王族唯一の良心として国民にとって必要です。
ここは、私が出ましょう。
「癇癪は十分すぎるほどのめいわ――――――むぐむぐ」
「いいんですよ、オラース王子。私などの若輩者でよろしければ、デボラ王女と共に行きますとも」
また余計なことを口走ろうとしたミリヤムの口を塞ぎます。
「勇者殿……しかし……」
私の言葉にも悩む様子を見せるオラース王子。
また、私を爆発で迷惑をかけていはいけないと思っているのでしょう。
私としてはまったく問題ないのですが……むしろ嬉しいのですが!
私はオラース王子の元に行き、こっそりと耳打ちします。
「確かに、私程度では不安に思うかもしれませんが……それならば、こっそりと警護の騎士をつけてください」
「い、いや、それはさせてもらうつもりだが……勇者殿はそれでいいのか?デボラの爆発を受けたのだろう?妹から離れたいとは思わんのか?」
まさか。
「ええ、思いませんよ。私なら大丈夫です。この子を、一人にするわけにはいきませんからね」
「勇者殿……」
とりあえず、耳触りの良いようなことを言っておきます。
私のM属性は、誰にも話すことはできません。
なぜなら、望んで苦痛を求めるようなものに苦痛を与えようとする人は少ないからです。
「すまない。不肖の妹だが、よろしく頼む」
私に小さく頭を下げるオラース王子。
まったく……尊大にふるまっていただきたいものですね。
「……ダンジョンだけですよ」
「も、もちろんだ!」
ミリヤムが不承不承といった様子で言うと、オラース王子が当然だと答える。
彼女は私と違って便利なスキルを持たず、回復魔法に特化した魔法使いです。
少しのことで癇癪を起こし、人を殺傷するには十分な爆発を発生させるデボラ王女の近くに長い間いることは、精神をとても疲労させてしまうでしょう。
うーむ……いったい、いつまで王女の近くにいさせていただけるのやら……。
「ありがとう、勇者ー!」
「うっ……」
デボラ王女が飛び込んできました。
彼女は身長が低いので、みぞおちに頭がめり込みます。
ふぅ……。
「勇者、良いこと言ったね!褒めてあげよう!」
「ありがとうございます」
「…………」
私に頭を下げさせ、そこを小さな手で撫でるデボラ王女。
こんな小さな子供に上から目線で頭を抑えられる……なかなかいいですねぇ……。
ミリヤムの冷たい目が私の背中に突き刺さります。
これも、いいですねぇ……。
「はぁ……デボラ、あまり調子に乗るなよ?ダンジョンでは、危険なエリアまで行かないように。それと、勇者殿の指示にしっかりと従うんだぞ?」
「うあーい」
「……大丈夫か、こいつ」
まるで、母親のように注意事項を述べるオラース王子。
それに話半分で答えるデボラ王女を見て、彼はとても心配そうな表情を浮かべるのでした。