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第八十九話 王国では

 










 ここはヴィレムセ王国の王城の一室。

 恐ろしいほど冷たくて陰鬱とした空気が流れており、レイ王の忠節の騎士である宰相は胃が痛くて仕方なかった。


 この空気を作りだしているのは、三人の女性たちである。

 一人は王女であるデボラ・ヴィレムセだ。あからさまにつまらなさそうにしている。


 一人は騎士であるエレオノーラ・ブラトゥヒナである。一見、目を瞑っていて冷静そうに見えるが、纏う殺気は非常に強い。

 最後に、利他慈善の勇者のパートナーであるミリヤムだ。彼女の陰鬱とした雰囲気は、近くに寄る者を鬱にしてしまいそうなほどだった。


「王……」


 この雰囲気を何とかできるのは、主であるレイ王しかいない。

 そう思って声をかけるのだが……。


「え? なに?」


 レイ王はニコニコ笑顔であった。彼女たち三人とは比べ物にならないくらい笑っていた。

 彼女たち三人が割と荒んでいる理由は、勇者であるエリクが行方不明になったからである。


 つまり、レイ王からしてみれば幸運が飛び込んできたようなものなのだ。

 娘をたぶらかす下流農民(王目線)など、死んで当然である。


「(勇者みたいに自由に動かせて有用な駒はないのだが……)」


 宰相はため息を吐く。

 そんなことをレイ王自身が言っていたくせに、すっかり忘れてしまったらしい。


 目先の嬉しいことしか見えていないようでは、王は務まらないのだが……この暴走状態になるのは娘が関連している時だけだし、と宰相は揺らぐ忠誠心を支える。


「ねー、パパ。まだエリクは見つからないのー?」

「おー、まだのようだな。オラースに探させてはいるんだがなぁ……」


 デボラの問いかけに、困ったように答えるレイ王。

 娘をかどわかすエリクなんて死んでいればいいと思っている彼だが、流石にヴィレムセ王国の勇者と周知されている以上、行方不明になって探さないということはできない。


 エリクは国民の一部からはレイ王よりも人気があるし、それに愛する娘から捜索をお願いされては探さないわけにはいかなかった。

 ……まあ、オラースに探させる際に、『そんなに本気で探さなくていいから』と言い含めてはいる。


「デボラ、そろそろ勇者を諦めてはどうだ? もしかしたら、とっくの昔に死んでいるかもしれないぞ?」

「…………ッ!!」


 レイ王はデボラにエリクを諦めさせようと工作をする。

 しかし、言葉は選ばなければならない。


 彼のパートナーであるミリヤムが、文字通り視線だけで人を殺せるような目を向けてくるから。

 それに気づいている宰相は、また胃が痛くなった。


「えー、ダメだよ。僕の騎士はエリクだけだし。エリクじゃないと、面白い冒険はできないし」

「うむむむむ……」


 デボラもそう簡単にエリクを諦めたりしなかった。

 やはり、最初に二人を会わせたことが失敗だったと痛感するレイ王。


「エリクさんは、そんな簡単に死にませんよ。私は信じています」

「エレオノーラさん……」


 エレオノーラが目を瞑って言う言葉に、ミリヤムの目の鋭さは軟化した。

 彼女はエリクの生存を信じて疑っていなかった。


 というのも、エレオノーラはミリヤムやデボラと同じく、エリクが不死のスキルを持っていることを知っているからだ。

 それに……。


「私とあれだけ殺しあっても、彼は死なないんですから……」


 恍惚とした笑みを浮かべるエレオノーラ。


「こ、殺し合い……?」


 宰相がエリクも割と苦労人なんだということを認識した瞬間だった。

 というか、そういうことをこれからも繰り返そうという場所に、彼が帰ってきたいと思うだろうか?


 宰相がその立場なら、何とかそのまま逃げ続けるだろう。

 エリクがドMと知らない普通の人の反応は、これである。


「うーむ……しかしなぁ。エリクの居場所がわからなければ、もはや諦めるほか……」


 レイ王が嬉々として口を開いていた、その時だった。

 部屋の扉が開かれて、一人の男が入ってきた。


 それは、エリクの捜索を命令されていたオラース王子であった。


「おお、オラース。どうした? エリクの死体が見つかったのか?」


 どれだけエリクを殺したいんだ、と宰相は笑ってしまった。

 レイ王の問いかけを受けて、オラース王子は……。


「いえ、見つかりましたよ」

「なにぃっ!?」


 レイ王にとっては凶報、ミリヤムたちにとっては朗報をもたらすのであった。


「えっ! エリクが見つかったの!?」

「ふっ。当然でしょう」

「あぁ……よかった……」


 デボラやエレオノーラは、笑みを浮かべる。

 ミリヤムなどは、うっすらと目じりに涙を浮かべていた。


 そんな彼女たちの反応を見れば、オラースも頑張って探した甲斐があったというものだ。


「お、オラース……! ワシの言っていたことを忘れたか!?」


 レイ王はオラースの肩を掴み、ギラギラとした目で詰問する。

 愛する娘から虫を払うことができていたかもしれないというのに……なんてことをしてくれたのだ!


「はぁ……。父上、いいですか? 今まで彼には騎士団を動かさずにさまざまな問題を解決してもらったんです。それも、かなり過酷なものまでやってもらいました。多大な恩があるのに、全力で探さないと王族の名が廃ります」

「むぅ……」


 オラースはため息を吐きながら父を諭した。

 恩もあるし、それに国民からの人気も非常に高い。


 とくに、彼に直接助けてもらった者や、ビリエルの反乱をたった一人で食い止めたことを神格化する者からは、とてつもないほどの人気である。

 そんなエリクを失ったということになれば、彼らは大いに悲しむだろう。


 民を思いやるオラースが、それを許容できるはずもない。

 それに、下手をすれば王族に対する反感も育ってしまうかもしれない。


「……で? 奴はどこにいるんだ?」


 レイ王も馬鹿ではない。嫌々ながらも、捜索の結果を聞く。

 すると一転、オラースは言いづらそうに口を開いた。


「……アマゾネスたちの闘技場です」

「な、何故そんな所に……?」


 オラースの言葉に、宰相は愕然としてしまう。

 彼は長年レイ王に仕えてきたため、アマゾネスのことも当然知っている。


 彼女たちが、血と闘争を求めるがために闘技場というおぞましいものを持っているということも。


「ほほう! そうか、そうか」


 一方、レイ王は一転して嬉しそうに破顔した。

 あからさま過ぎる……ミリヤムの視線が、また絶対零度のものになっているではないか。


 宰相の胃が痛んだ。


「なに? アマゾネスとかいうやつらがエリクを囲っているの? じゃあ、そいつらにさっさと返せって言えばいいんだよね?」

「いや、それは難しいかもしれないなぁ」


 デボラの言葉に、レイ王が首を横に振る。


「何故でしょうか? 確か、アマゾネスたちはヴィレムセ王国ラート領に街を作っていると聞きます。国王陛下ならば、他国ならともかく返還を求めることは可能ではないでしょうか?」

「ふーむ……そうは言ってもなぁ……あそこのアマゾネスどもには自治権を認めているしなぁ……」


 エレオノーラの指摘に、レイ王は何とか躱そうとする。無理があるが。

 実際、彼女の言う通り、レイ王が返せと言えば無視することはできないはずだ。


 ただ、デボラからエリクを離したいだけである。


「……本当、嫌い」


 ミリヤムはそんなレイ王の姿を見て小さく吐き捨てると、立ち上がって部屋から出て行こうとする。


「どこに行くんだ?」

「エリクの所です。私の居場所は、彼の隣なので」


 オラースに問いかけられて、ミリヤムは即答した。

 彼女のエリクに対する執着ともいえる強い思いが伝わってくる。


 宰相やオラースはその思いの強さに冷や汗を垂らしていたが、デボラは違った反応を見せていた。


「そうだ! 行けばいいんだ!」

「……うん? どういうことだ、愛娘」


 パチンと手を叩いていいことを思いついたと笑うデボラに、レイ王は問いかける。

 ニッコリと笑う彼だが、汗がにじみ始めていた。


「だからぁ、パパは返せって言えないんでしょ? だったら、僕が直接乗り込んでかっさらってくるよ!」


 レイ王に負けないくらいニッコリと笑って言うデボラ。

 彼は卒倒しそうになっていたが、何とか辞めるよう説得を試みる。


「そ、それは難しいのではないか? 言った通り、アマゾネスたちには自治権があるしな。そう簡単に入れてもらえんだろう。それに、騎士団を動かして何人も入ろうとしては……」

「ならば、私たちだけで行けばいいでしょう。少人数ならば、たとえ入れてもらえなくとも潜入することはできるはずです」


 がたりと立ち上がって言うのはエレオノーラだ。

 厳つい鎧を身につけた彼女が言えば、潜入ではなく強行突破しそうだが。


「うごごごごごご……! だ、だが……!!」


 レイ王は顔を青くしながらも、救出作戦を止めるよう頭を巡らせる。

 しかし、残念ながら良案はまったく思いついていなかった。


 もうあきらめたらいいのに……と思っているのは宰相だけの秘密だ。


「じゃあ、僕のエリクを助けてくるよ! これも、冒険譚になりそうで面白そうだし!」

「王女殿下のエリクかどうかは疑問です。彼は私の訓練のかけがえのないパートナーですので、私のエリクさんとも言えないことはないかと思います」

「二人とも、来なくていいです」


 三人の女性たち――――デボラをそう言えるのかは疑問だが――――は、賑やかに話ながら出て行った。

 少し雰囲気が険悪になっていたのはご愛嬌である。


 そして、残されたレイ王は……。


「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! ワシのデボラがまたエリクなんぞに持って行かれたぁぁぁぁぁぁっ!!」


 いい年して大泣きしていた。

 オラースは頭が痛そうにしていた。


「父上。いい加減に、子離れしてください」

「無茶を言うな! ワシのデボラだぞ!?」

「無茶は言っていません。当たり前のことを言っています」


 レイ王とオラースの会話を聞きながら、宰相は頭を抱える。

 デボラさえ関わらなければ、有能な王なのだが……。


 宰相はラート領ということで思い出したこともあり、それをレイ王のそばに近づいてこっそりと報告する。


「陛下、ラート領は何やらきな臭い動きがあると報告のあった場所です」

「ふん、分かっている。あいつも『救国の手(ノットファル)』に所属している貴族だろう。あいつは野心が見え見えだったから、調べるまでもないわ」


 宰相の報告を聞いて、泣き顔から一転不機嫌そうに鼻を鳴らすレイ王。

 この切り替えの早さが、王としてまがいなりにもヴィレムセ王国を治めることができる一端だろう。


 オラースも真剣な表情を見せている。


「どうされますか? 王女殿下を、あの領地に行かせても……? 護衛をつけましょうか?」

「ふむ……いや、大丈夫だろう。アマゾネスに強力な自治権があるのは事実だ。あれには、ラートも手を出せないだろう。それに、あの断罪騎士もかなりの実力だ。デボラ一人くらいなら、護衛することは可能だろう」


 宰相はレイ王の言葉に頷いた。

 王から信用されるほどの戦闘能力を持つエレオノーラとほぼ毎日模擬戦をしていたというエリクは、いったい何者だろうか。


「それに、だ。今回も、エリクが何かをやらかしてくれるのではないかと期待している。あいつは、本当に使い勝手のいい駒だからなぁ」


 くくっと笑うレイ王は、とてもあくどかった。

 この王に見つけられてしまったことが、エリクにとっての終わりだったのかもしれない、と宰相は思うのであった。


「あ、やっぱり何名か信頼できる奴を護衛につけておけ。ワシのデボラが心配だ」

「……わかりました」



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